死体発見の曖昧な犯罪
「おかしなことをお聞きになるんですね。それは当たり前ですよ。毎日のルーティンですからね。そんなにボケていませんよ」
と、あざ笑うかのように、佐川氏は言ったが、目は決して笑っているわけではなかった。
ただ、怒っているわけではない。どちらかというと、
「なぜ、そんなことを聞くのか?」
という好奇心からの、老婆心のようなものといってもいいだろう。
それも、桜井刑事には分かっていた。しかし、相手はただの第一発見者、まだ初検として、ハッキリと分かったわけでもないことを、簡単に喋るわけにもいかない。
それを思うと、桜井刑事は、
「ちょっとしつこかったかな?」
と思ったが、職務上仕方のないことだと考えるのだった。
それにしてもおかしな状態であったが、実は、どうして桜井刑事がこのことにこだわったのかというと、あれは、数日前のことだった。桜井刑事は、自分が同期で警察に入ってきて、今は別の部署にいる人から面白い話を聴いたからだった。
彼の所属は、生活安全課であった。
そこは殺人などを扱うわけではなく、ストーカー犯罪や、詐欺などの、いわゆる、
「今流行り」
の犯罪関係が多かった。
その彼がいうには、まず、
「桜井君、ちょっと聞いてほしい話があるんだけどね」
というではないか。
「この話は、本来なら君のところの管轄なのかも知れないが、我々の方としても、どうしようもない。ただ、事件というにはあまりにも曖昧なことなので、すまないが、意見を聞かせてもらいたいと思ってね」
という。
「そういうことなんだい?」
と聞きなおすと、
「実は、我々が、ストーカー関係の犯罪を扱っているのは、君も分かっているだろう? 付きまといがひどければ、裁判所から、接近や接触に対して注意勧告がなされる。そしてさらにそれがひどくなると、付きまとい禁止の命令が下ることになるんだけど、この間、禁止命令が出ている男がいたんだけどね。その男が問題の女の子に、接触しようと、性懲りもなく企んでいるということを彼女が言っていて、怖いから少しの間、警備してほしいというんだよ。実際に、男から脅迫文のようなものが、彼女のところにメールで送られてきていたんだ」
というのだ。
「それで?」
と聞くと、
「それだけでは、正直何ともできないので、男を尾行し、彼女が家に帰るまでの間、数日間見張っていることにしたんだ。私が先頭に立ってね」
という。
「じゃあ、彼女の警護を君が中心になってやったということだね?」
「ああ、そうなんだ。だから、男をつけていた刑事とも、そこで合流することになったんだが、どうやら、駅前で待ち伏せしていたようで、家までの間に何かをするんじゃないかということで、我々も警戒していたんだが、男は何もしないで、つけているだけだったんだよね。実際に彼女の家の近くまで来て、やっと、こちらも安心していたんだけど、彼女のマンションに着くかつかないかというところで、その男が、忽然と姿を消したんだ。どうしたんだろうということで、そのまましばらく様子を見ていたが、結局分からなかったんだよな」
というではないか?
「どこかに隠れたんじゃないか?」
と言われて、
「そうかも知れないと思って、彼女のマンションを一晩中見張っていたんだけど、結局そいつが現れることはなかった。不気味な気がして、何かさらに悪いことを考えているのではないかと思い注意をしていると、何とその男はしばらく姿を見せないと思ったら、田舎に帰って、真面目に仕事を見つけて、すっかり改心したようなんだ。こっちは、何が何か
分からない。このまま、放っておいていいものかって怖くなってな」
というではないか。
「うーん、今の話を聴く限りでは、もう警察が何かをできる範疇は過ぎているとは思うな。彼女の方はどうなんだい? その男の性格を一番分かっているのが、彼女なんじゃないかな?」
というので、
「ああ、確かにそうなんだけど、何をどうしていいのか分からないからな。彼女の方は、最初は何も考えられないほど怯えていたんだけど、最近では、そこまで怖がっている様子もなくて、諦めてくれたのなら、それでいいという様子なんだ。でも、やはり怖いので、付きまといの禁止命令は撤回する気はないということのようなんだよな」
というのだった。
「それはそうだろう、それをなくしてしまうと、警察での接点がなくなるからな」
と、桜井は言った。
しかし、いきなりこのようなことを言われて、どうすればいいというのだろう?
「君は何が気になっているんだい?」
という。
「男が消えたということが一番気になるかな? 消えたということは、我々の尾行に気づいたということなのか? しかし忽然と消えるということは、我々の尾行が最初から分かっていたということであって、隠れるとしても、隠れる場所を事前に物色していたんだろうな?」
という、
「ひょっとしたら、誰かと素早く入れ替わったのかも知れないな。同じような服を着て、そこにいたやつが、そのまま引き継いで歩き出せば、分からないだろうからな。要するに、昔からよくいう、「弱点は、得意な場所の近くにある」というだろう? 案外そういうもので、保護色のようなものに包まれていたので、分からなかっただけで、相手は、堂々とその場からいなくなったのかも知れないな」
と、桜井は言った。
そのあたりは、
「刑事の勘」
というよりも、昔から読んでいた、探偵小説の受け売りなのかも知れない。
ストーカー犯罪という、最新のトレンドになりそうな犯罪なだけに、昔の発想がいうことを聞かないというのは、考えすぎではないだろうか?
そんなことを考えていると、ストーカー犯罪も詐欺犯罪も、
「相手の術中にはまってしまうのではないだろうか?」
ということになるだろう。
桜井刑事は、その時の話を思い出していた。
この場合を表現するなら、
「消えた犯人」
とでもいうべきか、昔の探偵小説のトリックなどでは、
「密室殺人」
などと一緒になる話として考えられていた。
桜井刑事は、特に、戦前戦後の探偵小説が好きだった。
いわゆる、
「本格探偵小説」
というのも好きだったし、
「変格探偵小説」
も嫌いではなかった。
子供の頃、つまり中学時代くらいに好きだったのは、本格探偵小説で、それはトリックなどを用いたストーリー性豊かなものだったのだ。
しかし、大学生くらいになると、変格探偵小説が気になってきた。
変格というのは、犯人や被害者の、
「歪んだ性格や性格」
などから、犯罪が形成されるもので、
「SMもの」
であったり、
「耽美主義と言われるもの」
つまりは、変態趣味といってもいい感じのものが、犯罪の動機であったり、裏に潜んでいるものとして描かれている。表現としては、
「猟奇殺人」
と呼ばれるものが多かったといってもいいだろう。
耽美主義というのは、
「美を追求するというもので、道徳や倫理よりも、美を至上主義とするものである」
というものである。
ということは、
「探偵小説においての耽美主義というのは、殺人であっても、美しいものであれば、追及するべきもの」
という考えになるだろう。
作品名:死体発見の曖昧な犯罪 作家名:森本晃次