輪廻転生のバランス(考)
「踏切を作るくらいなら、高架橋を作るか、下にトンネル状の道を作るかのどちらかにしなければならない」
というものであった。
車が混むところを作るのは、時代を逆行するということなのだろう。
そのため、このあたりは踏切を作るわけにもいかず、結局、
「魔のカーブ」
と言われ、昔から恐れられていた。
しかし、皆、そのことを知っているはずなのに、事故が減るということはなかった。事故を起こした運転手の言い訳というよ、不思議と皆同じだった。
「普段は、気を付けているのに、その日に限っては、考え事をしていた」
などといって、
「普段は気を付けている」
ということを言い張っていたのだった。
確かに、そうなのかも知れないが、毎回事故が起こる時に限ってそういうのはどうなのだろう?
しかも、もう一つ不思議なことは、
「事故を起こした車はもちろん、その場に居合わせた車も、恐ろしくて、もうその道を通らないと言っていたようで、実際に、それらの車が通りかかることはない」
ということであった。
それなのに、なぜか車が減らないのだ。
しかも、増えてきているように思う。急激にそのあたりの住民が増えたとか、他の道の交通量が減ったとかいうわけではないのだ。それなのに、車がまったく減らない。それどころか増えているように見えるのは、どういうことだろう?
ということであった。
それを思うと、警察も、
「そんなバカな」
と口では言いながらも、交通課など、パトロールをしていて、
「あのウワサ、最初こそバカげていると思っていたけど、まんざらウソというわけでもないようだな」
と話をしている。
ミニパトの婦警さんも同じで、
「いやぁ、それを感じているのは私たちだけかと思ったんですが、皆さんそうだったんですね?」
といって、感動しているようだった。
「魔のカーブとはよく言ったものね」
ということであったが、本当にその通りだった。
その日は、深夜から、少し生暖かかった。確かに、三寒四温という時期ではあったが、そんな季節を忘れさせるくらい、ずっと寒かったのだ。
「このまま、一気に冬になるのだろうか?」
と、その夏のことを思い出していたが、その年は、10月まで、真夏日が続くなど、夏が長かった。
しかも、実際の夏はというと、
「最低気温が、30度越え」
などという、一種信じられないと思う時期だった。
最高気温も、それこそ、体温越えが珍しくないという恐ろしさ。
「本当に、このまま夏が終わらないんじゃないか?」
と思わせるほどで、
「これだったら、どんなに寒い冬も耐えられそうな気がする」
と思っていたが、実際に寒くなってくると、
「寒さもきついな」
と感じさせられた。
本当にこの間まで、部屋では冷房を入れていたと思っていたのに、最近の朝晩の冷え込みは、暖房に値するくらいであった。早くも、放射冷却を感じさせるほどの寒さに、震えていたのだが、生暖かくても、やっとまともな気温のような気がするだけで、少し安心感があった。
ただ、この生暖かさには、嫌な臭いがふくまれていた。
昔から、
「雨が降る前は分かる気がする」
と思っていたのだが、それは臭いを感じるからだった。
「何か、石をかじったかのような臭い」
という、何となく違和感のある表現であるが、実際には、生暖かさが、湿気を帯びてくることで、それまで乾いていた地表の埃のようなものが、生暖かさによって、蒸発する時に、
「風とともに舞っているか」
のように思えてくるからに違いない。
だが、今回の臭いは、そんな臭いではなく、本当に、生臭さがあり、鉄分を含んだ。口にするのも、気持ち悪いという思いのある、まるで、
「血の臭いのようだ」
という感覚であった。
これを、
「血の臭い」
と感じるのには、根拠があった。
あれは、子供の頃だったと思ったが、ところどころの記憶しか残っていないのだが、何やら、木造の階段の急なところを昇っていたような気がした。
たぶん季節は夏だったのか、建物の気の臭いと、汗のような臭いがまざって、吐き気を催すような気持ち悪さだった。
列をなして、順番に登っていたと思ったのだが、途中から、前にも後ろにも誰もいないところを昇っていた。
どうやら、どこかのお城の中だったのだろう。その時分からなかったのは、
「それまでに城というところに入った経験がなかった」
ということからだった気がする。
なぜ誰もいなかったのかというと、実は、その場所が、
「昇ってはいけないとこと」
だったようで、本当は、紐か何かで登れないようにしていたはずなのに、なぜ、自分が意識せずに昇っていたのか分からないが、それに気づいた親が、
「あんた、何してるの、降りなさい。危ないから」
と、声を掛けられ、ビックリし、ひるんだ瞬間、不覚にも手を放してしまい、そのまま背中から落ちていったというところまで記憶があった。
気が付けば、病院の簡易ベッドに寝かされていて、点滴を打たれているようだった。
「よかった。気が付いた」
と言われ、強烈な薬品の臭いを感じたことで、そこが病院であることを悟った。
「ああ、そういえば、後ろ向きに落ちていったんだっけ?」
ということを思い出すと、背中の感覚がないほどに、痛みがあるのを感じた。
「大丈夫か?」
と親が心配で覗き込んできたが、次第に安心した表情になった。
「ああ、きっと背中からおっこちて、気を失ってしまったんだろうな」
と思うと、その場が強烈な異臭を放つ病院であるにも関わらず、血の臭いを感じた。
「あれ? なぜなんだ?」
と感じたのは、自分の身体が、
「骨折か、打撲はあるようだったが、血が流れたような気がしない」
と思ったからだ。
実際に、身体を動かせるようになったから身体を確認したが、出血の場所はなかったのだ。
ということは、
「出血しなくても、あの時、何かの血の臭いを感じながら落ちていったのだろうか?」
と思ったが、
「ああ、あの時、最初こそ気づかなかったが、落ちていく前から、ずっと感じていた異臭の正体が、血の臭いだったのかも知れない」
と、だんだん思い出してきたのだった。
それから、しばらくの間、
「木造と、階段の恐怖症になっていた」
のだが、さすがに普通の階段は、大丈夫だったので、大人になるにつれて、
「木造の階段へのトラウマが消えていったはずなんだけどな」
と思うようになっていたのだ。
中学の数学旅行で、寺院やお城を巡ることがあったのだが、その時には、トラウマは消えていた。
実際に、お城の階段を昇ることもあったが、幼児期の意識がよみがえった木はしたが、それがトラウマとなって、登れないということまではなかったのだ。
それを思うと、
「ああ、トラウマって、本当に時間が解決してくれるんだな」
と思ったものだ。
彼は名前を田所聡という。今年で、25歳になるのだが、その日は、ちょうど飲み会に誘われていて、帰りが10時過ぎくらいになったのだった。
「最近のうちでは、遅いよな」
と思っていたが、実際には、もっと遅くなることは多かった。
作品名:輪廻転生のバランス(考) 作家名:森本晃次