死体発見の曖昧な犯罪
「そうなんだよね。あの事件というのは、狙撃をしたと思われるその場所に、タバコの吸い殻が落ちていて、その吸い殻が、あまりにも都合よく落ちていたので、後から誰かが、その男を犯人に仕立てるために、わざとやったのではないかということで、そのタバコを本人が吸っていたという証拠が出てこない限り、犯人にはできないということで、問題になったんだったですよね」
と桜井刑事が聞くと、
「ああ、そうなんだよ。だから、決定的な証拠がないので逮捕できなかった。しかも、その日は小雨が降っていたので、雨に濡れたタバコというだけでは、証拠にならなかったんだよな」
と鑑識官がいうと、
「ええ、本当にそうですよね。ヒットマンさえ逮捕できれば、少しは事件の真相に辿り着けるかも知れない。真犯人は、金を使って、実行犯を雇い、殺しをさせるなどという実に卑劣なやり方をしているわけで、許せることではないですよね」
と、いかにも、
「勧善懲悪の気構え」
で、桜井刑事は、鼻息が荒かった。
「だけど、最近、それが急転直下逮捕ということになったんだよな」
と鑑識がいうと、
「あれは、結局どういうことだったんですか?」
と桜井刑事が聞くと、
「あれはね、科学捜査の進歩だったんだけど、あのタバコを容疑者が吸ったというれっきとした証拠というわけではないんだけど、あのタバコに沁みついていた成分が、その日に降った雨と、成分に矛盾がないということが分かったので、逮捕状が出たんですよ。れっきとした物証ではないので、本当の証拠能力まではないんだけど、矛盾はないということで、逮捕状を請求できるところまでの根拠になったということは、結構な進歩だったということでしょうね。元々、逮捕状が請求できないというところが、かなり裁判所も慎重だったということでしょうけど、これで一歩前進。ただ、問題は、検察と警察ですよね。これで自白まで持っていけなければ、避難されるのは、検察であり、警察であり、逮捕状を出した裁判所でしょうからね」
と監察官が言ったが、
「裁判所は大丈夫なんじゃないでしょうか? 逮捕状を出せるというところまで進歩したということで、若干、和らいだわけなので、警察も捜査の幅が広かるわけであって、警察はここからが正念場。こじ開けてくれた裁判所に感謝こそすれ、まさか、余計なことをしてくれたなどと思っているわけはない。もしそんなことを思っている警察官がいれば、そんなやつは、警察官の風上にもおけませんよ」
というのだった。
「まあ。そうかも知れないな」
と、少し考える時間ができたことで、その場の空気が重たくなってしまった。
「ところで、今回の事件とその事件が何か?」
「ああ、いや。ここにも吸い殻があるだろう? これは、ひょっとして犯人の落としたものではないかということが分かれば、そこから、被害者の交友関係の中から容疑者を絞ることもできないだろうか?」
と鑑識官がいうのだった。
「ということは、何からでも、犯人が分かるということになるんですかね?」
と桜井刑事がいうと、
「そうなんだよな。そして、さっき、桜井刑事が言っていたことに、この事件を解くカギがあると思ったんだが、自分で気づいたかな?」
と鑑識官が言った。
「私が言ったこと?」
と、桜井刑事が忘れているようだったので、
「だって、さっき、君が問題提起したじゃないか。ここは20年前に、火事になったんだろう?」
と鑑識官がいうと、
「ええ、そうですよ。だから、その話で今あなたが、昔の事件のお話をしてくれて、そこから話が弾んでいこうとしているわけではないですか」
というのであったが、
「だったら、その元になった話を思い出したら、まず最初にすることがあるだろう?」
と言われて、初めて、
「ああ、そうか、そういうことですね」
と桜井刑事は大きな声で、まるで何かが弾けたような気持ちになったのか、気分的にも晴れているようだった。
しかし、若い方の刑事はピンと来ていなかったので、
「そうかそうか。君にとってはあまりにも当たり前すぎることなので、ピンと行いのかも知れないな」
と、鑑識官が、若い刑事をフォローした。
このフォローは、鑑識官がするからいいのであって、これを桜井刑事がしてしまうと、皮肉にしかならない。そのことを二人は分かっているから、桜井刑事は何も言わなかったし、それを見た鑑識官はこたえたのだ。
これが二人の、
「阿吽の呼吸」
だったのだ。
「まだ分からないかね?」
と若い刑事に、鑑識官はニコニコしながらいい、桜井刑事も優しそうなまなざしを向けた。
二人は別に苛めているわけではない。こうやって焦らしておくと、答えを聞いた時に、その衝撃が深いのだ、
今回の話は答え自身には、若い刑事を鼓舞するものは何もない。ただ、先輩二人が励ましという激励をくれていることに大いなる意味があるのだった。
「じゃあ、桜井君に答えを出してもらおうか」
と鑑識官がいうと、
「分かりました」
という桜井刑事を見ている、若い刑事をけん制するつもりで、
「監視カメラだよ。一度ここは火事になっているわけはないか。つまりは、一度火事になって、自治体が復興しているわけだよ。そうなると、ここには、監視カメラと、スプリンクらが作動することだって考えられる。それも、少々くらいの煙でも反応するやつだと思うんだ。何といっても、ここは室外なので、風だってある。それを考えると、よほどの感度じゃないと難しいんじゃないかと思うんだ」
と、桜井刑事は言った。
「あっ、そういうことですね」
と若い刑事は、堂々巡りを抜けたかのような気分になっていることだろう。
「そうなんだよ。今彼が言ったように、スプリンクラーが作動しなかったということは、タバコを吸っていなかったかも知れないし、ひょっとすると、電子タバコかも知れない。だけど、監視カメラというのは、大きな証拠になるんじゃないか?」
ということであった。
「なるほど、このあたりは夜は、ほとんど人はいないだろうから、監視カメラに映っている人がいるというだけで、怪しいだろうな。まずは、自治体に対して、捜査令状を取るようにした方がいいんじゃないかな?」
と桜井刑事は言った。
「そうですね、早速手配するようにします。ところでさっきから、第一発見者の人を待たせているんですが、どうしましょう?」
と若い刑事がいうので、
「ああ、少し話を聴いてみよう」
と桜井刑事は、自分から、第一発見者のところに向かったのだった。
第一発見者の前に行く前に、鑑識によって、少し分かったことをここに書き出そう。
まずは、死因であるが、胸に刺さったナイフによるものだということは分かった。ナイフを抜かれていなくて、血が止まった状態で死んだので、ショック死ではあるが、普通よりも、死ぬまでに時間が掛かったかも知れないというのが、鑑識の見解だった。
ただ、一つ気になるところは、死後硬直などを見ても、少なくとも、
「死後数日は経っている」
ということであった。
これに関しては、少し、鑑識官と桜井刑事の間で、話が交錯しているようだったのであったが、
作品名:死体発見の曖昧な犯罪 作家名:森本晃次