怪しい色彩
と聞かれて、
「そうですね。今から、2週間くらい前からですかね? 世間では人流抑制がだいぶなくなってきたようですが、何といっても、一番厄介なのは、我々の業界なんですよ。ご存じのように、酒類の提供が制限されてしまった。これでは、店を開けるにあけれませんからね」
ともう一人が言った。
ここから先は、
「彼に任せればいい」
と、この業界では先輩にあたるこの人がきっと刑事の納得がいく回答をしてくれるであろう。
南部が答えるよりも正確な答えをしてくれるに違いない。
そんなことを考えていると、
「確かに、酒類の提供ができないというのは、大変しょうね。ところで、最近は、飲み屋の方たちが、お弁当の直売のようなことをしているところが多いと伺ったんですが?」
ということを聞かれ、
「ええ、そうですね。ランチタイムに間に合うように、朝からお弁当を作って、オフィス街の公園のようなところで直売しています。結構売れるのでありがたいですよ」
というのを聴いて、
「じゃあ、昼間、このお店で、仕込みなどをするわけですね?」
ということを聞いてきたので、
「ええ、そういうことになりますね」
というと、
「じゃあ、最後に締めるのは、何時頃になりますか?」
と聞かれたので、南部たち二人は、刑事が何を聴きたいのか分かった気がした。
「そうですね。午後2時過ぎくらいには、終わりますね」
ということであった。
「でも、お店や、その日の売り上げによって、変わるのでは?」
と聞かれたので、
「ええ、だから、それも含めて2時過ぎということです。そもそも、お弁当を出しに公園に赴く前に、店の後片付けも、少々のことは終えてから行きますからね」
ということであった。
「ああ、それなら分かります。なるほど、2時に終わるということは、夕方には、ここはもぬけの殻になるということですね?」
と言われ、
「ええ、そういうことです」
と答えると、
「ここの通路は表にカギがあるわけではないので、誰でも入ってこれるということですね?」
と聞かれたので、これに対しても、
「ええ、そうです」
とオウム返しで答えたのだ。
「ところで、お二人は、今夜は、警備の時間はどれくらいなんですか?」
と刑事が聴いてきたので、
「大体午前0時から、約2時間を2交替でやってます。だから、我々が、午前2時まで、そして、もう一組が午前2時から4時までということですね?」
という。
「じゃあ、今日のお昼のお仕事は、どうだったんですか?」
と聞かれて、
「我々は、今日はお昼は出ていません。もちろん、早朝からも勤務はできませんから、警備に回る時は、その前の日と、その日の早朝には、勤務ができないことになります」
という。
「それは大変ですね」
というので、
「本当にそうですよ。いい加減にしてもらいたいものだ」
と言って、もう一人は、不満を露骨にぶちまけている。
こんなところで、刑事を相手に愚痴をこぼしても仕方のないことで、しかもこれは殺人事件の捜査だということが分かっているので、あまり余計なことも言えないとは分かっているが、正直、誰もがやり切れない気持ちだっただろう。
何と言っても、目の前には死体が転がっていて、捜査をする刑事も、鑑識も、そして、第一発見者である南部たちも、皆マスクをしているではないか。
こんな薄暗いところで、乾いた空気の、店がすべて閉まった。まるで廃墟のようなところにいるのだから、正直不気味でしかないといってもいいだろう。
「なるほど、このビルにはどれくらいのお店が入っているんですか?
と聞かれ、
「そうですね、1階には店舗がなく、その分地下一階にある構造になっていて、2,3階に店舗があって、ワンフロアに4つくらい店舗がありますので、やっていない店も考慮すると、今営業しているのは、8店舗くらいですか? そこから警備を出すので、正直、結構きつきつのシフト体制です」
という。
何と言っても、警備などというのは、実に
「後ろ向きの業務」
でしかない。
というのも、
「伝染病が流行るから、人流抑制が掛かり、商売ができない。そうなると店が潰れていって、失業者があふれる。その日の暮らしもままならないので、泥棒に入る。それを警備しようと、ボランティアの形で自分たちで警備を行う。もちろん、ちょっとした手当しか出ないので、ほぼ、サービス残業のようなものだ」
という完全に、
「負のスパイラル」
ということである。
それを考えると、この状態は、どうしようもない。
誰が悪いというわけでもなく、誰かに頼ろうにも、皆が皆苦しいのだ。
確かに、人生のうちに、苦しいということは、あるだろう。
「生きているんだから、何があっても不思議はない」
ということも言われるが、まさにその通りだが、そんな時でも、
「捨てる神あれば拾う神あり」
ということで何とかなってきたのは、
「苦しいのは自分だけで、まわりはそうでもないので、そのうちに誰かが助けてくれるか、自然とよくなっているものだ」
というものだ。
だから、何か悪いことがあっても、
「いずれは何とかなる。ただ、今はバイオリズムが悪いだけなんだ」
ということで、
「好奇の到来を待つしかない」
という状態であった。
なるほど、確かにその通りであった。
ただ、そのバイオリズムもいちいち調べたりはしない。
今の世の中、パソコンでもスマホでも、たいていのことはすぐに調べることもできるし、その気になれば簡単にできることくらいは分かっているというものだ。
それでも、しないのは、
「知ってしまって、却って余計な意識をするのは、愚の骨頂だ」
と思うからだった。
そんなことを考えていたのだが、さすがに、このパンデミックだけは、どうにもなるものではなかった。
何と言っても、自分だけのバイオリズムではないからで、社会全体が疲弊し、
「立ち直れないのではないか?」
と感じさせるほどのひどい状態に、果たしてどうすればいいのか、誰もが、
「暗中模索」
という状態に入っているということであろう。
警察もそんなことは分かっているが、それでも何もすることはできない。ただ、警察内部にいると、統計的な数字は分かるというもので、
「確かに、空き巣などの犯罪も多く、自殺者もかなり増えてきているよな」
というのは分かっていた、
何よりも、最近は鉄道などの、
「人身事故」
が増えてきている。
「鉄道の人身事故というのは、ほとんどが飛び込み自殺だと言っても、過言ではないからな」
ということである。
そんな話をしていると、そこにもう一人の刑事が帰ってきた。
「桜井刑事、連絡してまいりました」
と言って、もう一人の刑事が戻ってきたので、
「ありがとう、坂下君」
というので、もう一人の刑事は、どうやら坂下という名前のようだ。
「ところで、どうだった?」
と、桜井刑事が間髪入れずに聞くと、