小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

タイトルの「悪魔」

INDEX|13ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 それに比べて、サウナの食事は、そうでもない。ゆっくり食事をした後で、大きな風呂に入って、すぐ近くのビジネスホテルに泊まる。
 金銭的には結構なものだが、たまにこういう贅沢も悪くはないだろう。最近、ずっと巣籠状態だったので、久しぶりにはいいと思っての贅沢だった。
 食事を終えて、いよいよ、風呂に入ろうと、最上階まで行った。
 普段の昼間は、日が差してくるので、日光浴もできて気持ちがいいのだろうが、深夜にそれは望めないが、それでも、ビジネスホテルのユニットバスに比べれば、どれだけいいといえるだろうか?
 ビジネスホテルも、最初は嫌いではなかった。出張などで泊まるのも、悪くなく、
「どうせ、夕食は表で食べるのだから、寝るだけだ」
 ということだったので、サウナを今日使ったというのも、ある意味、夕食だけで、数千円を使うことを思えば、サウナと食事で、あまり変わらないのであれば、悪くはないというものだ。
 何と言っても、ビジネスホテルは、狭い。本当に、
「寝るだけ」
 といってもいいだろう。
 大谷は、仕事で本当に遅くなった時など、たまに家に帰らない時があるが、そんな時は、ビジネスホテルよりも、ラブホを使う時の方が多かった。
 何と言っても、広い。少々高い部屋にはなるが、ベッドと風呂の広さは、最高であった。
 こちらも、
「どうせ寝るだけ」
 それなら、風呂もベッドもストレスが溜まるビジネスホテルに比べれば、どれだけいいというものか、この日、
「じゃあ、なぜラブホに泊まらなかったのか?」
 というと、すでに満室だったのだ。
 ラブホのデメリットは、
「予約ができない」
 ということだ。
 最近では、前の日くらいから、予約ができるところもあるらしいが、このあたりの都心部では、まだそこまではなかった。駅前のこのあたりには、1,2軒しか、ラブホはないので、それも仕方のないことなのかも知れない。
 しょうがないので、
「サウナからのビジネスホテルコース」
 となったわけだった。
 サウナに入ると、ちょうど、一人の客が入っていた。その人は、初老くらいの人で、身体を洗っているところだった。風呂に入っている客はその人だけで、広々とした風呂に二人は贅沢に思えたが、会話がないと、どうにも息苦しさもあるようで、緊張もするのだった。
 大谷は、年齢的にもまだ、若いので、初老の人とは、下手をすれば、父親といってもいいくらいの年齢。会社であれば、
「雲の上の人」
 というくらいに、まったく意識もしないくらいの人であろう。
 そもそも、父親とは、ずっと疎遠だったので、年上の、しかも、年配の男性に対しては、昔からコンプレックスを抱いていた。
 だからと言って、母親くらいの年齢の人がいいというわけでもない。却って、母親を意識してしまい、しかも、怪しい行動が不倫だったと思い込んでしまっていたので、
「俺はただ、不倫に利用されていただけなんだ」
 と思うと、父親に対してよりも、憎しみという意味では、深いものがあった。
 だから、大谷は、大学を卒業すると、家から通えないところの会社ばかり受けて、早く一人暮らしがしたかった。
 ただ、就職した会社は、地元の会社だったので、それでも、
「親元から通うのは、まっぴらだ」
 ということで、結局、会社から地下鉄で2駅のところに住むことにした。
「それくらいなら、歩いて帰れるじゃないか。それにタクシーを使っても、値段的には絶対的に安いじゃないあ」
 と言われるだろうが、たまに、家に帰りたくないということもあった。
 ちょうど、今日が、そういう感覚の日だったのだ。
「あれだけ、一人暮らしがしたいと思っていたのに」
 と思ったのだが、しょせんは、
「一人暮らしがしたい」
 というわけではなく、
「親と一緒に住むのが嫌だった」
 というだけのことだった。
 確かに親と一緒に住みたくないという意識は、昔からあった。
 一番強かったのは、大学生の頃で、ただ、あの頃は、
「彼女ができた時を思うと」
 ということであった。
「部屋に連れ込みたいな」
 という思いが強かったのだが、幸か不幸か、彼女ができたとしても、そこまでの仲になることはなかった。
 ほとんどが、
「やっぱり、あなたとは、お付き合いできないわ」
 といって、去っていくことが多かった。
 要するに、最初はいいのだが、途中から、嫌われてしまうのだろう。それも、いつも同じところのどこかで嫌われてしまうようで、
「彼女たちの中で、何が気に食わないというのか?」
 ということが分からなかった。
「分からないというところが問題なんだろうな」
 と思うと、この感情は、
「まるで、マトリョシカ人号のようだ」
 と感じていた。
 人形が開くようになっていて、
「中を開けると、そこには人形が入っていて、その人形を開けると、そこにはまた人形が……」
 というのが、
「マトリョシカ人形」
 というものである。
 ロシアの民芸品ということだが、一説には。
「元々、日本の人形だった」
 という話もあった。
 日本では、江戸時代など、からくり人形であったり、結構、学問的なことでは先進国だったと言われるくらいに、算術などを考える頭の良さもあったようで、
「時代が古ければ、今よりも原始的だ」
 という固定観念が間違っていると、思わされるにふさわしい時代だったのだ。
 そういう意味では、
「日本が元祖だ」
 と言われても、まったく違和感がないといってもいいだろう。
 日本の人形において、からくり人形の技術もすごかったようで、人形浄瑠璃であったり、文楽などの伝統芸能が発達したのもうなずけるというものだ。
 だから、マトリョシカというのは珍しいとは思うが、日本人にとっては、
「どこか懐かしい」
 と感じる人が多いようで、それも無理もないことなのに違いないのだった。
 マトリョシカ人形のカラクリを、いつも考えていたような気がした。
 しかも、それが失恋した時に多かったように思うのは、一つは。
「失恋の理由を、ハッキリと分かっていない自分が、まるで、マトリョシカ人形のように、理屈が堂々巡りしているということを考えてしまうからではないか?」
 と感じるからだった。
 それだけ、失恋の回数も多かったということで、これは逆に言えば、大谷自身が、
「すぐに人を好きになる」
 という性格だったからなのかも知れない。
「片方の指では足りないくらいの失恋」
 を経験しているということは、
「同じ数だけの恋愛」
 も経験しているということなので、それだけ、
「好き嫌いを経験した」
 ということであろう。
 いや、考えてみれば、ほとんどが、相手から嫌われることばかりだったので、もちろん中には、
「俺のことを嫌いなんだったら、俺だって」
 ということで、相手を嫌うこともあったが、それは、稀なことで、ほとんどは、
「どうしてフラれなければいけないんだ?」
 と、疑問に思うことばかりだ。
 だから、自分には、フラれる覚えはないといってもいい。しかし、まわりから見ていると、
「ああ、やっぱり」
 と言われてしまうことが多かったようだ。
作品名:タイトルの「悪魔」 作家名:森本晃次