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損得の犯罪

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 そんな状態のまるで、それまでと比べて、ゴーストタウンのようになった街で、夜などは、真っ暗な中、丑三つ時などは恐ろしかったであろう。
 しかし、実際には、夕方が怖いということを、この時ばかりは思い知らされた。
 夕方の日が暮れる寸前というのは、
「夕凪」
 という風が吹かない時間が少しだけある。そんな時間は不思議と事故が起こることが多かったりして、そんな時間帯のことを、まるで、
「魔物に出会う時間」
 ということで、
「逢魔が時」
 という時間帯があるのだった。
 そんな時間帯に、小説の中では事件が起きた。
 というのも、発見されたのは、それからかなり時間が経ってからのことだったが、殺されたのは、その時間だったということはハッキリしたからだった。
 なぜ、この時間だったのかというと、その死体が発見された時、部屋の中は薄暗かったからだ。そこは、長屋になっている一帯で、古本屋であったり、写真館でああったりと、それぞれに商売を営んでいるような長屋だった。
 そのうちの一軒のお店の奥が、普段なら電気がついているはずの奥の部屋に電気がついておらず、しかも、店は開店したままだった。
 このままなら、泥棒し放題という感じで、さすがに一人が気になって、店の奥の住居に声を掛けたが、誰も反応がない。
 二人いたので、顔を見合わせて、
「どうしたんだろう?」
 と言っていたが、そのうちの一人が思い余って、
「中に入ってみよう」
 と言い出し、扉を開けると、当然部屋の中は真っ暗であり、急いで裸電球のスイッチを入れた。
 ソケットに電球を差し込んだだけの、簡易な電気で、大正時代なら、これが普通だったのだろう。
 すると、そこには、首を絞められて死んでいる人がいるではないか?
 死亡推定時刻なども調べられたが、どうやら、死亡推定時刻は、
「電気を切っていれば、真っ暗な状態だったはずで、電機は少なくともその時についていた」
 という結論になった。
 となると、電気の指紋が確認されたが、指紋は一種類しか発見されなかった。
 というのは、怪しいと思って最初に飛び込んでつけた人間だった。
 ただ、これはあまりにも不自然だ。犯人は、なるべく自分が犯人ではないということを警察に思わせようと、最初にわざと指紋をふき取り、あたかも、そこに犯人が残しておいた指紋を消したかのようにして、その後わざと第一発見者として、もう一度指紋をつける。
 もし、拭き残しがあっても、再度つけた指紋かどうかということは、大正時代に分かるわけもない。しかも、
「犯人が、自分で殺しておいて、わざと戻ってくる」
 というようなことをするわけはないという理屈からも、
「第一発見者を犯人だとは思われない」
 と警察に思い込ませようとしたのだ。
 確かに、
「第一発見者を疑え」
 というのは、よくあることであった。
 しかし、だからと言って、形式的には疑ってしまう。それでも、警察のような通り一遍の捜査しかしていなければ、なかなか犯人に辿り着くことができないだろう。
 ちょうど、そこに、素人探偵と呼ばれる男が現れて、あっという間に事件を解決していったのだが、やはり犯人は果たして、第一発見者であった。
 ただ、この男は、事件で見えてきたほどの天才犯罪者でも、大胆な犯行を犯すほどのち密な計算ができる男でもなかった。
 自分で、入ってきて第一発見者になったのも、電球に指紋を残したのも、
「ただの偶然」
 であり、
「困ったやつだ」
 といつも言われているような、ある意味あわてんぼうで、危なっかしい人間だったのだ。
 それでも、偶然というものが、何度も重なると、完全犯罪にちかづくというもので。もちろん、完全犯罪には程遠いものであったが、逆に、
「もし、完全犯罪を成し遂げるやつが出てきたとすれば、それは意図したものではなく、偶然が招いたものだ」
 ということになるのではないだろうか?
 この事件を担当した刑事はそう思って、探偵が謎解きをしているのを、黙ってみていたと小説では書いていた。
 そんな話を今回の事件の捜査に当たっている、K警察の桜井刑事は、思い出していたのだった。
 桜井刑事は、昔の探偵小説が好きで、よく読んでいて、自分の担当した事件と、昔の小説とがたまに重なってしまうということを意識していたのだった。
 ところで、今回の事件における不可思議なことはいくつかあった。
 まず、
「どうして、犯人は、被害者をエレベータに引っかかるようにしたのだろうか?」
 ということであった。
 これがわざとであることは当たり前のことで、何といっても、扉が締まったり開いたりするように、エレベーターに、細工を施していたからだ。
 もっとも、その仕掛けにどのような秘密があるのかということは、その時は、誰にも分かるはずもなかった。
 もし、その理由が分かるとすれば、それは、
「犯人が捕まってから、犯人の自供によるものなのか?」
 あるいは、
「その理由が分かったことが、犯人を特定するものになるのかであるが、少なくとも、今は、不可解ではあるが、事件の中で数少ない手掛かりになることだ」
 と言えるであろう。
「でも、あのエレベータの仕掛けに何か理由があるんでしょうね。桜井刑事はどう思われますか?」
 と、桜井刑事に聴いたのは、刑事になって4年目の、まだ若手といってもいい、迫田刑事が、ベテランの桜井刑事に聴いた。
「迫田君はどう思うかい?」
 と逆に聞き返した。
 すると、迫田刑事は待っていたかのように言った。桜井刑事はどうやら、そんな迫田刑事の性格を把握しているようだった。
「そうですね。私の考えとすれば、犯人は早く死体を発見させたかったんじゃないでしょうか?」
 というと、
「どうしてなんだい? 普通、犯人は、死体発見を遅らせるようにわざとするんじゃないかな?」
 と桜井刑事がいうと、
「どうしてですか?」
 と聞くと、
「犯人の心理としては、犯行を行ったら、なるべく早く、犯行現場から離れたくなるものだろうし、死体発見が遅れれば、それだけ死亡推定時刻が曖昧になる」
 というと、
「じゃあ、逆を考えればいいんじゃないですか? 犯人がその場方立ち去りたくないのは、自分は、犯人ではないと思わせるために、遠くに逃げたりせずに、その場にとどまっているというパターン、さらに死亡推定時刻を曖昧にしたくないのは、死亡推定時刻を完璧なものにする必要があった。つまり、その時間には、犯人は何らかのアリバイがあったということなのかも知れませんよ」
 というと、
「なかなか面白いね。まるで探偵小説を読んでいるようだ」
 と、皮肉っぽく桜井刑事は笑ったが、その時、またしても、例の大正時代の小説が頭に浮かんできた。
「だけどね、今回は発見したのが、新聞配達の人間だったから、ああいう発見のされ方だったけど、もし、新聞配達のにいちゃんが、発見していなかったら、どうなったと思う?」
 と聞かれた迫田刑事は、
「うーん、そうなると、このマンションお住民で、出勤のため、エントランスに降りてきた人が最初に発見することになるんでしょうね?」
 と、迫田刑事がいうと、
作品名:損得の犯罪 作家名:森本晃次