パンデミックの正体
今回の患者は、しばらくすると意識を取り戻すであろうが、正直、気になっていた。確かに助けることは助けたのだが、年齢的にまだ、15歳くらいの女の子である。その子が何を思って自殺などを試みることになったのか。未遂で終わったからよかったものの、その心の奥底にあるものが何であるかを分かってあげないと、また同じことを繰り返すかも知れないし、下手をすると、助けたことが、却って彼女を苦しめることになるかも知れない。
と考えたのだ。
そう思うと、
「意識を取り戻して、身体が普通に戻れば、それでいいというのか?」
ということが気になってしょうがなかったのだ。
「救急病院の医者が、そんなことをいちいち気にしていては、身が持たない」
といわれ、
「確かにその通りだ」
と言えなくもないのだが、
「本当に、それでいいのだろうか?」
と思えてならないのだった。
ただ、普段であれば、後ろ髪をひかれる思いで、気にすることをやめなければいけない状態だっただろう。しかし、彼女の行きつけの病院を見て、それが、
「イシダ病院」
ということが分かると、いてもたってもいられなかったのだ。
「以前一緒に汗を流した仲間だ」
と思ったその時、気が付けば、イシダ病院に連絡を取っていた。
若先生が電話に出ると、
「梶原先生じゃないですか。久しぶりだね」
といって、懐かしい声が帰ってきた。
さすが、体育会系の部活だっただけに、部員と話をする時は、必要以上に声が大きくなる。そうするように訓練されたのだった。
体育会系というところは、昔からの伝統を重んじるところなので、声のトーンが大きいのは当たり前のことであった。梶原先生などは、受話器に耳を当てなくても、十分に聞こえる声をしていた。
声質が、そもそも、太いのである。
少々大きな声を出しても、その声がかすれるというようなことはなかったのだ。
最初こそ、懐かしさから大きな声で話していた梶原先生であったが、本題に入ると、急に声のトーンが一気に下がった。
それだけで、事の重大さというものが分かってくる気がしたので、若先生の方も、身構えていたのである。
「実は、君のところをかかりつけとしている、鈴村美亜という中学生の女の子のことなのだが」
と言いだした。
その時は、まだ、
「美亜が自殺未遂した」
という話は、伝わっていなかった。
きっと病院側が緘口令を敷いていたのかも知れないが、それはあくまでも、マスゴミに対してだけであり、
「マスゴミ関係に漏れそうな場合は、他言無言で願いたい
ということだったのだ。
この感じは、
「いずれは、発表することになるかも知れないが、今は静かにしておこう」
ということで、彼女のことを気遣ったのと、それにより、病院のまわりにマスゴミが張り付いてきたり、さらには、
「世間で余計なウワサになって、誹謗中傷などが起きないとも限らない」
ということが考えられたのだろう。
どのすべても、問題としては大変であるが、特に最後は問題であった。
だが、自殺を試みたということで、警察に連絡しないわけにはいかず、そこは連絡を取ったのだが、
「彼女にお話を聴けますか?」
と刑事が言ってきたので、
「少し待ってください。まだ、体力がまったく回復してないので、面会謝絶です」
というと、
「じゃあ、いつ頃なら大丈夫ですか?」
と刑事が聴くので、
「今は何とも言えません。意識や体力の復活には数日かかりますし、個人差もありますからね。でも、少なくとも、一週間くらいは無理だと思います」
ということだったので、
「分かりました。じゃあ、彼女に対しての面会は、先生のご判断に任せましょう。では、我々としては、病院側が発表できる内容だけでも聞かしていただきたい」
ということで、救急病院側も、警察に協力をするという形になった。
聞かれたことは、彼女の個人情報についてで、つまりは、氏名、年齢、学校などが主であり、そして一番肝心のこととして、自殺の元となった毒物であった。
警察が知りたかったのは、まず、
「入手が簡単なことなのかどうか。特に中学生の女の子が毒薬など、手に入るということだけでも信じられない。衝撃的なことなのだ」
ということである。
そして、そのことが、病院に緘口令を敷かせ、マスゴミシャットアウトした一番の原因だということは警察も重々承知していた。
病院側から、
「この件は、彼女のプライバシーもありますので、なるべく内密に、特にマスコミの連中に嗅ぎつかれないようにしていただきたい」
といわれたが、警察の方も、
「そんなこと、百も承知です」
と思ったが、さすがに口にはせずに、ただ、頷いているだけだった。
病院側が発表した毒物というのが、専門用語でも、難しい名前だったので、手帳にメモする時も何度も聞き直したくらいだった。
ただ、問題は、そこではない。名前などある意味どうでもいいのだ、問題は、
「その薬は、中学生でも手に入れることができるようなものなんですか? まさか、学校の理科室や、研究室に、普通に置いていたりはしませんよね?」
といわれ、
「それはもちろんです。学校で手に入るということは、まずありえません」
と医者がいうと、
「じゃあ、どこなら手に入るんですか?」
と刑事が突っ込んで聴いてくると、医者も少したじろいだが、
「薬品というのは、結構両極端だったりするんです。医薬品として使われるものが、劇薬だったり、爆弾の原料になったりする。特に、ピクリン酸などは、医薬品ですが、強力な爆弾にもなるんです。TNT爆弾と呼ばれるものが、そうであるようにですね。もっと分かりやすいのは、ニトログリセリンでしょう。あれは、ちょっとした振動で大爆発を起こすものですが、ご存じの通り、心臓病の特効薬なんですよ。要するに、使いようによっては、爆弾となるものが、人間の体内では、薬品として立派に機能するんです。それだけ人間の身体は、ある意味丈夫なのかも知れないですね」
というのだった。
「なるほど、じゃあ、それだけ人間の身体というのは、丈夫なんですかね?」
といわれ、
「ですが、年齢とともに衰えもします。生きるということは、それだけでも、肉体的には大変なことだといえるんはないでしょうか?」
と医者は言った。
「じゃあ、この薬品は、どこで手に入るんですか?」
といわれると、