怪しい色彩
などというのも分かる気がする。
確かに、
「お付き合いしている時と、結婚してからでは、まったく相手の見え方が違う」
というのは当たり前のことだが、考えてみれば、付き合っている時は、
「相手のいいところしか見えない」
いや、
「いいところしか見ようとしない」
ということが大きいのではないだろうか?
さらに、今までは、
「結婚すれば、ずっと好きな人と一緒にいられる」
ということで、有頂天なのだが、それはあくまでも、
「自分が想像する好きな相手であり、その人は従順であり、逆らうこともなく、自分のいうことに逆らうことはない相手だ」
と思い込んでいるからそう思うのであって、それまでは従順であっても、結婚したとなると、もっと現実的になるだろう。
相手の悪いと思うところは、
「悪い」
と指摘し、その指摘が的を得ていると、本来なら、反省すべきなのだろうが、自分に従順だと思い込んでいるので、
「逆らった」
と感じるであろう。
そういうちょっとした行き違いが、お互いに反発し合うという火種を残しているのかも知れない。
タレコミ
そんな南部が警備員を辞め、新たに入ったところで、いくら、
「世界的なパンデミック」
が流行していて、そのせいで今も警備関係の仕事をしなければいけないのかということを考えるとどこか理不尽な気もしていた。
だが、しょうがないことだと思ってやるしかなかったのだが、そこでまさか、死体にぶつかるとは思わなかった。
その死体に見覚えはなかったが、警察がやってきて、いろいろと調べているのを、最初はボーっとして見ているだけだったが、刑事がその男の身元をもう一人の刑事に告げるのを聴いて、南部は、一瞬ドキッとした。
その名前に聞き覚えがあったからで、思わず、声を出しそうになったのを、何とか堪えたのだ。
「被害者は、松前陸人、40歳。運転免許証ではそうなってますね。どうやら、この顔に間違いなさそうですね。もう一つ、パスケースには、日興商事の営業主任となっていますね」
というのだった。
「ほう、日興商事というと、大手じゃないか。後で早速連絡を取って見てくれたまえ」
ということであった。
そばで、鑑識がいろいろ探っていた。
「桜井刑事、死因は、刺殺による、出血多量によるショック死でしょうね。どうやら何か所か刺されているようで、そのうちに一か所が致命傷になったんでしょうね」
ということであった。
桜井刑事と呼ばれた男が、
「じゃあ、この犯人は、素人による犯行か、それとも、よほど、被害者に恨みを持っていたかということでしょうかね?」
というと、
「そうですね。その可能性は大きいと思いますね」
ということであった。
「死亡推定時刻は?」
「解剖してみないとハッキリしたことは分かりませんが、今から、7,8時間前というところでしょうかね?」
ということであった。
「ということは、夕方の時間帯で、まだ、日没前くらいだったということでしょうかね?」
というので、
「まぁ、そんな感じでしょうか?」
ということになった。
刑事たちは、それから無言でしばらく、いろいろ調べていたが、
「よし、とりあえず、このあたりで、君は分かったことをとりあえず、確認と、本部に連絡してもらおう」
と言って、桜井刑事だけを残して、もう一人の刑事は、その場を少し離れるようだった。
そして、おもむろにこちらを振り返り、
「ああ、あなたたちが、この死体の発見者ですな?」
と言われ、南部ともう一人は、この状況にまだ慣れていないのか、震えが止まらないようだった。
ただ、見ていた光景は、
「テレビドラマとあまり変わらないな」
と漠然と思っていたので、その光景は、あまり意識の深いものではなかった。
「お二方が、通報していただいたのかな?」
と言われ、二人は、顔を見合わせることもなく、ただ頷いた。
普通なら、お互いに顔を見合わせるのだろうが、それをしなかったということは、それだけ二人は緊張しているのか、それとも、この状況にまだ、自分の中で納得がいっていないかということであろう。
「ええ、そうです」
ととりあえず、南部が代表して答えたが、その声は、喉が完全にカラカラに乾いているということで、まともな声になっていたかどうか分からない。
そもそも、自分の声というのは、自分で感じている声と、それを聴いている人とではかなりトーンが違っているようだ。
それも、
「人によっては、高く聞こえるが、また別の人が喋った時には低く聞こえると、その感覚は一定しているものではない」
というものだった。
「ところで、ここで死体を発見されたわけですが、なぜゆえに、この時間に二人、こんなところにおられたんですか?」
と桜井刑事は、訊ねた。
それは、別に疑っているというわけでも、口調もそんなにきついわけではないことから、
「この桜井という刑事は、事情を分かっているのだろうな?」
と南部は分かったので、
「ええ、刑事さんであれば、ご存じかと思いますが、このあたりは、人流抑制や休業要請のための宣言が出されたせいで、空き巣が蔓延るようになったんです。だけど、どうしても、雑居ビルの飲み屋街というのは、ビル自体に警備もないし、かといって、店ごとにもそれほど警備というのもありません。だから、我々が独自に警備隊を組織して、見回るしかないんですよ。なんと言っても、この業界、本当なら、まだ営業していてもおかしくない時間ですからね」
ということであった。
「なるほど、確かに、このあたりのお店は、深夜遅くまで開いているというイメージですからね。それで、警備もそんなに必要ないということだったんですね」
と桜井刑事がいうと、
「そうなんですよ。この伝染病が流行りだしたおかげで、私らも商売にはならないし、さらには、他の店もやっていけなくなって、廃業の店も、そろそろたくさん出てきましたからね。それによって、失業者があふれるわけですよ。こんなご時世なので、再就職などもできないでしょうから、街に失業者があふれる。明日の生活、いや、今日の生活を考えると、盗みに入るというのは、無理もないことではないんでしょうかね? 気持ちはわかりますが、我々だってギリギリでやってるんです。盗まれたせいで、こっちの首が締まってしまうと、今度は、自分のところの従業員や、うちの仕入れ先のことまで考えないといけなくなる。何といっても、仕入先まで、政府は面倒見てくれませんからね」
とまくしたてるように、今まで黙っていたもう一人が話し始めた。
よほど、恨みに思っているのか、この言い方がどれほどのものか、ということであった。
「いやはや、分かりました。お二人は、ちなみに、この被害者をご存じですか?」
と聞かれて、もう一人は即答で、
「いいえ、初めて見る顔です」
と言って、今度は南部を振り返って、
「お前の初めてだよな?」
と聞かれて、
「ええ、そうです」
と答えたが、少し声が震えていたのを、どうやら刑事が気づかなかったのは、幸いのように、南部は思った。
「とことで、この警備というのは、いつ頃からしているんですか?」