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損得の犯罪

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「多かったと思いますよ。何と言っても、この出版社は、一年だけだったらしいけど、年間出版部数が、日本一だったということでしたからね。それで有名になって、本を出したいという人がどんどん増える。しかも、有名コメンテイターの人たちが、この出版社を、時代の寵児と持てはやしたりする。そうなると、出版社は、どんどん伸びるばかりですよ」
 という、
「それでもダメだった」
 と聞くと、
「ピークはあっという間だったようですね。発行部数日本一というのも、その一年だけだったし、翌年他の雑誌社に抜かれたといっても、それは相手が伸びたわけではなく、この会社の発行部数が一気に減ったわけです。作者が目覚めたのか、それとも、出版社に陰りが出てきたのか、その両方なのか、完全に、下火になって行ったようでしたからね」
 ということであった。
「そんなに一気に下り坂だったんですね?」
 と聞くと、
「もうう、ひどいなんてものではないですよ」
 と言われて、
「詐欺って、そういうものなのかも知れないですね」
 と迫田がいうと、男も頷いていた。
 迫田は続けた。
「陸奥さんは、その仕事をどう思っていたんでしょうね?」
 と聞くと、
「陸奥さんは元々一度は、有名出版社の新人賞に入賞したらしく、これで作家の道を歩めると思って会社を辞めて、小説家一本でやっていこうと思ったようなんですが、それがまずかったようなんです。そんなにうまくいくわけもなく。人生を踏み外したと思ったんでしょうね。作家としての限界を感じたけど、会社に戻れるわけもない。民間で仕事をすることにも疑問を感じていたということで、よほどバイオリズムが悪かったのか、二進も三進もいかなくなったようなんです」
 という。
「よくあることなんですかね?」
 と迫田が聞くと、
「あることだとは思いますよ。でも、彼は小説でしか食っていけなくなり、途中は、添削のアルバイトをやったりしていたんですが、自費出版社系の会社から、スカウトされて、あの仕事をするようになったというんです。でも、仕事はきついし、何よりお、人を騙しているという意識がきつかったらしいです。しかし、自分も背に腹は代えられないし、どうしていいのか考えていたのですが、結局、気が付けば、自費出版で働いていたようです」
 という。
「罪悪感はあったんでしょうかね?」
 というと、
「あったと思いますよ。でも、どうすることもできない。そんなジレンマに陥っていやじゃないでしょうか?」
 と、彼は言った。
「自費出版の会社はどうなったんですか?」
 と聞かれた彼は。
「結局、破産宣告を行って、清算という形でしょうね。当然従業員は路頭に迷うことになる。しかも、普通の会社だったら、ああ、あの詐欺の会社ということになるから、間違っても、出版関係では、もう働くことはできない」
 というではないか。
「それはしょうがないということなんでしょうか?」
 と迫田がいうと、
「ええ、しょうがないことだと思いますよ。それは、もっと以前に、バブルが弾けた時に、皆が味わっているものなんでしょうね」
 というのだった。
「そんな彼が首になってタクシー会社に来たということですね?」
 と迫田がいうと、
「我々は、皆ちょっとしたすねに傷くらいは持っている連中ばかりですけどね。顔には出しませんけどね。私もここに来る前には結構苦労をした方だったので、陸奥さんから話を聞かされたことで、納得したという感じですからね」
 というのだった。
「でも、そんなことがあったというのは、相当前のことなんでしょう?」
 と聞くと、
「ええ、今から10年近くも前のことですからね?」
 というではないか?
「そんな昔の恨みを今晴らそうとしますかね?」
 と聞かれて、彼は少し笑いながら、
「それは分かりませんよ、その時の被害者が、それから何をやってもうまくいかなくなり、人生のどこが悪かったのかということを考えた時、気付いたのが、自費出版の詐欺にあった時だと気づくかも知れませんし、また、いろいろやって失敗して立ち直れないと思った時、その元凶を恨みに変えて、自らの恨みを晴らそうと思ったとしても、実に不思議はないということに気づくというものですよ」
 と、彼が言った。
「じゃあ、陸奥さんを恨んでいた人もかなりいたのかも知れないと?」
 と迫田がいうと、
「ええ、そうですね。陸奥さんは、いつも何かに怯えていました。たまに、俺はいつか誰かに殺されると言ってました。そしてその後に、俺は殺されても仕方のない男なのだからだと言っていましたね」
 と男はいう。
「じゃあ、彼は絶えず、誰かに殺されると思っていたんですかね?」
 と迫田がいうと、
「いや、そうでもないようですね。彼は精神的に病んでいるようで、いつの間にかいきなり、被害妄想の塊のようになるようなんです。そのタイミングがいつなのか読めないので、今に何か起こらなければいいと本人も心配していました」
 というではないか。
「精神疾患だっただけに、その妄想は激しいものだったんでしょうか?」
 と聞くと、
「分からないですね」
 という答えだった。
「じゃあ、他にその時以外のことで、彼が恨まれるようなことは何もないですか? タクシーの運転手ともなれば、絶えず客ともめごとが起こるのではないかというハラハラした気持ちで見ていますからね。私も今までに何度もタクシードライバー同士のトラブルをいろいろ見てきましたからね。もちろん、交番勤務の時に、単純な喧嘩だったりなどというのが、ほとんどでしたけどね」
 と迫田刑事はいうのだった。
「そうですね。あの人は、人間ができているといってもいいくらいの人で、トラブルを起こすような人ではなかったですね。もっとも、こちらは客を選べませんから、どんなひどい客に当たるとも限りませんからね、そういえば、昔、聖人君子のようなドライバーがいたんですが、たった一人のとんでもない客に当たったせいで、結局我慢できなくなって喧嘩になり、最後は自分で辞めていったということを聞いたことがあります。それだけ、その人は、ちゃんとしていたんでしょうが、だからと言って、限界を超えると、どうなるか分からないというのが、人間というものなんでしょうね」
 と、彼はいうのだった。
「なるほど分かりました。私も少しそれは気にしておきましょう。ところで、あなたは、よろしければお名前を教えてください」
 と聞くと、
「ああ、私ですか、私は坂崎といいます。私でよければ、陸奥さんのことは聴いてください。でも、今お話ししたことが、ほとんど全部なんですけどね」
 というのであった。
「それにしても、自費出版社系の出版社というのが、そこまでひどいところだということを始めて知りました」
 というと、
「本当にひどいところですよ」
 と、坂崎は、念を押したようにいうのだった。
 さて、そんな話を聴きつけて、それから数日経ってのことであった。
「まるで、デジャブではないか?
 というようなことを感じた人がいた。
 それが、先日の第一発見者であった。新聞の配達員である坂上だった。
 というのも、警察の捜査も終わり、黄色い立ち入り禁止の規制線が取れた翌日のことだった。
作品名:損得の犯罪 作家名:森本晃次