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死体発見の曖昧な犯罪

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 ということで、今回の、防犯カメラの件も決して、ウソでも何でもない正真正銘の会話だったということであろう。

                 刑事たちの事情

 この鑑識探偵は名前を岸辺さんという。皮肉と敬意をこめて、人によっては彼のことを、
「岸辺探偵」
 と言っているが、本人も口では、
「照れる」
 というが、まんざらでもない。
 そのことを一番よく分かっているのは、ペアになることが一番多かった桜井刑事で、二人のコンビは、実際に何度か事件解決に大いに貢献してきたのだ。
 二人の会話で一番気になったのは、敢えて触れなかったのか、死亡推定時刻が数日前だということだった。
 鑑識の、とりあえずの初検は終了したことで、次には、第一発見者の尋問だった。普段なら、鑑識官は、遺体を引き上げるのと一緒に、ついていくのだが、岸部氏は、第一発見者の話だけは聴いていくことにした。
 桜井刑事は、若い刑事に引率されるように、第一発見者のところに行くと、少し、なれなれしいくらいにへりくだった様子で、
「少しお話をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
 と、やはり年配の人間に対しては、敬意を表するという意識があるからなのか、聞き込みなどでは、相手によって、結構態度が変わる桜井刑事を、若い刑事は、興味深く見ていたのだ。
 この若い刑事は、名前を黒沢刑事という。
「すみませんが、お名前とご職業の方を教えていただけますか?」
 と聞かれた第一発見者は、
「はい、私は佐川というもので、このお濠を挟んだ大通りの向こう側にある、当たりに住んでいるんですが、前は法曹関係の事務所で事務員をしていまして、今は定年退職しまして、無職です」
 ということであった。
「ああ、そうですか。それで早朝は、こちらでお散歩されるのが、日課になっているわけですね?」
 といって、桜井刑事は、ジャージ姿の佐川氏を上から下まで眺めていた。
 しかし、そのあたりも失礼に当たらないようにという配慮の元だったので、決して怒りに触れるようなことはなかった。
「ええ、まあ、そういうことなんですよ。こちらのF城は昔から好きで、ここの門と櫓を見ながら、昔は天守台まで行ってみたり、その先の多門櫓を横目に見ながら、帰ってきたものです。時間にして、歩くだけで30分以上はかかりましたね」
 というのを聞いて、
「それは結構なものですね、今も同じコースをずっと?」
 と言われ、
「いやぁ、さすがにそこまではきついですので、天守台も近くまで行って引き返したり、別の時は、天守台に近寄らず、歩道を多門櫓あたりまで行って引き返す感じですね」
 というのだった。
「じゃあ、時間にして、徒歩で20分もかからないくらいですか?」
 と聞かれた佐川氏は、
「ええ、その通りですね。あんまり歩いてもきついだけですからね」
 と答えた。
「じゃあ、お隣の外濠公園の方には行かないんですか?」
 と聞かれたので、
「ええ、あちらはジョギングの人が多いでしょう? それに人が多くてですね。私も高齢者の仲間入りをしていますので、例のパンデミックの時から、なるべく、少しでも人が多いところは避けるようにしているんですよ。しかも、ジョギングですから、ノーマスクで、呼吸も荒いわけでしょう? わざわざそんなところに近づこうなんて思いませんよ」
 というのだった。
 それを聞いて、
「さすがは、法曹関係で事務員をしていただけのことはある」
 と、桜井刑事は感じた。
 同じことは、岸部鑑識官も案じていたようで、この、
「パンデミック」
 という言葉を聞いた時、思わず桜井刑事は、岸部氏を見返したくらいだった。
 というのも、岸部氏は、一度、ウイルスに感染したことがあった。
 何度目かの波の時で、まだ、致死率の高いものだったので、数日間、集中治療室に入っていたことがあった。
 今でこそ、完全復活してきたが、それでも、その後遺症のようなものがたまにあるのか、「頭痛がして、どうにも仕事が続けられない」
 ということで、早退して、そのまま数日ほとんど動けず、仕事にならないということもあったりした。
 後遺症の話は、警察でもよく聞いていたので、署長を始め、署の幹部もそのあたりは考慮していて。
「完全に治してから、復帰してくれ」
 と、暖かい言葉をかけていた。
 当時はまだ、なかなか、
「新型ウイルスに罹った」
 といえば、偏見や誹謗中傷が多かった時代だったので、一度治ってしまうと、後遺症で悩まされている人に対して、会社などでは、
「何を甘えたことを言ってるんだ」
 あるいは、
「伝染病を言い訳にして、仕事をさぼろうというのか?」
 などと、偏見の目が激しかったものだ。
 だから、無理して会社に行っても、頭痛が激しくて仕事にならないという地獄の状況に必死に耐えている人も少なくはなく、最近でこそ、それら後遺症のことをニュースで取り上げられるようになったので、世間的にも、
「パワハラ」
 と言われるようになり、上司が部下を罵るということは減ってきたようだが、今だ、そんな、パワハラを繰り返している、
「ブラック企業」
 も少なくないようだった。
 ブラック企業というと、桜井刑事がこの間、担当していた事件で、一人の男が自殺したというものだったのだが、本当に自殺かどうか、疑問点が多かったことで、桜井刑事が中心になって、その疑惑を捜査していたのだが、その亡くなった人も、どうやら、会社からパワハラを受けていたようで、結果は自殺だったのだが、遺書もなく、
「自殺らしからぬ自殺だった」
 ということで、どうやら、
「警察に捜査が及ぶような死に方」
 だったようだ。
 そのおかげで、パワハラが立証されることになり、その自殺者は、報われることになったのだが、どうにも、後味の悪い事件であった。
「確かに、パワハラなどが解明されたのは、彼の自殺のおかげなんだけど、他に手はなかったのかね。何も自殺をしなくてもいいのに」
 と思うのだった。
 昔であれば、
「死ぬ気になれば、何だってできる」
 と言われ、自殺を思いとどまらせたものだが、最近は昔に比べ、
「死をもって、警察に捜査をさせる」
 というようなことも多くなったと言われているような医がする。
「死んで花実が咲くものか」
 という言葉があるが、少なくとも、刑事のような仕事をしていれば、その言葉は身に染みて感じる。
 そもそも、自殺であろうが、他殺であろうが、
「人が死ぬ」
 ということには変わりはない。
 特に、一度、新型ウイルスに罹り、苦しんだ人間は余計にそう感じることであろう。
「俺は、本当にあの時の苦しみが忘れられない。今、マスクもしないで、まだまだ感染者が多い中で、まるで何もなかったかのように遊んでいる連中を見ると腹が立つ。確かに、あいつらは、重症化しにくいと言われる年齢なんだけど、あいつらが、ほとんど症状がないのをいいことに、遊びまわることで、他の人に迷惑がかかることになるんだ。そんなことが許されるのか?」
 と、いかにも、
「実際に苦しんだ人間」
 がいうのだから、これ以上の説得力はないだろう。
 岸部氏の性格も人間性も分かっているだけに、桜井刑事も、その気持ちが多かった。
作品名:死体発見の曖昧な犯罪 作家名:森本晃次