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「基本的に、何にでも生まれ変わる可能性があるが、人間に生まれ変わることができるのは、一部の人間であり、それ以外は、地獄に落ちて、生まれ変わる時は、人間ではない下等動物として生まれ変わる」
 というものだった。
 逆に、人間にしか生まれ変われないものとして、
「地獄と天国以外の世界に行った人間は、いずれ、人間として生まれ変わる。そして、地獄に行った人間は、そこでは、再生の機会はまったくなく、苦痛だけを味わうことになる」
 というものであった。
 つまり、
「天国に行った人間は、神になるので、生まれ変わるという概念がない」
 というもので、
「地獄でも天国でもない世界に行くと、そこでは、人間に生まれ変わるという、その世界だけが、輪廻転生となる:
 そして、地獄に行った人間の考え方が違っていて、ある宗教では、
「地獄に行くと、再生の機会はまったくなく、永遠の苦痛を味わうことになる」
 という世界であり、もう一つの地獄では、
「相当の間、苦痛を味わわされた上で、再生の機会があったとしても、生まれ変われるのは、人間以外だ」
 ということであった。
 となると、
「もし、人間の世界で生まれ変われたとするならば、死んだ人間よりも、人間に生まれ変われる人は、かなり減っている」
 といってもいい。
 天国に行って、神になる人というのは、まずはいないだろうから、地獄に行って、そこで苦痛を味わうか、別の動物に生まれ変われるだけだということになると、最初に死んだ人間が100人だとすると、その中で人間に生まれ変われるのは、50人くらいなのかも知れない。
 つまり、どこかで新たな命が作られなければ、人間の人数は減る一方である。
 しかし実際にはそういうことはない。人口は増える一方なので、そんなことを考えると、「神となったものが、自分の分身のようなものを、この世に送っているのだろうか?」
 とも考えてしまう。
 そうなると、
「この世では、神の分身のような人がどんどん増えて行っているのだとすると、次第にいい世の中になっていっているはずなんだけどな」
 と思えるのだった。
 ということは、
「神の分身とは、別に人間のために存在しているわけではなく、神は神の立場で存在しているのだとすれば、その存在が、一般的な人間にその存在意義が分かるわけはないのではないか?」
 と言える気がしてきたのだ。
 逆に、
「神から仕わされた人間は、この世では何もしてはいけない。ただ存在しているだけでしかないといけない」
 ということなのかも知れない。
「あくまでも、人間を見張る存在、つまり、人間社会に、影響を及ぼしてはいけない」
 そんな人たちがいるのではないか?
 ということである。
 確かに、人間社会において、
「見えているはずなのに、見えていない人がいる。それは、まるで石ころのような存在の人間ではないか」
 と思うのだ。
 石ころというのは、目の前にあっても、それが当たり前のことすぎて、意識されることはない。
 しかも、いくつも同じようなものが、集中しているため、その一つ一つを意識するなどということありえないだろう。
 それを考えると、
「石ころを見ていて、こちらは意識しないが、石ころはこちらを見ていて、人間の存在というものに気づいているのだろうか?」
 ということを考えてしまうのだった。
 実際に、子供アニメの中の、
「友達のために、便利アイテムを出してくれる」
 という設定のアイテムの中に、
「石ころ帽子」
 というものがあった。
「それをかぶっていると、誰も、その人のことを気にしないというもので、目の前にいても、その存在を鬱陶しいとは思っても、まったく意識するということはない」
 というものである。
 それが、
「神が仕わせた人間」
 ということであれば、まさに、それこそが、
「神だ」
 と言えるのではないだろうか?

                 自分のことを好きになる

 そんな世界において、
「平均的な人間」
 というものを考えるということが、どれほど狭い了見かということになるのではないかと思うのは、元々の考えが、壮大だからであろうか?
 親子の間での発想からという、そもそも、叱咤なものであるにも関わらず、何を考えるのかということであった。
 人間にしても、他の動物にしても寿命というものがあり、それぞれに違う。今回は、そのうちの、
「地獄に落ちれば、人間以外のものに生まれ変わる」
 という発想を先に考えることにするが、
「人間が地獄に落ちて、そこから生まれ変われるものは人間以外の生物だ」
 ということになるとすれば、
「じゃあ、その生物が今度生まれ変わる時、どういう生まれ変わりをするのだろう?」
 と考えたとしよう。
 人間が死んだ場合、
「神に召される天国、人間として生まれ変わるための、霊界、そして、神にも人間にもなれない地獄」
 という、3つのうちのどれかだということになるだろう。
 そのうち、神に召された場合は、死ぬということはないので、天界を離れることはない。だから、
「死ぬという概念」
 がないということであろう。
 しかし、霊界にいけば、また人間に生まれ変わり、寿命。病気、事故などで、命を失ったとすれば、また今度は、そのうちのどれかということになるのである。
 では、
「地獄に落ちて、他の動物に生まれ変わる」
 ということになるのであれば、生まれ変わった動物にも、寿命があるわけで、結局どこかで死を迎えるとなると、どうなるのだろう?
「人間の世界であるから、天国、霊界、地獄などという考えが生まれてくるのだが、他の動物が死んだ時、同じような世界があるということだろうか?」
 ということである。
 天国は、
「いい行いをしたから、神に召させる」
 地獄の場合は、
「救いようのない罪を犯したことで、地獄に行くことになる」
 と考えると、どうしても、
「人間以外の動物は、すべてが、人間よりも下等であり、その差は、人間が意識できないものである」
 と言えるのではないだろうか?
 それとも、
「創造主である神であれば、その差別化をしてもいいのだろうが、人間ごときには、そんな大それたことはできない」
 ということであれば、
「人間から見て、他の動物は、皆同じにしか見えない」
 あるいは、
「見てはいけないもの」
 ということになるのであろう。
 さらに、別の考え方をするなら、
「人間は、自分たち以外の動物を、すべて下等なものであり、人間とそれ以外という発想で括る」
 というのが、宿命のようなものだと考えられる。
 だから、地獄という大きな括りにしてしまったのではないだろうか?
 だが、他の動物として生き返った時、その命が尽きる時、もし、また転生するのだとすれば、今度は何に生まれ変わるというのか、
 もし、セミに生まれ変わってしまったのだとすると、次はセミの世界でしかないのだろうか?
 何かを考えたり、思考によって行動することができるのが人間だけだとするならば、人間以外の動物は、種族の中で、上下をつけることができるのかということでもあった。
 他の種族は、思考能力を持たないと考えると、彼らが、もし、人間社会でいうところの、
作品名:平均的な優先順位 作家名:森本晃次