自殺後の世界
「耽美主義を得意とする小説家の話」
ということで、例の。
「暗黒の星」
というテーマを書いた小説家が、中心の話だったのだ。
その作家の話をしているうちに、耽美主義の話になってきたのであって、
「耽美主義における、美ってどういうものなのかしらね?」
と最初に言い出したのは、みゆきだったのだ。
「耽美主義って、とにかく優先順位が何においても、美の追求ということだよね?」
と兄がいうので、
「ええ、そうね。そもそも、その美というものが何を意味するのかって思うのよ」
とみゆきがいうと、
「じゃあ、逆にあの作家の書く作品には、悪魔という言葉がタイトルに出てくる作品がやけに多いでしょう? 俺は、その作品における悪魔というものを考えた時、誰が悪魔なんだろうって、思って読むんだよ。すると、たいていの場合、間違いないその作品の中で出てくる悪魔というのは、本当の悪魔なんじゃないかって思いながら読むんだよ」
というではないか。
「それは、どういうこと?」
と聞くと、
「作品の中の悪魔って、シチュエーションの中で考えられるべき悪魔が必ずいるんだよね。逆にいえば、悪魔のような人間がいなければ、小説を読んでいても、何が面白いのかというのは分からない気がするんだよね」
と兄は言った。
「うんうん、それは分かるわ。確かに私も悪魔というものを探しながら読んでいる気がするの。で、言われる通り、その悪魔が誰なのかというのも、分かる気がするのよ。ある意味、そんなに難しくはなくね。だからいつも、面白いって思って読むんだけど、お兄ちゃんは、もっと他に感じることってあるの?」
と聞くと、
「うん、あるんだ。俺はその中で、共通点のようなものを探すんだよ。同じ作家が大筋のストーリーは違っても、悪魔という一つの言葉の意味を持つ人を書いているわけだから、それなりの共通点があると思うんだよ。僕はいつもその共通点を探すことにしているんだ」
という。
「それは分かったの?」
と聞くと、
「うん、分かったよ。4作品も読めば大体分かってくる。あの人の数ある作品の中で、悪魔とつく作品は、10作品くらいあるだろう。そこからパターンが分かってしまうと、読み始めで、大体ストーリー展開も分かってくるような気がするんだ」
という。
「すごいわね。私はそんなところまで考えたことはないわ。せめて、悪魔の正体がどういうものなのかということだけしか考えたことはなかったわ」
とみゆきがいうと、
「大丈夫さ。悪魔の正体というところまで考えるようになると、共通点というものは、無意識に考えているものさ。だから、今それを無理に他のことを考える必要はない。そのうちに、今度は共通点が気になって、読み直してみようと思うはずだからね。もっといえば、読み直してみようという気にならなかったら、共通点を見つけるのは、結構難しいかも知れないな」
と、兄がいうのだった。
「じゃあ、お兄ちゃんも、そういう発想だったの?」
と聞くと、
「ああ、そうだよ。僕は読み直しで共通点ということに気が付いたのさ。もちろん、読み直そうと思ったのは、その共通点を探そうという意識があったわけではなくて、単純に読み直しをしてみたいという思いから、読んでいるうちに、共通点という問題を考えるようになったんだよ」
という。
「それで、お兄ちゃんは見つけたんだね? 私にも分かるかしら?」
というと、
「もちろん、分かるさ。いや、これは男性よりも、女性の方が分かる感覚なんじゃないかって思うんだよ。血のつながりであったり、人間の生死というものに関わる問題などが絡んでいるから、いずれは、看護婦になりたいと思っている、みゆきには、分かってしかるべきだと思うけどね」
と兄は言っていた。
なるほど、小説を読んでいると、悪魔のような所業は、犯人がやっている行為ではない。むしろ、犯人が、その悪魔のせいで、人生をめちゃくちゃにされたり、人を殺す動機を持つに十分な所業が、そこにはあるということが分かってくるのだった。
だから、その悪魔は、基本的に、その小説の中のどこかで死ぬことになる。連続殺人だったとしても、犯人が本当に殺したいと思うのは、その、
「悪魔」
だということになるのだろう。
兄は、その時、悪魔の正体について教えてくれなかったが、その時、そのかわりに、耽美主義の話をしてきたのだ。
「みゆきは、耽美主義という言葉を聞いたことがあるかい?」
と聞かれて、
「言葉は聴いたことがあるけど、どういう意味なのかっていうとことまでは、あまり考えたことはなかったかな?」
というと、
「耽美主義というのは、美というものが大前提としてあって、その美の追求を最優先として、道徳やモラルなどに優先するといえばいいかな?」
というのだ。
「でも、それって、普通は、わざわざ言わなくても当たり前のようなものじゃないかって思うんだけど、違うかしら?」
というと、
「それは、美というものを、見た目でしか感じていないからでしょうね。あくまでも、できている美を美しいと感じる感覚。受け身に近い感覚と言えばいいのか、自分から美を追及し、自分なりの美を求めていく人というのを、耽美主義と呼ぶんじゃないかな? ある意味極端な意味として考えればだけどね」
と兄は言った。
「そういうのを芸術家というんじゃないかしら?」
というと、
「そういうことになる」
「だって、芸術家が美を追求するのは当たり前のことなんじゃないの?」
というので、
「もちろんそうだよ。だけど、今言ったように、モラルや常識などというものを取っ払ってということになれば、極端にいえば、足枷はないわけだよ。何をしてもいいから、とにかく美を追求することになる。それが、例えば犯罪であったり、殺人であったりする場合も関係ないということだね」
と兄がいうと、
「でも、普通は、犯罪さえ犯さなければ、たいていのっことはありなんだから、そこまで求める必要はないんじゃないかしら?」
と、みゆきは感じるのだった。
みゆきにとって、耽美主義という言葉の定義は分かったような分からないようなという感覚でしかなかった。それをもちろん、兄も、
「百も承知」
だったのではないだろうか?
兄は何が言いたかったのか、一瞬忘れてしまった気がした。しかし、一瞬我に返ったように感じたみゆきは、ある程度まで理解していたことを思い出すことができたのだ。
「耽美主義と、あの小説家がいうところの、悪魔というものの大きな違いってどこにあると思う?」
と聞かれた。
正直分かるわけもないので、すぐに、
「分からない」
とギブアップした。
普通であれば、兄はいつも、
「もう少し考えてごらん」
ということをいうはずなのに、その日は、それ以上、何も言わなかった。
その後、しばらくの沈黙があり、みゆきが考えようとしても、考えきれないことに、自分から苛立ちを覚えていると、兄の方から、ニコニコしながら、
「苛立つだろう?」
と、悪戯っぽく言ってくるのだった。
「うん、そんなに意地悪しないでよ」
というと、
「悪い悪い。だけど、今の気持ちを忘れるんじゃないぞ」
といって、ゆっくりと話を始めた。