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パンデミックの正体

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 あるいは、
「年九序列」
 というものであったが、そんなものは崩壊していく。
 会社は、人件費を減らすために人を削減することで、回らない仕事をアウトソーシングという、いわゆる、
「外注」
 を行うことで賄ったり、さらには、最近でよくいう、
「非正規雇用」
 というのが、始まったのも、その頃である。
 正社員を少しでも減らし、パートやアルバイトでもできる仕事はそっちに回すというものだ。
 そして、その頃から、
「派遣社員」
 というものも出てきて、3カ月に一度更新をして、雇用契約を結ぶというものえあった。
 そんな時代が進んでくるのだが、
「非正規雇用」
 というもの一番のメリットは、
「給料が安い」
 ということだけではなかった。
 むしろ、
「簡単にクビが切れる」
 ということだったのだ。
 正社員であれば、その人に落ち度がなければ、簡単にクビを切ることはできない。しかし、非正規雇用であれば、一種の期間ごとの契約なので、その期間が終われば、
「更新しない」
 ということを、決められた時期よりも前に通告すれば、簡単に切ることができるのだ。
 その問題が、かつての、
「リーマンショック」
 と呼ばれた時に顕著に起こり、
 年末に大量解雇などが起こったことで、街に失業者があふれ。
「派遣村」
 などというものが生まれ、ボランティアの人が、炊き出しなどということをして、何とか最低の生活ができるというような社会問題になったりした。
 そんな時代を経て、今という時代があるわけだが、基本的には、バブルが弾けた時に、世界が一気に変わったような、そんな変化が起こることはなかった。
 そんな時代を経て、実際の街の風景は、かなり変わっていった。
 少なくとも、昔のような町医者はどんどん減っていった。
 これも、個人病院が合併するということもあっただろうし、病院を畳んで、大きな病院の医者として招かれるということもあったのかも知れない。
 それでも、何とか町医者として存続している
「イシダ病院」
 は、まわりからも、
「よくもってるな」
 と言われるほどであったが、院長や、息子先生の人柄を慕ってやってくる患者もいるので、まだ息子が後を継ぐということが決定する前であれば、
「わしの目の黒いうちは、この病院をもたせて見せる」
 と院長がいっていたのを、覚えている人も結構いることだろう。
 そんなイシダ病院に、鈴村美亜が入院したのは、先週のことだった。
 学校で体育の授業中、急に差し込みのようなお腹の痛みに見舞われて、救急車を呼んだが、美亜は、行きつけの病院を聞かれて、
「イシダ病院です」
 と答えたことで、イシダ病院に担ぎ込まれた。
 ちょうど昼休みの時間だったが、救急車から連絡が行っていたので、スムーズに行った。逆に他の患者がいなかったことが幸いで、運び込まれた時、すぐに診ることができたのだった。
 ただ、さすが医者、慌てる様子はまったくなく、相当落ち着いていて、患者に対しての気遣いとして、病状を聴きながら、
「心配はいらないよ。すぐに痛みをなくしてあげるからね」
 といって、看護婦にてきぱきと指示を与えていたのだ。
 その姿を見て、苦しかったが、安心感が出たおかげで、先生に対しての頼もしさが出てきたのだった。
 先生が少し見ると、
「ああ、大丈夫です。虫垂炎ですね。いわゆる盲腸炎です」
 といって、ニコニコ笑いながら、
「これで痛みは和らぐかあらね」
 といって、注射をしてくれた。
「手術になるけど、心配しないでいいからね」
 と言われ、午後から、手術を行うことになった。
 午後の診察は、
「若先生に任せて、私は、手術を執刀しよう」
 と大先生が言ってくれたので、美亜は安心しきっていた。
 さすがに、全身麻酔でもなかったので、見えないところでお腹を開けられていると思うと気持ち悪かったが、考えてみれば、
「歯を抜く時だって、麻酔一本で、歯のあたりと唇がマヒしているだけで、痛くもないではないか」
 と思った。
 もっとも、それは、
「上手な歯医者の先生にされた場合」
 であって、下手な先生に当たると、ロクなことはなかった。
 麻酔はすぐにキレるし、歯ぐきは腫れるしで、さんざんな目にあったのを思い出していたのだ。
 だが、ここの先生に対しては、絶大なる信頼を寄せていたので、心配はしていない。時間にしてどれくらいだったのか、自分でも分からなかった。
「まな板の上の鯉状態」
 の時は、まったく時間が進んでいないように思えたが、終わってしまうとあっという間だった気がする。
「まるで夢を見ていたようだ」
 と思うと、今度は本当に睡魔が襲ってきた気がする。
 下半身が痺れていて、自分の身体ではないような気がしているので、それも無理もないことなのかも知れないが、
「もう大丈夫だよ」
 と、先生が優しい顔を向けてくれたことで、そのまま睡魔に入ってしまった。
 先生の声が遠くで響いていた。その声がどんどん遠ざかっていく。
「ああ、私はこのまま寝ちゃうんだな」
 と思うと、完全に睡魔に陥っていた。
 美亜は、自分のことを、
「二重人格だ」
 と思っていた。
 二重人格というのがどういうものなのかというのは分からなかったが、少なくとも、
「躁鬱の気があるような気がする」
 とは思っていた。
 機嫌がその日によってまったく違うのである。
「今日の私はどっちなのだろう?」
 と、時々考えるのだが、家にいる間は自分でも分からない。家を出ることによって、その日の自分がどっちなのか分かるのだ。
 家にいる時、たまに心細くなることもあるが、その心細さは、あくまでも、
「自分の城の中」
 という意識が強いからだろう。
 だから、親がいくら自分を叱るような言い方をしても、
「叱られている」
 という感覚にならないのだ。
 ただ、同じ親といる時でも、家を一歩出れば、
「まるで他人」
 とでもいうかのように、家にいる時とでは、まったく空気感、さらには、距離感というものが掴めないのだった。
「家を出る時、何かの結界を飛び越えているんだろうか?」
 と考える。
 美亜は、結界というものは、
「どうやっても、越えられないもの」
 という意識を持っていて、
「飛び越えられるのであれば、それは結界ではない」
 と感じていた。
 しかし、本当にそうなのだろうか?
「飛び越えられる結界」
 というものがあり、その結界も、飛び越えられない結界も、同じなのではないかと思っていた。
 つまりは、
「表からでは、絶対に越えられなくても、裏から表に出る時というのは、まったく意識をすることがなく超えられる壁、そう、まるで、反対側からでは見ることができないというマジックミラーのようなものではないだろうか?」
 と思うのだった。
 それを感じるのは、夢を見る時であった。
作品名:パンデミックの正体 作家名:森本晃次