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怪しい色彩

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「今私が連れてきた奥さんなんですが、彼女は、潤子というんですけどね。その松前潤子が、不倫をしているということを通報してきたんですよ」
 というではないか。
「不倫のような民事的な話は、警察にタレコんだとしても、別にどうにもなることでもなかろう」
 と桜井刑事がいうと、
「それがですね。奥さんは、万引きの常習犯で、その不倫相手というのが、彼女の万引きを発見した警備員ということだったんです。それを奥さんが、色仕掛けで見逃してもらい、そのまま不倫に入ったということなんですよ」
 という話だった。
「なるほど、それは面白い話だ」
 と桜井刑事はそういったが、その話を持ってきた刑事には、第一発見者の中に、
「元警備員」
 がいて、その男が、万引きをよく捕まえていたということは知らなかったので、ただ、このタレコミに興味を持っていただけだったのだ。
 しかし、南部のことをさっき聞いたすぐあとでのこの情報は、実に新鮮で、興味深いものだったといえるであろう。
「南部さん、あなたは、先ほど、この被害者を知らないと言われたんですが、本当ですか?」
 と、桜井刑事に聞かれた。
 何とも答えずにいると、
「後で、ちょっとお話を伺いたいんですが」
 というではないか。
 南部はまさか、そんなタレコミがあったということを知る由もなく、さらには、そのタレコミを知らないので、
「奥さんと、知り合いだということが分かったとしても、別に旦那を殺す理由にはならない」
 と思った。
 それは、二人ともお互いに、
「不倫ではない」
 と思っているから、
「別に刑事に疑われても、すぐに、容疑は晴れる」
 というくらいに感じていたに違いない。
 だが、タレコミがあったということであれば別である。きっと、それをどういう形で取り調べに使うのか分からないが、まさかと思った事情聴取に、南部は正直戸惑っていた。
 思わず潤子を見てしまったが、すぐにそれに気づいた潤子が眼をそらしたので、二人の目が合うことはなかった。

                 取り調べ

 そのことは、二人にとって幸いなことで、ここで目が合っていれば、
「二人の関係は確定だな」
 と思われていたことだろう。
 もちろん、すぐにバレる関係ではあるが、南部とすれば、
「少しでも分かるまでに時間が掛かってほしい」
 と感じたのは、間違いではなかった。
 この時間の差は、警察側から見れば、本当の一瞬なのかも知れないが、
「疑いを掛けられているかも知れない」
 と感じている南部にとっては、ほんの少しの時間であっても、ありがたいと思っているに違いない。
 そんなことを考えていると、
「刑事と容疑者の関係」
 というものがどういうものなのかというのが浮き彫りになっていく気がして仕方がなかったのだ。
 桜井刑事が、その時、
「自分たちがどういう関係にいるのか?」
 ということを感じていたようだ。
 まだまだ初動捜査で、これから徐々に事件が分かってくる段階であれば、彼は、自分の立場だけを考えるのではなく、犯人の心理状態も考えるようにしている。
 もちろん、
「犯人が誰なのか?」
 ということが、おぼろげながらに分かってくるにしたがって、犯人の立場を考えることもある。
 しかし、それは相手がある程度分かってきてからというもので、今の段階では、
「誰だって犯人の可能性はあるんだ」
 と言える時に、犯人の心理を考えるというのは、あまりにもおかしな話ではあるが、桜井刑事は、刑事になってからすぐくらいから、そういう考えに至っているのであった。
 そんな桜井刑事の気持ちを、他の刑事は分かっていない。
「分かるくらいだったら、自分でもやってみようと思うのが刑事というものだ」
 と考え、
 しかし、自分のまわりに、
「そういう骨太のやつがいないというのは、実に嘆かわしい」
 と考えた。
 だが、それも、個人それぞれの考え方があるというもので、それをコントロールするのが捜査本部というものだ。
 捜査本部がキチンとうまく機能すれば、
「事件解決まで、時間の問題」
 ということになるのだろうが、さすがに警察は縦割り社会。
 なかなかうまくいくものではないのだ。
 とりあえず、奥さんにその状況を見てもらった。
 さすがに、他人である南部たちでも、死体が転がっているのを見ると、恐ろしいのに、いくら冷え切った関係とはいえ、身内の死体が転がっているのであれば、これほど怖いものはない。
 奥さんは、むせぶような泣き方をした。
 家庭が冷え切っていることを分かっている南部も、彼女のむせぶような声が、
「最愛の旦那を亡くした」
 という声ではないということは当然分かっている。
 しかも、同じことを、ここにいる刑事たちも分かっているということを、さすがの南部も分かるはずもなかった。
 ただ、先ほどの刑事の耳打ちの後で、
「南部さん、あとで事情を伺います」
 というようなことを言われたのだから、それは、南部としても、何とも困ったことになってしまったではないだろうか。
「ご主人に間違いないですか?」
 と聞かれて、
「ええ、間違いありません」
 と答える奥さんを、刑事たちはどういう目で見ていただろう。
 きっとその目で、南部の方も見ていたに違いない。
 何屋r、欺瞞に満ちたかのような、一種異様な人間模様の中での、初動捜査であったが、遺体は、初動の鑑識が終わり、警察署の方に運ばれていった。
 取り残された奥さんと、南部には、まだまだこれから取り調べがあるようで、もう一人の警備の人間はその場から離れ、帰されることになった。
「お二人には、申し訳ございませんが、警察まで御同行いただけますか?」
 と言われ、さすがにここで拒否できるわけもなく、すくなくとも殺人には関与していないのだから、ここで拒否るのは、却って立場を危うくするものであろう。
「殺人に比べれば、不倫を暴露するくらいは何でもないことだ」
 ということである。
 ただし、不倫をしているということがバレると、
「犯人に仕立て上げられるかも?」
 という思いが南部にはあり、
「どうして、刑事さんが南部さんを疑っているのかしら まさか南部さんが二人の話を警察にしたということなんおかしら?」
 と、まったく事情を知らない奥さんは、南部のことを疑ってみるのも、無理もないことであった。
 二人は各々、まったく違った見方でお互いを見ていて。肩や、
「疑われたことで気を病み」
 もう一人は、
「不倫のことを喋られたのか?」
 ということで、相手に対して不信感を感じてしまったのか、おかしな空気であった。
 ただ、南部にしてみれば、まさか、奥さんが自分に不審がっているとは思わなかった。なぜなら、
「奥さんが万引きをしているところを捉え、それを許してやったのは、自分だ」
 という自負があるからで、逆に奥さんとしては、
「この人は私の魅力のとりこになったんだ。美というものが私の武器なんだ」
 と、まったく違う感情からの不倫だったことで、そもそもの方向性が行き違っていた。
 南部とすれば、
「見逃してやった上に、旦那の愚痴まで聴いてやるという意味で、あの女は俺に頭が上がらないはずだ」
作品名:怪しい色彩 作家名:森本晃次