死体発見の曖昧な犯罪
最近の会社は意外と、内部リークなども多く、特にコンプライアンスなどが厳しくなってきているところに、会社がブラックだったりすると、何かあった時、この時とばかりにリークをする人もいるだろう。
ただ、さすがに、今回はリークというものはなかったが、百貨店の雰囲気全体に、緊張感が走っていて、その緊張感は、今までに見てきたものとは違っていた。
明らかに、
「まさか、宮武フロア長が殺されるなんて」
というよりも、
「やっぱり殺されちゃったんだ」
という緊張感が漂っているような気がするのだった。
それを思うと、桜井刑事は、
「この百貨店には何かある」
と、感じずにはいられなかったのだ。
百貨店でいろいろ聞いて回った。お店のスタッフはもちろんのこと、客の話も聞いてみたりしたが、その中で、面白い話が出てきたのだ。
というのは、
「最近、この百貨店では、万引きなるものが流行っている」
ということであった。
もちろん、最初は店の人から聞かれたわけではなく、
「昔から、この百貨店には、散歩がてら毎日来ている」
という、もう80歳近くなる老人から聞かれた話である。
店に、緘口令が敷かれたわけではなかったようなので、誰もが最初は何も言わなかったが、
「そういうウワサを耳にした」
というと、店の人も、
「もう、隠していても仕方がない」
と思ったのか、堰を切ったように話し始めた。
その中でも、よく盗まれるのが、婦人装飾売り場だという。
「婦人装飾売り場というと?」
と聞くと、
「婦人服売り場と同じ階なんですよ」
というではないか。
それを聞いて、桜井刑事は、
「ということは、殺された宮武さんが管轄しているフロアだということになりますか?」
というと、スタッフは一様に、暗い表情になり、
「ええ、そうなります」
と答えるしかなかった。
この万引き事件と、今捜査している殺人事件が絡んでいるのかどうか、正直分からない。だが、少なくとも、今回の万引き事件というのを、誰も隠さず話そうとしたのは、
「皆、今回の殺人事件と、関係がある」
と考えたからだろう。
「万引き事件というのは、警察に届けたんですか?」
と聞くと、
「いいえ、それはしなかったようなんです」
というではないか?
「でも、婦人装飾というと、一つだけでも、かなりの値が張るものでしょう? それを警察に届けないというのは、よほど何かあるということなんじゃないでしょうか?」
と聞くと、
「おっしゃる通りです。だから私たちも、てっきり百貨店は届けるものだろうと思っていたんですが、そうではなかった。非常に不思議な気がしたんです」
なるほど、この思いが、警察に話をする気持ちに拍車をかけたのだろう。
となりと、あとは、百科店の支配人に聴いてみるしかないということであろう。
支配人に聴きにいくと、
「ええ、確かに、そういうことはありました。フロア長の宮武君からも、話を聴きました。ですが、証拠がなかったので、とりあえず、警察に届けることはしなかったんです」
といって、言葉を濁した。
すると、桜井刑事が、少し強めに、重たい口調で、
「でも、これは殺人事件なんですよ。今回の事件に関わっているかも知れない。何と言っても殺されたのは、今問題になっている宮武氏ではないですか?」
というと、
「そ、そうですね」
と、支配人は狼狽えたように、声を震わせながら、話に入った。
「実は、これはあくまでも、ウワサ話なんですが、この事件を引き起こしたのは、この間まで、食料品売り場で主任をしていた、沢井という男だというんです。あくまでもウワサだったので、本人に確かめてみたんですが、彼は、もちろん、自分ではないという。だけど、そのうちに、彼は一身上の都合といって、店を辞めていったんですよ」
というと、
「店を辞めたのが、万引きの何よりの証拠なんじゃないですか?」
と桜井が聞くと、
「いえ、実際に万引きがあったのは、だいぶ前の2回だけだったんです。被害額としても、それほど大きなものではない、だから、放っておいたくらいなんですよ。フロア長の宮武君も、口では言いませんでしたが、警察に訴えるのを反対していた感じだったんですよ。彼もきっと、百貨店の評判を気にしたんでしょうね」
というのだった。
なるほど、店で万引きがあったなどと聞くと、客はあまりいい気分はしないだろう。ただでさえ、駅ビルという客の出入りはそれなりで、その分、売上が大きかったのだが、あまり芳しくない婦人装飾売り場の万引きというウワサが立てば、そしてそれが事実だということになると、一気に売り上げが下がるというのは、分かり切ったことだった。
「じゃあ、その沢井という男には、店側から、確かめた時、どんな感じでしたか?」
と桜井が聞くと、
「まったく根も葉もないウワサだといって、彼はあざ笑っていたんです。私どもは、彼の性格からすると、疑われたことに、憤慨こそすれ、あざ笑うような態度を取るなど思ってもいなかったので、心の底では、ひょっとすると、彼が本当に盗んだのかも知れないと思ったくらいだったんです。でも、そのうちに、彼は辞めてしまった。それも、疑いを描けられてすぐに辞めたわけではなく。数か月経って辞めたんです。そこで、やっぱり彼は関係なかったのかな? と思ったんですよ」
というではないか。
「じゃあ、沢井という男が辞めたのは、その万引き事件で疑われたからではないとおっしゃるんですか?」
と聞かれた支配人は、
「はい、我々経営陣とすれば、彼が犯人かどうか分からないが、辞めた直接的な理由は、そこではないと思っているんですよ」
というではないか。
「じゃあ、一体、何が理由だったんでしょうね?」
と聞くと、
「正直分かりません。我々も、辞めたいといって、辞表を出してきた人間を、よほど、幹部候補でもない限り、引き留めるようなことはしませんからね。今の食料品売り場も、主人は、内部昇格で、賄えているので、別に問題はありません。今まで通り回っているというところですね」
という。
「それにしても、万引き事件を警察に届けないというのは、いけませんな。一歩間違うと、百貨店自体がグルになっていると思われてしまいますよ」
と桜井刑事は言った。
「そうなんですよ。そして、この事件が内部犯行かも知れないと言いだしたのは、他ならぬ殺された宮武君だったんです。彼は、最初は、警察に届けを出すつもりだったんでしょうが、私が少し難色を示すと、彼も反対側に回ったんですよね。私の真意を彼が察してくれたと思いました」
と支配人は言った。
「宮武という人は、そこまで人に気を遣ったり、気を配ったりすることに長けていたんですか?」
と聞くと
「他の人に対しては分かりませんが、私に対してだけは、少なくとも、かなり分かってくれているようで、この百貨店のスタッフの中で、一番私の考えを分かってくれていたんじゃないかと思うんです」
と支配人がいうと、
「そうですか。もし、そういうことであれば、今回の宮武さんが殺されたのは、どういうことになるんでしょうね? まさか、その万引き事件に絡んでのことなんでしょうか?」
と桜井刑事が聞くと、
作品名:死体発見の曖昧な犯罪 作家名:森本晃次