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タイトルの「悪魔」

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 しかし、この時、童貞喪失という感覚には至ったが、最初に感じたのは、潮の臭いだった。その後にイメージしたのが、

「童貞喪失」
 だったのだ。
 ということは、自分の中で、
「童貞喪失のイメージは、潮の香りの延長線上にあるものだったのではないだろうか?」
 というイメージがあるということである。
「それにしても、こんな薄気味悪いところで、そんなイメージを抱くというのは、どういうことなんだろう?」
 と、まるで、自分が何かを予感しているような気がしていたが、それがいかに恐ろしいことであるかということも分かっていて、その恐ろしさが、そのまま、
「予感の的中率にあるような気がして、怖い気がした」
 のであった。
 潮の臭いに引き寄せられるように進んでいくと、次第に今度は風が吹いてくるのを感じるようになった。
 どうやら、ビルとビルの間の隙間から、風が吹いてきているようで、その風の強さが、いかに強いものかということを感じさせられた。
 そもそも、この時期に、雨が降るわけでもないのに、こんなに湿気を帯びていることが気持ち悪かったのだ。
「雨が降らない」
 というのは、あくまでも、自分の勝手な想像でしかない。
 実際に湿気は感じるのだから、雨が降らないと言い切れるわけはないのに、その時は、
「降らないはずだ」
 と言い切れる気がして仕方がなかった。
 それは、母親に連れて行ってもらった、あの海の潮の香りを思い出すことがなければ、きっと言い切れるものではなかったに違いない。
 風に煽られるように背中を押され、さらに、寒さが背中から押し寄せてくるような感覚があったことで、押される背中には、汗が滲んでいることを教えてくれたのは、先ほどから強まってきた風によるものだった。
 足早に歩こうとは思うのだが、いかんせん足場が悪い。
「さすが、工事中のビルの中」
 ということで、吹き抜けの風が来ること、そして、その気持ち悪さというものは、最初から覚悟の上だったのは、後から思い出しても、容易に感じることができる。
 そのうちに、
「潮の香り」
 というセンサーが何かを見つけたと感じたのと同時に、目の前に何か白いものが倒れているのが見えた。
「人ではないか?」
 と、瞬時にして感じたが、その人が死んでいるということに気づくまでに、さらに時間が掛かるということは、分かっていたような気がした。
 倒れているからといって、死んでいるとは限らない。あくまでも、いろいろな可能性をすべて否定して、それでも、否定できない部分が出てくれば、それが死だったという感覚だったのではないだろうか。
 白く見えたものは、目の錯覚で、
「そこに何かがある」
 ということが分かると、次第に、白い色が、だんだん暗く感じられてくるように思えたのだった。
 近づいてみると、果たして人だった。
 微動だにせずに、うつ伏せになって倒れている。一瞬、
「殺された?」
 と思ったので、反射的に、
「触ってはいけない」
 と感じた。
 前に回り込んで顔を覗き込むと、その顔は断末魔の顔をしていて、血の気がないように思えた。
 後から思えば、その状況で、
「よく、血の気がないと分かったものだ」
 と思ったのだ。
 まわりに明かりもなく、ただ最初の真っ暗な状況から目が慣れてきただけではないか。死んでいると思った瞬間、背中を引っ張られた気がして、衝動的に腰を抜かしたような気がした。
「テレビドラマなんかで、よくビックリした時、腰を抜かしている人をよく見るけど、あれって本当のことで、ただ、自分から腰を抜かすのではなく。背中を引っ張られているんだ」
 と思ったのだが、その心境が、結構な信憑性に感じられたのだ。
 まずは、警察に通報するしかなかった。
「この場から、通報もせずに、立ち去る」
 という選択肢はなかった。
 なぜなら、自分は何も悪いことをしたわけでもないのに、逃げ出せば、もし後でここにいたのが分かってしまい、警察に追及された時、絶対に逃げられないと感じたからだった。
 警察はまもなくやってきて。刑事と思しき人と、腕章をして、肩から、金属のジュラルミンのケースをかるい、制服を着ている人たちは鑑識官であるということは、刑事ドラマなどを見ていれば。すぐに分かるものだった。
 すぐに、黄色い、
「規制線」
 と呼ばれるテープが張られ、そこは立ち入り禁止状態となった。
 カンデラのような明かりがいくつもつけられ、あたかも、深夜の突貫工事現場であるかのように化したのだった。
 そこまでの準備はさすがに訓練されているのか、あっという間だったような気がした。その場が一気に、昼間のような明るさとなり、そこまで、誰も何も言わない。状況にあった音がしているだけで、違和感はまったくなかったが、状況が、真っ暗な状態から、いきなり昼間になったというのに、大谷の感じていた、
「潮の香り」
 は消えることはなかったのだった。

                 事情聴取

 鑑識が慌ただしく動いている中、刑事もあたりをいろいろ見渡していた。そのうちに一人の刑事が、大谷の方にやってきて、
「通報していただいたのは、あなたですか?」
 と、他に誰もいない状況で、
「第一発見者以外の誰がいるのか?」
 ということが分かっているくせに、その刑事は聴いてきた。
 職務上のあいさつのようなものだと思わないと、違和感しか残らない状況であった。
「はい、そうです」
 と、大谷が答えると、
「私は、F警察の浅倉というものだけどね。少しお話を伺ってもよろしいですか?」
 と言われ、さすがに、
「取り調べなど受けるのは初めてだ」
 ということを、いまさらながらに思い出すと、さっと緊張が引いてくるのを感じた。
「あなたのことをまず教えてください」
 というので、
「私は、大谷慎吾というもので、年齢は25歳です。近くの会社に勤めているものですが、今日は、馴染みの店で呑んだその帰りだったんです」
 といって、会社の名刺と、飲んだ店のことを言った。
 その二つが、この事件に関係しているわけではないだろうから、刑事もスルーしたのだった。
「あなたは、なぜ、こんなところに迷い込んだんですか? しかもおひとりで」
 と、一番の核心部分をいきなりついてきた。
 これに関しては、すぐに納得のいく答えが出るわけもなく、素直に話すしかなかった。通報した時点で分かってはいたことなので、何と答えるか考えていたが、結局考えがまとまるわけもない。
「馴染みの仲間と久しぶりに飲んで、酔い覚ましにちょっとこっちまで来たんです。私は地下鉄で帰るので、こっちにくれば、一駅歩くことになるので、酔い覚ましにはちょうどいいと思ったんですよ」
 と、正直に答えると、その言葉を刑事は信じたかどうか、様子を見る限りでは分からなかった。
 そもそも、素人に気づかれるくらいであれば、刑事など失格だといってもいいのだろうが、浅倉という刑事は、余計なことを悟られないようにしようと感じているようだった。
 大谷の方も、
「刑事相手に、腹の探り合いなどしても、何になるわけでもない。開き直ったつもりで、客観的に事件を見ればいいんだ」
 と感じたのだ。
作品名:タイトルの「悪魔」 作家名:森本晃次