死体発見の曖昧な犯罪
もう一つは、これこそ心理トリックというもので、
「本当は密室になってから殺されたかのように思えるが、実際には、密室になる前に殺されていた」
という考えである。
そこには、例えば、被害者は、
「この部屋が密室になる前に、殺された」
ということである。
そこに別のトリックが隠されているとすれば、密室を解くよりも、そちらの時間差トリックのようなものを解く方が、よほど簡単ではないだろうか?
ということが、密室トリックには考えられることである。
その場合に、
「心理トリック」
というものが用いられることが多いのではないかと言えるのだが、そういう意味でいくと、
「叙述トリック」
というのも、一つの心理トリックとしてはありであろう。
「叙述トリックとは、小説などで、作者の書き方であったり、登場人物のセリフの中などに、読者を惑わせるものが入っていて、心理トリックに引き込む」
というもので、この、
「叙述トリック」
そのものが、一つの心理トリックになっているので、小説でいうところの、想像力を逆手に取った書き方は、
「探偵小説」
に限らず、フィクションというものの、醍醐味といってもいいだろう。
それを考えると、小説というものがいかにすごいものなのかということを思い知らされるというものだ。
「心理トリックは、他の種類のトリックを凌駕している」
といってもいいかも知れない。
特に探偵小説における。いろいろなトリック、後述のトリックは、基本は、心理トリックから来ているのかも知れない。
そういう意味もあって、
「心理トリック」
というのは、小説だけではなく、一番一般的に言われるのは、
「マジック」
なるものであろう。
「右手を見ろと言われれば、左手を見る」
という、いわゆるブービートラップなどというものである。
そういえば、
「安楽椅子探偵」
と呼ばれる人の中には、
「マジシャン」
という人がいたり、あるいは、
「小説の舞台を好んで、マジックの舞台にしてみたり」
あるいは、
「小説の中で探偵がふんだんにマジックの世界のうんちくを垂れる」
などということも、結構あったりする。
それを思うと、小説というのは、結構、トリックから派生した職業であったり、テーマから派生する心理描写であったり、それが大きなテーマになったり、事件の真相を暴いたり、事件の動機になったりするのではないだろうか?
そんなことを考えていると、探偵小説の醍醐味が分かってきて、特に、小説というものをいかに考えるか。そこに、テーマが隠されている。
トリックの種類にもいろいろあり、次に考えられるものとして、
「死体損壊トリック」
いわゆる、
「顔のない死体のトリック」
と言われるものがあるではないか。
要するに、
「被害者が誰なのか分からない」
これが、小説の醍醐味であり、読者に与えるテーマであった。
しかし、これもあまりにも使われすぎると、その公式なるものが、密室殺人以上に看破されている。ただ、この犯罪は、本当に一時期小説に使われることが多かったが、途中からは、ほとんど見られることはなくなってきたのだった。
被害者
「顔のない死体のトリック」
としてよく言われるのは、一つの公式があるという、それが、
「被害者と加害者が入れ替わっている」
というものであった。
要するに、
「顔や、特徴のある部分、つまり、指紋のある手首などを分からなくしておくと、被害者だと思っていた人が実は加害者で、加害者だと思った人が被害者だった」
ということになると、
「指名手配は、実は被害者の方を指名手配するわけなので、絶対に捕まることはない」
ということと、さらに、
「加害者の方は、死んだことになっているから、整形手術などを施して別人になることだってできる」
ということだ。
特に、昔は、殺人というと、時効は15年ということで、15年逮捕されなければ、時効として、その後逮捕されることはないということである。
もっとも、今は殺人に時効はないので、この限りにはあらずである。
そういう意味で、
「顔のない死体のトリック」
というのは、この公式に当てはめれば、探偵小説などでは、なかなかうまくいくことはないが、逆に実際の事件では、そう簡単にいかないかもしれない。
何しろ、指名手配するとしても、犯人を確定しなければ、指名手配できないわけだ。
「入れ替わっているかも知れない」
ということで指名手配したとしても、実際にそれが間違いだったとして、
「すみません」
ということで済まされるものでもない。
警察というのは、プライドの高いところなので、間違っていったからといって、
「すみませんでは済まされない」
ということを、上から厳命されているに違いない。
だから、迂闊なことはできないだろうから、実際の事件としては、結構うまくいくかも知れない。
さらに、警察というところは、
「捜査本部が設置され、捜査方針が決まれば、勝手な行動は許されない」
つまりは、
「両方面からの捜査ができないわけではないが、決まった方針に一人だけが反対しても、それがいくら信憑性があっても、単独行動は許されない」
それを思うと、
「捜査を妨げているのは、意外と警察のプライドやメンツなどではないだろうか?」
ということであった。
この、
「顔のない死体のトリック」
に関しては、
「戦後の探偵小説の第一人者」
と言われている人が、
「挑戦」
という形で、この、
「被害者と加害者が入れ替わっている」
という公式に対して、自分なりの解決方法で、別のトリックの公式を考えていた。
{ここでばらすのはネタバレになるので、控えておく}
それも画期的な内容であり、ある意味、公式的なトリックに挑戦するという内容の小説も少なくなく、それだけ、前に提唱された、
「ほとんどのトリックが出尽くしている」
と言われていることに変わりはないということではないだろうか。
さて、まだまだいろいろな殺人はあるのだが、
「密室殺人」
あるいは、
「顔のない死体のトリック」
というものの共通点としては、
「最初に読者に対して、密室であったり、顔がないということを公表する」
ということである。
というよりも、そうなのだということで問題提起しておかなければ、ストーリーが成り立たない。
ただ、前述の、
「顔のない死体のトリック」
に対しての、公式への挑戦となる、新たなトリックの謎解きというのは、
「そのことが、読者に看破されてしまえば、その瞬間、作者の負けである」
ということになる。
つまりは、読者が看破することで、事件が解決してしまうので、なるべく作者は、謎解きの瞬間まで、トリックを分からないようにしないといけない。挑戦と描いている以上、
「公式ではない」
といっているのも同然で、そもそも、この公式も分かっていなかれば、
「読者の看破されてしまうと、そこで物語は終わってしまう」
という意味では一緒ではあった。
だから、ネタバレにならないように、このトリックにはわざと触れないが、もう一つ、
作品名:死体発見の曖昧な犯罪 作家名:森本晃次