死体発見の曖昧な犯罪
「それは、どういうことですか? 確かにいくら人通りが少ないといっても、そんなに何日も見つからないというわけではなかったわけだろうから、被害者は、他で殺されて運ばれてきたということですか?」
と、桜井刑事がいうと、
「私はそう思っているね、その証拠というか、裏付けになるようなものがあるじゃないかとも思うんだ」
と鑑識官がいうと、
「どういうことですか?」
と聞くと、
「この犯人が、ナイフを深く突き刺したのは、いくつか理由があると思うんだ。その一つが、ここで殺害されたのではないということを証明するということだよね?」
という。
「意味が分からない」
と桜井刑事がいうと、
「だって、死亡推定時刻なんて、警察が調べればすぐに分かることで、数日は経っているなんてことは、司法解剖に回すまでもなく分かることなんだよ。それを考えると、被害者の胸にナイフがあったのかということは、それだけのためではないということだと思うんだよね? もちろん、死体を移動させれば、すぐに分かるし、血が出ていれば、血糊で、車で運んできたんだろうから、車を置いた位置まで確定される。普通なら車をどの位置に置いたかなど関係ないんだ。それを隠そうとしているところに、何かこの犯人が、用心深いのか、それとも、何か別のことを考えているのか、そのあたりが微妙な気がするんですよね」
と、鑑識官は、少し歯に何かが挟まったかのような曖昧な言い方をしている。
この人がこういう言い方をしている時というのは、それだけ、何かを考えているということであり、それが案外、的を得ていたりする。だが、悲しいかな刑事ではないので、刑事としての勘のようなものがないため、どう表現すればいいのか、迷うところなのだろう。
桜井刑事の、
「刑事としての勘」
とがうまく嵌った時、今までに何度事件を解決してきたことか。
お互いに、それぞれ相手を尊敬し合っている気持ち。それが、大切なのであった。
「でもね。今度の死体にがいくつかの焦点があると思うんだよ。一つが、胸から抜かれていないナイフ。そして、防犯カメラがあるであろうということを、犯人が知っていたかどうか。普通犯人が犯行を犯そうというのであれば、防犯カメラの有無くらいは確認すると思うんだよね。だって、人が来ないところというところまで考えて犯行現場を確認している人間が、防犯カメラくらい確認しないわけはないだろう? そして、もう一つ言えることは、死体をなぜ、今日になって放置することになったか。たぶん、ここを早朝散歩している人も多いと思う。第一発見者だけではないだろうから、少なくとも、昨日のこの時間には、そこに死体はなかったと思うんだ。それを考えると、なぜ今日なのかということもいろいろ考えられるよね。今日でなければいけないのか? それとも、今日より前だったらまずかったということなのか? そう考えると、犯人のアリバイというものも絡んでくるかも知れない。そのあたりは桜井君の捜査によってくると思うんだけど、私も、桜井君と一緒にいるようになって、結構勉強したからね」
といって、鑑識官は微笑んでいた。
まるで話を聴いていると、私立探偵と話をしているようだ。
そもそも鑑識というのは、科学で証明された事実から、いろいろな推理をするのが、科捜研だったりするので、そのあたりの頭脳派併せ持っていることだろう。
それを思うと、桜井刑事も、鑑識官は、この人だけではなく、他の人も皆、敬意を表して、見ていたり、リスペクトするくらいの気分になっていることだろう。
ただ、少し気になったのは、防犯カメラの件だった。
「さっきの話と随分違っているな」
ということが気になったのである。
「ところで、なんでさっきあれだけ、防犯カメラを私に引き出すために、あんなに引っ張ったのに、今は犯人が確認していないかどうかを口にしたんですか?」
と、桜井刑事は聴いた。
「もちろん、最初は、桜井君に気づいてほしいと思ったからさ。桜井君は、完全に、堂々巡りに入っているんじゃないかって思えたんだよ。まだ事件の入り口にしかいないのに、こんなところで堂々巡りを繰り返すような人間ではないことは私が一番知っていると思っているからね」
という。
「だったら、どうしてですか?」
と桜井刑事が聞くと、
「それは、私も何とも言えないんだよ。確かに、防犯カメラのことにすぐには気づいたんだけど、君は、そのことに気づかない。最初は灯台下暗しだと思ったのさ。あまりにも目の前にありすぎて、ピンとこないというかね?」
と鑑識官がいうのを聞いて若い刑事が、
「それは二人が噛み合っていないからなんじゃないですか?」
というのを聞いて、鑑識官は、
「ひょっとすると、私か桜井君のどっちかに、この事件の真相とまではいかないが、何か考えるところがあったんじゃないかと思うんだけど、どうなんだろう?」
というのを聞いて、桜井刑事も引っかかっていた。
「言われてみれば、今回の事件とどこか似たところがあるような事件を覚えているような気がする。ただ、その時は、自分でもビックリするくらい鮮やかに解決できた事件のような気がするんだよ。だから覚えていないというか。思い出せないんだ」
と桜井刑事がいうと、
「それは心理的にあるかも知れないな、だけど、そういいう意味で行くと私はまったく逆なんだ、私が鑑識で調べたことは間違っていなかったんだが、その結果を踏まえて、いろいろ事件のことを考えていて、自分なりに間違いないと思っているにも関わらず、結果はまったく違っていたということがあったな」
というではないか。
確かに、鑑識官は刑事ではないのだから、何もそんなに必死になって推理する必要はないのだろうが、
「私も、だいぶ、桜井君に感化されたみたいでね」
といっていた。
実際に鑑識官の中でも、彼の話は、捜査本部から一目置かれることもあり、捜査本部長の中には、彼に意見を求める人もいた。
「いやあ、私などにそんなおこがましいですよ」
と最初の頃はそんなことを言っていたが、実際には、そうでもないようで、最近では、
「まんざらでもない」
とばかりに、自分から推理を披露することもあった。
しかも、自分の鑑識で見つけた事実を元に話すのだから、これほど説得力のあるものはない。
ズバリ的を得ているわけでなくとも、他の刑事が推理することの手助けになっているのは間違いない。
それを思うと、本部長が頼りたくなるのも当たり前のことで、彼のことを、
「鑑識探偵」
と、心ある人は呼んでいたりする。
「いやあ、照れますな」
と口ではいうが、それは完全に芝居であった。
そんな茶目っ気のある喋る方を彼がするわけなどないことは、署内のベテランの人は皆分かっていたのだ。
特に、桜井刑事とのコンビは、署内でも有名で、
「また事件解決。お願いしますよ」
と若い連中は冷やかすが、
「何言ってるんだ。お前たちが解決するんだ」
と、逆に若い連中にはっぱをかけているのを見て。上司はほくそえみたくなるほどであった。
「あの二人はお互いに、いい関係だからな。まったく関係のないような話をしていても、たいていの場合は意味のあることだからな」
作品名:死体発見の曖昧な犯罪 作家名:森本晃次