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怪しい色彩

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 その時の理由は、奥さんの時よりもハッキリとしていたのだ。
 というのは、彼が苛めを受けていることは、警備員として、店内を見ていると分かっていたのだ。
 だから警備員も、その中学生の団体を気にしないわけにもいかず、苛められている子供に余計に注視していたのだ。
 案の定、少年は、万引きをした。黙って見逃すわけにもいかず、
「君君、ちょっといいかね?」
 と声をかけ、同じように、事務所に連れていく。
 店長も、同じことを考えていたのか、その少年がいつか万引きをするということが分かっていたようで、事務所に連れていった時、店長の顔が、落胆の表情になったのを、警備員は見逃さなかった。
 店長は、少年に事情聴取をした。
 しばらく一緒にいたが、母親の時と同じように、
「ご苦労さん、自分の部署に戻ってください」
 と言われ、後は、
「お約束の行動」
 であった。
 その時も、母親と同じで、初犯だということで、
「一応、学校にも警察にも家族にも言わないでいてあげるから、二度とこんなことをするんじゃないぞ」
 と言って、放免ということになった。
 この店が甘いのか、そのあたりはよく分からなかった。
 店によって方針もあるだろうし、それを考えると、少年が許されるのは、とりあえず、
「まあ、当然なのかも知れないな」
 と思うのだった。
 幸いにも、それからその少年が万引きをすることはこの店ではなかった。
「ひょっとすると、店を変えたのかな?」
 とも思ったが、少年は毎日のように店にやってきて、商品を、キチンとお金を払って購入していくのだ。
 それを、
「お客様」
 というのであって、それを思うと、あの時の店長の裁断は、
「実に見事なものだった」
 と言ってもいいだろう。
 それを見て、警備員も、
「まるで大岡裁きのようだ」
 と、江戸時代、徳川幕府八代将軍、徳川吉宗の懐刀であり、参謀であったと言われる、
「大岡越前守忠相」
 を彷彿されると思ったのは、大げさであろうか?
 もっとも、遠山金四郎でないところは、彼の性格だと言ってもいいだろう、
 警備員という職業ということもあり、どちらかというと、
「目立たない性格」
 ともいえ、誰かを思い浮かべるとしても、
「似たような人がいれば、あまり目立たない方を思い浮べてしまうところがあるからではないだろうか?」
 と、感じるのであった。
 だから、警備員をしていて、犯人を捕まえても、自分に対して、
「よくやった」
 ということよりも、
「捕まった人に、寛大な裁きをしてほしいな」
 と店長に対して願っている方が強かった。
「警察なんて、まっぴら御免だ」
 と言いたいくらいで、子供に対しても、奥さんに対しても、何もお咎めがなくて、よかったと思ったのも、彼としては、当然のことであったのだ。

 そんな中で、殺されている男を見つけた男は、半分腰を抜かしたかと思うと、もう一人の人間が、意外と落ち着いているようで、すぐに警察に連絡を入れた。
 刑事と鑑識がやってきたが、その時間も、最初に死体を見てしまったショックからなかなか立ち直れない男は、実は、最近、こちらの店にお世話になるようになったのだった。
 この人は、以前、本当に警備員をしていて、警備員の仕事にやる気が見いだせなくなったことで、今回のスナックの新入社員として、入社したのだった。
 だから、やっていることは、本当の雑用である。
 ママさんが、今まで一人でやっていた仕入や、ツケの取り立てなどであるが、そのあたりを、
「元警備員」
 ということで、しっかりとしていて、生真面目に見えるところが採用の基準となったのだった。
 まさか、彼も、
「この店に入ってまで、警備員のような仕事をしないといけないとは思っていなかった」
 と感じているに違いない。
 しかし、敢えて、店長は、
「彼が、元々警備員であった」
 ということは言わなかった。
「あの店長なら、言いそうな気がしたんだけどな。まあ、言われたら言われた出別にかまわないけど」
 と思っていた。
 別に警備員をしていたからと言って、プロというわけではない。実際に、夜勤として、夜の定時に店の中を見回ることと、日勤の時は、万引きや、中高生などの行動に目を光らせていることが仕事で、別に、捕まえるだけの力があるわけではない。
 もちろん、万引きなどは、現行犯ということなので、
「ちょっとすみません」
 と言って、事務所に連れてくるまでが仕事で、後は、品物と、防犯カメラによる検証で、後の判断、警察を呼んだり、身元引受人となるような人に来てもらうなどという判断は、店側がするのだった。
 しかし、いくら、ただ警備をしているだけとはいえ、これだけ、万引きなどが多いと、どう対処していいのか分からず、困り果ててしまうのであった。
 たまに、
「もう見逃してやるか?」
 と思うこともあるが、すぐに、
「いかんいかん」
 と我に返って考え直すのだ。
 そんな時、急に、
「空間識失調」
 に嵌りこんでしまうことがある。
「空間識失調」
 というのは、パイロットなどが、空を飛んでいて、急に、
「自分が今どこを飛んでいるのか分からなくなる現象」
 つまり、
「平衡感覚を失う」
 というものである。
 理由は分からないが、この時の元警備員の男は、死体を見て、完全に呼吸困難に陥ったようだった。
「あわわっ」
 と震えながら、唇から血の気が引いているように見える。
 一緒にいた人が、落ち着いて警察に通報してくれたが、これは、
「相手の男性が、この状態であれば、俺がしっかりしないわけにはいかないな」
 という思いがあるからに違いない。
 そんな状態で、元警備員の男は、
「この時感じた臭いが、気が遠くなる理由なんだ」
 ということに気づいたような気がした。
 彼が、思い出していたのは、
「前の警備会社をなぜ辞めることになったのか?」
 ということであった。
 別に彼が何かをやって、
「懲戒処分を受けた」
 というわけではない。
 仕事にやりがいは感じなかったが、実際に、
「嫌だった」
 という感覚でもなかった。
 好きでもない仕事でも続けなければならないということは分かっていて、それでも、とりあえず頑張ってきたのだ。
 とにかく、
「肉体的には何とか持っていたけど、精神的にはきつくなってきた」
 ということが、その理由だったのだ。
 この警備員は今年、まだ35歳くらいだった。名前を南部清隆という。
 南部は、一時期、昼の勤務が多かったのだが、それは、パンデミックが、少し一段落をした頃ということで、昼間の万引きが多発し始めた頃だった。
 夜の警備は、結構年配の人が行っていて、それこそ、
「以前警察に勤めていて、定年退職をした」
 などという、いわゆる、
「屈強な人」
 が多かったのだ。
 実際に、警察では、武道にも長けていて、定年になっても、身体を持て余しているような人だったので、
「夜の仕事というのも、さほど、気にならない」
 という人が夜の方を賄ってくれていたので、南部は、昼がほとんどだったのだ。
 だが、昼というのは、とにかく、いろいろと見なければならないことが多い。
作品名:怪しい色彩 作家名:森本晃次