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「それもかなりのスピードで進んでいるはずなのに、その男との距離が広がるということはない」
 と、感じるのだった。
 前の人間に追いつくことができず、後ろの人間も、近寄っているように見えないということは、
「自分では前に進んでいるように見えるが、実際には動いていないのか?」
 あるいは、
「まさかとは思うが、ルームランナーのように、まわりの景色がどんどん後ろに下がっていっていて、自分は進まないと、後ろに押し流されてしまう」
 というような状態なのではないか?
 と感じるのだった。
 そんなことを感じていると、少し前を進んでいる人に追いつけそうで追いつけない、この感覚が、吊り橋の上で、立ち往生している自分を想像させ、その先に見えている状況を、いかに感じればいいかということであった。
 こちらを追いかけている、つけてくると思っているその人物も、まったく感情のない。まるで、
「この世のものとは思えない」
 その雰囲気に、自分が騙されているように思えてならないのだった。
 そんな自分を追いかけている人の歩く音が、聴いていると、革靴のような、
「カツンカツン」
 という乾いた音に聞こえた。
「いや? もっと乾いた、まるで金属音のようだ」
 とまるで、
「靴底に釘でも打ち付けているのではないか?」
 と感じるほどだったのだ。
 さらによく見ると、まるで、
「まるで、昭和時代に出てきたギャングのようなスタイルではないか?」
 と感じた。
 黒い中折れ棒のような帽子をかぶっていて、光の反射からか、実際の色は分からないが、スーツのようなパリッとした恰好で、下手をすればmステッキでも持っているような恰好に見えたのは、昔の映画などに出てきた、ギャング風であった。
 薄暗く影の中に浮かび上がっているその姿は、まるで、身長が、180?はあるのではないかと思えるほどの姿に、それにふさわしいスマートな恰好。当然のごとく、脚が長そうなそのいでたちを見ていると、
「追いかけられたら、秒で追いつかれそうだな」
 と思い、そうなると、下手に逃げて、
「相手を変に刺激しない方がいいだろう」
 としか思えなかった。
 まっすぐ前を見ていると、その顔に今度は靴音だけがやたらと気になり、自分の呼吸と胸の鼓動がリンクしているようで、その音が耳鳴りを刺激しているように思えた。
 まわりは、間違いなく無音であり、次第に額から汗が滲んでくるのを感じると、今度は胸の鼓動が収まってきた。
「ああ、汗が出てきたということは、体調が悪くても、熱があるというわけではないんだ」
 と、今度は、少し自分が落ち着いてきたことを感じた。
「そういえば、俺って、今まで汗なんか掻いたことはあったっけ?」
 と思ったのだ。
 そして次に思い出したのが、
「こんな光景、初めてではなかったような気がするな」
 と思った。
 その時の記憶があるから、自分が、そのまま先に進んではいけないということを、何かが暗示しているのを感じた。
 そして、思ったのが、
「昔の記憶がよみがえるのかも知れない」
 と感じたのだ。
 そして、感じたのが、
「記憶がないのが、本当に昔のことであるが、そのさらに昔の記憶を覚えていない」
 という感覚だった、
 だからmこの思いが逆に、
「覚えていると思っているこの記憶も、本当に自分の記憶なのだろうか?」
 と感じたのだ。
 つまり、
「どこかまでは、誰かの記憶であり、どこかからが、自分の記憶ではないか?」
 ということであった。
 ただ、その割には、覚えている記憶も鮮明で、自分の記憶以外の何物でもないのだった。
「何が違うのか?」
 ということを考えると、
「自分の直近の記憶から、さかのぼっていくと、ある一点の場所から、記憶はまったく別のものが繋がっているように思う」
 ということであった。
 つまり、まったく違っていると思っている記憶が、本当の記憶として、意識の中で、おかしいと思っているのかどうなのか、自分でもよく分かっていないということであった。
 それを考えると、
「俺は、どこかから、違う人間になってしまったのか?」
 というおかしな気分になるのだった。
 それを感じたのは、この場所で、後ろから誰かに追いかけられるというシーンだった。
 逃げても逃げても逃げられない。ふとその時、
「俺の命も長くはない」
 という、不吉な思いが頭をよぎったのだ。
「なんという不吉な」
 と思ったのだが、その思いが、別に恐ろしいものではなかった。
「甘んじて受け入れる」
 とでも言いたげな意識に、橋爪は、感じたのだ。
 そして、どんどん歩いていくうちに、次第に意識が前の方にばかり行くようになり、後ろの男を意識することはなくなった。
 とするとどうだろう?
 今の今までいたはずの男が急にいなくなってしまったではないか、
 ホット胸を撫でおろし、また前を見て歩き始めた。
 するとどうだろう?
「あれ? 俺はこんなところを歩いていたんだっけ?」
 という思いが頭をもたげた。
 まったく知らない場所を歩いているかのようで、一瞬恐ろしくなって、まわりを見渡した。
 すると、
「俺は一体、どっちから来て、どこに向かって歩こうというのだろう?」
 と考えたのだ。
 まるで、風の強い吊り橋の上にいるかのようではないか。
 そういう時は来た道を戻ることに、いつもであればしていたのだが、この日に限っては、前を見て歩こうと思い、踵を返して、右も左も分からないはずの道を、
「こっちだ」
 と、そちらが前だと信じて歩き始めたのだ。
 すると、後ろの方で、
「キー」
 というブレーキ音が聞えたかと思うと、
「ガッシャン」
 という何かにぶつかる音がして、脚が金縛りに遭ったかのように、すぐにはそこを動けなくなっていたのだ。
「どうしよう?」
 と思っていると、今度は少ししてから、
「ピーホーピーポー」
 という聞き覚えはあるが、あまり気持ちのいいものではない救急車が到着したようだ。
「どうやら、後ろの方で、交通事故でもあったのだろう」
 と思うと、
「まさかと思うがあのまま、戻っていれば、あれが俺の運命だったのだろうか?」
 と感じた。
 しかし前を進もうとしたのは、自分の意思ではなかったか。
 と思うと、自分の頭の中に去来したのは、
「その瞬間に、俺は死んだんだ」
 という意識だった。
「どういうことなんだ?」
 と考えると、記憶が戻ってきた。
「俺は、一度交通事故で死んだんだ。そして俺は生まれ変わった」
 という意識だった。
 自分をよみがえらせてくれたのは、あの親父だった。自分の記憶の中で、
「親父を毛嫌いしている」
 というのは、生き返らせたことに対しての、恨みだったのだ。
「そうだ、俺はサイボーグになった、身体は、誰かの無傷の人間の身体を頂いて、記憶を消去し、ただ、誰かを憎むという意識だけが残ってしまった。それが親父を憎むということで、その理由として、「平均的な男が嫌いだ」という意識ではなかったのだろうか?」
作品名:平均的な優先順位 作家名:森本晃次