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損得の犯罪

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「そうなんだよ。だけどね。このマンションは迫田君も気づいていると思うけど、歪な設計になっている。つまり、土手と反対側のいわゆる地階に関しては、コンビニが仕切っているのであって、住居はあくまでも、地上二階から上になっているんだよ。だから、ここのエレベーターは、住居側から呼ぶと、地階までいくエレベーターが優先するはずなんだ。それが死体で塞がっている。いつも利用している人は変だとは思わないのかな?」
 ということだった、
「それが何を意味しているんですが?」
 と迫田刑事は聴いたが、
「今のところ、あまりにも事件が漠然としているので、何とも言えないんだけど、そのあたりにも何か事件のカギを握るものがあるのではないだろうか?」
 と桜井刑事は言った。
 そして、桜井刑事は、またしても、小説の事件を思い出し、今回の事件とかぶらせて考えると、今のところ一番怪しいのは、第一発見者の配達員ということになる。
 だが、今のところ、彼に対しての曖昧だ。
「ただの第一発見者であり、事件と関係性があるとは思えない」
 ということであった。
 ところで、彼が見つけてきた、被害者と思しき人のパスケースであるが、そこにあった免許所の写真と、死んでいる男の顔を見比べれば、
「ほぼ、同一人物に間違いないだろう」
 ということになった。
 何と言っても、証明写真というものが、どうにも怪しい写真になるというのは、光の加減でよくあることだ。
 別にプロモーションのための写真でも何でもないわけなので、本人だということが分かればいいわけで、結構光の当たり方も曖昧で、ギリギリ本人だと分かるようなものでも、全然OKであった。
 自動車免許の更新など、毎日何百人とやってくるのだ。一人一人丁寧に撮っているわけにはいかないだろう。
 しかも、そこで死んでいる人間の顔も、完全に断末魔の表情で、目線はあらぬ方向を見つめていて、口元は苦しみに歪んでいる。まさに、
「この世のものではない」
 と言わんばかりの表情に、刑事もすぐには、判定できそうもなかった。
 ただ、鑑識は見慣れているからなのか、すぐに、
「同一人物でしょうね」
 というのだった。
 刑事も死体は見慣れているはずなのだが、この違いは、
「それぞれに立場が違って見えるからではないだろうか?」
 ということだったのだ。
「分かりました。じゃあ、我々もまずは、同一人物だということで捜査しましょう。もっとも手掛かりはこれしかないんですけどね」
 と桜井刑事は苦笑いをするのだった。
「免許証を見ると、K市内在住の、陸奥敏夫、45歳ということのようですね」
 と迫田刑事がいうと、
「うん、それに間違いないようだ。彼の職業は?」
 と桜井刑事が聴くと、
「どうやら、タクシーの運転手をしているようですね。名刺がかなり入ってますね」
 と迫田刑事が答えた。
「よし、じゃあ、まず、このタクシー会社に当たってみることにしよう」
 ということになった。
「分かりました」
 といって、迫田刑事が、さっそく、その名刺にあるタクシー会社に連絡を取ってみるtことにした。
 普通の会社であれば、まだ早朝のことなので、誰も出社していないだろうが、タクシー会社であれば、配車行うを行う、コールセンターのような人が、一人はいるだろうという思いだった。
 その間に、桜井刑事は、第一発見者に再度話を聴いてみることにした。
「すみません、捜査にご協力願いますか?
 ということで、少し待たされていた第一発見者の新聞配達員は、その間に事業所に連絡を入れ、
「今ちょっと、偶然なんですが、Kマンションで殺人事件の第一発見者になってしまって、これから警察からいろいろ聞かれることになります」
 ということを事業所の所長にいうと、
「しょうがない。後は私が配ろう」
 とばかりに、さっきやってきた所長に残りを任せて、警察の事情聴取を待っているしかなかったのだ。
 すっかり身軽になった配達員は、刑事の尋問を、今か今かと待っていたのだ。
「まずは、お名前と職業からお願いできますか?」
 と言われたので、
「K新聞の配達員で、坂上といいます」 
 と配達員は答えた。
 年齢としては、まだ、20代中盤くらいであろうか? どこにでもいる少年という感じだったのだ。
「K新聞というと、地元紙ですね」
 と聞かれたので、
「ええ、そうです」
 というのだった。
「あなたは、いつもこのマンションが担当なんですか?」
「ええ、そうです。毎日のようにほぼ同じ時間にやってきては、集合ポストに新聞を放り込んでいます。いつものことなので、ほとんど無意識という感じでしょうか?」
 と、坂上は答えた。
 それにしても、
「今の時代だからしょうがない」
 と言えばそれまでなのだろうが、言われてみれば、今の時代というと、新聞配達員は珍しいように思えた。
「新聞配達も大変でしょう?」
 といきなり刑事が世間話的なことを言ってきたので拍子抜けしたが、
「これは、刑事が緊張をほぐすための言い方だ」
 と考えると、あり得ないことではないだろう。
「まあ、そうですね」
 と答えたが、しかし、警察がもし、新聞配達員だからといって、舐めた目で見ているとすれば許せないことであった。
 しかし、今はぢ一発見者という立場、あまりこちらの気持ちを相手に悟られるのは勘弁であった。
 なぜなら、
「一歩間違えると、犯人にされてしまう」
 ということからであろう。
「もちろん、いつもは、シーンと静まり返ったところでの、黙々とした単純作業なんでしょうね?」
 と聞くので、
「ええ、まあ、そういうことになりますね」
 と答えたが、少し、
「単純作業」
 と言われたことに、ムッとした気持ちになったのだ。
「ところで、新聞配達は、ルートでやっていると思いますが、ここは、一日のルートのどのあたりになりますか? 最初の方とか、最後の方とかという意味なんですけどね」
 と聞かれるので、
「そうですね。比較的最初だと思います。新聞配達といっても、新聞社はうちだけではないし、いつも、途中ですれ違う同業者に、手を振ったりはしていますからね」
 というと、
「じゃあ、マンションのエントランスなどで、偶然一緒になるなんてこともあったりするんですかね?」
 と聞かれたので、
「ええ、それはありますね。でも、最近はお互いに慣れているところなので、なるべくかぶらないようにはしていて、今のところ、その件に関してはうまくいっているといってもいいのではないでしょうか?」
 ということであった。
「なるほど、配達員同士でも気まずいという感じなんですか?」
 と聞かれるので、
「そうではないですよ、どちらかというと、他の住人に見られることに気を遣っているんですよ」
 ということであった。
「どうして?」
 と聞くと、
「理由は分かりませんが、昔からそういう暗黙の了解が続いているようです」
 ということを聞いて。
「なるほど、その業界という一種の狭い領域の中では、我々が考えているよりも暗黙の了解が多いんだろうな」
 と桜井刑事は思った。
「そういえば、警察というのも、そんな暗黙の了解というものが、一番多いところの代表のようなものではないか」
作品名:損得の犯罪 作家名:森本晃次