小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

自殺後の世界

INDEX|5ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 今入院患者の中には、複雑骨折を起こしていたり、数か所の骨が折れていたような、当時は、大けがだったという人だけが残っている。実際にその事故から、3週間以上が経っていたのだ。
 その事故というのは、近所の工場での、爆発事故だった。
「薬品に引火した」
 ということであり、一次は、半径50メートル以内の立ち入りが禁止されるというほどの大事故だった。
 その日のニュースでは、全国ニュースとなり、
「速報」
 という形で、テレビ画面にテロップが出たほどだった。
 爆発から、現場では、火災も発生し、消防車数台が出動しての懸命な消火作業が行われたようだった。
「そんなにひどい事故だったんですか?」
 と警察から、けが人のことを聞かれた時、院長が聞き返すと、
「それはひどかったですね。その後起こった火災では、あたり一面が黒鉛に見舞われましたからね。しかも、その場所が化学薬品などを結構収納された倉庫もあったので、それに誘爆される形で、建物が吹っ飛んだりするほどだったので、周辺を立ち入り禁止にして、正解だったと思います」
 ということであった。
 院長も警察から聞かれたが、
「ああ、けが人の方は大丈夫ですよ。皆さん、人によって症状の度合いは違いますが、普通に元気ですよ」
 というと、警察も安心したようだった。
「じゃあ、院長先生、後の手当ての方、よろしくお願いいたします」
 といって、警察は帰っていった。
 これだけの大事故だったので、死人も数名いたようで、救急病院は、一時パニックに陥ったようで、
「先生の数が足りません」
 ということで、休みのインターンが、急遽駆り出されるほどであった。
「これだから、ブラックだって言われるんだよ」
 と、渋々出勤してきたインターンだったが、あの時の、まるで、
「野戦病院」
 と化した救急病棟は、騒然としていた。
 そんな様子を見ていて、もう彼らの頭には、
「ブラック」
 という言葉が消えていて、本来の医者としての意識がよみがえってきて、患者の治療にあたっていた。
 もちろん、一つや二つの病院で賄えるほどではなかったので、救急病院はどこも大変だったようだ。
 まるで、テレビドラマの、
「救急救命」
 をモチーフにした作品を見ているようだったが、さらに臨場感を増すと、今度はリアルすぎて、余計に曖昧な感覚になってくるのだった。
 そんな状態において、
「救急救命ってすごい」
 と、みゆきは思ったのだ。
 その日、みゆきは非番で、看護学校時代の友達と、ショッピングをして、夕飯を食べた帰り、偶然、救急病院で、患者が運ばれてきているのを見た。
 まだ、その時は何が起こったのか分からなかったが、明らかに尋常ではない。
 二人とも、
「看護婦魂」
 といえばいいのか、黙って通りすぎる気にはなれなくて、通り過ぎる人を見ながら、後ろから邪魔にならないように追っかけてみた。
 すると中に入ると、最初に感じたのは、薬品のプーンという臭い。普段から慣れているはずなのに、いまさらながらに驚かされる臭いだった。
「それにしても、これは」
 といって息を呑んだが、
「うーん」
 という呻き声が至るところで聞こえてきた。
「急いで、こっち見て」
 という、ヒステリックな声が聞えた。
 ただ、しばらくいると、声はほとんどがヒステリックになっていて、
「人はパニックになると、ここまでになってしまうんだ」
 と思った。
 ただ、やっている本人たちは、自分のことよりも、目の前の患者のことしか考えていない。
 下手に気が散ってしまうと、何もできなくなり、
「どう対応していいのか分からなくなる」
 という感覚になっている気がした。
 とにかく、
「こんな臨場感見たことがない」
 という思いと、
「普段の自分たちが、どれほど楽をしていたのか」
 と思うと、身が引き締まる思いになっていた。
「皆、これが毎日続くんだ」
 と思うと、背筋に寒さを感じたのだ。
 そして、
「私なら、毎日なんて耐えられるだろうか?」
 と感じたが、
「これも慣れなのだろうか?」
 と勝手に考えていた。
 救急病院の恐ろしさのようなものを見せつけられた気がして、
「本当に恐ろしい」
 と、今度はまた時間が経つと、そう思うようになった。
 そのうちに、
「そろそろ行こう」
 と友達が、
「このままなら、ずっと見ていることになる」
 といって、半分強引に、その場から離れたのだった、
「そうね。ずっと見ていても、埒が明かないわね」
 といってその場から離れたが、二人はずっと無言で、
「声をかけた方が負けだ」
 と言わんばかりの様子に、みゆきは、
「一人になりたい」
 と思ったのだが、お互いにほぼ同時に、
「今日は帰ろうか?」
 ということになり、そのままの流れで、その日はお開きになった。

                 ボート事故

 その日見た光景は、2,3日頭の中にあったが、一度消え始めると、そこからは早かった。
「できることなら、早く忘れたい」
 という気持ちが強く、
「忘れてはいけない」
 という気持ちよりも、
「忘れるなら今だ」
 ということで、早く忘れてしまいたいという言葉に吸い寄せられるかのような感覚だった。
「やっぱり、今の病院がいいわ」
 と思い、どんどん消えていくあの時の記憶に、次第に思い出す日々の生活が入ってくれて、忘れるのも、結構早かったのだ。
 翌日には、いつもの自分に戻っていたことだろう。
 同僚は、最初こそ、
「どうしたの? 顔色悪いわよ」
 と言われた。
「顔色が悪い?」
 などということを思いもしなかったみゆきは、それ以上構うこともない同僚に、
「意識しないようにしてくれている」
 ということを感じ、感謝したい気分になっていたのだ。
 おかげで、顔色もだいぶよくなってきたのか、すぐにいつもの状態に戻っていたのだ。
 たぶん、同僚も、
「この間のあの事故のことなんだろうな」
 ということは想像がついたが、あまり詮索するのもよくはないと思った。
 なぜなら、問題が精神状態によるものだということが分かったからに違いない。
 みゆきが元に戻ってからは、敢えて事故のことは話さなかった。
 入院患者に対しても、
「なるべく、余計なことは言わないように」
 というお達しがあったくらいだ。
 中には、一時的な記憶喪失に掛かっているような人もいたようだが、2,3日で、その記憶も戻って、
「事なきを得た」
 ということだったのだ。
 今では、
「普段の平和な病院に戻った」
 ということで、みゆきも、
「まったく思い出さない」
 ということはなかったが、思い出しても、気分が鬱になったりするようなことはなかったのである。
 そんなことを考えていると、その患者が少しして、
「本当に、この人、記憶を失っていたなどということがあった患者さんなのかしら?」
 と思うのだった。
「みゆきさん。僕はいつまで入院していればいいの?」
 と、看護婦のことを名前で気軽に呼んでいるこの患者は、まだ若い子で、高校を卒業してすぐに就職してきた、新入社員という感じだった。
作品名:自殺後の世界 作家名:森本晃次