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遺伝ではない遺伝子

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「あの世といわれる、天界というところは、4つに分かれているという。上二つは、神の領域、つまり、天国と呼ばれているところであり、二つ目の世界からは、そこから先は、最上階に上がれるかどうかというだけで、もう人間界に降りてくることはない。人間から見れば、本当の天界、天国と言われるところなのである。そして、3番目の世界が、いわゆる、死後の世界と言われるところで、そこで、人間は、生まれ変わりの時を待つことになる。そして、一番最下位は、地獄というところになる。いわゆる地獄絵図がそのままというところであるが、そこに落ちると、永遠に這い上がることはできない。ただし、地獄でも、3番目の世界でも、生まれ変わることはできる。ただし、3番目であれば、人間にしか生まれ変わることはなく、地獄では人間に生まれ変わることはできないというのだ。つまりは、人間が人間として、転生できるのは、3番目の階級に落ちた場合のことをいうのだ」
 ということであった。
 話の内容は曖昧なのと、宗教の教えなので、どこまでが本当なのか、正直分かったものではないが、一つ気になるのは、地獄に落ちもののことであった。
「地獄に落ちたものは、二度と生まれ変わることができず。それこそ、地獄の苦しみが永遠に続く」
 と聞いたことがあったが、それは宗派や、宗教の違いによって言われていることが違うからだということであろうか?
 というのは、確かに、地獄に落ちて、転生し、別の動物に生まれかわったとするならば、彼らは、寿命が尽きたり、まっとうできずに、不慮の事故、あるいは、人間に殺されたりすると、人間と同じような世界が待っているのだろうか?
 そして、動物は果たして、生まれ変わるとすれば何になるというのだろう? そう考えると、この天界という世界の発想から行けば。生まれ変わるとすれば、人間以外の動物ということになる、
 すると、
「明らかに人間だけは、他の動物とは違う。特別な存在だ」
 ということにならないだろうか?
 それを考えると、
「人間至上主義」
 という考えに至り、この
「4つの天界」
 という説も、急にウソっぽく感じられ、信憑性がなくなってくる。
 頭の中が急に冷めてきて、
「これが、宗教界でいわれる、洗脳、つまりマインドコントロールと言われるものなのではないだろうか?」
 と考えてしまう。
 だが、もう少し考えを深めてみると、面白いところに行き着くのだった。
 というのは、
「動物における天界というものが存在し、動物は人間に生まれ変わることができない」
 のだということだとすれば、前述の輪廻転生の発想が、おかしくなってくるではないか。
 というのは、
「人間は、死んだら、必ず人間に生まれ変わるっという発想か、あるいは、動物が死んだら人間に生まれ変わるという発想だったから、人間は、微妙な人口の増減があるかも知れないが、その大勢が変わるわけではない。ということは、生まれ変わりでいっぱいになるから、新しい命が人間い育まれることはない」
 という発想であった。
 しかし、天界という発想でいけば、
「地獄に落ちた人間は、人間に転生することはできない」
 というのだ。
 一度、
「人間失格」
 の烙印を押されたものは、二度と人間として復活することはできない。
 そう考えると、もし、人間に新たなる血が入ってこれないとすれば、そのまま人間の人口は減り続けることになるので、新たな血が、流入されるということになるだろう。
 要するに、
「天界」
 という考え方を挟むことで、輪廻転生には、まったく違った双璧の考えが出てくるということになる。
 しかし、そうなると新たな疑問が浮かんでくる。
「人間界に新たな血が入ることになるというが、まずは、そのタイミングである」
 というのは、
「輪廻転生を願って、第3階層にいる人たちはたくさんいて。生まれ変わりの機会を待っているはずだ。まずは、彼らが優先ということになるだろう。そして、天界への裁判が行われ、地獄に行く人が多かった時は、第三階級に行く人の数も少なくなる。もっとも、いわゆる天国に行く人間というのは、ほぼあり得ないといってもいい。百年に数名というくらいではないだろうか? だから、天国の人数をここでは考える必要などないのだ。では、なぜ、宗教では、いい行いをすれば、皆天国に行けるなどというのだろうか? それはあくまでも宗教団体における自分たちの都合主義への、言い訳なのではないだろうか。天国という世界が、本当に豪楽であればあるほど、転生したいとは思うはずがない。そんな素晴らしい世界に入ったのだったら、生まれ変わって人間界に降りてくるというのは、完全に罰ゲームではないだろうか?」
 と考えられる。
「なんだ、じゃあ、天国から落ちてきた人が、この世で、他にできることがないから、坊主や、宗教団体を立ち上げたりして、自己満足に浸っているということなんじゃないのだろうか?」
 とも考えられる。
 そんな世界において、
「天国も地獄も、人間が考えたものではあるが、よくできている」
 と言ってもいいだろう。
 さて、前述の、新たな血が、人間界にいつのタイミングで吹き込まれるかということは、やはり、地獄に落ちる数の人間の多い少ないによって決まってくるのだろうが、では、次の疑問として、
「人間として生まれる前のその新たな血は、元は何だったのだろうか?」
 ということである。
 元々は、我々が知っている世界、つまり、輪廻転生を行うと考えられる自然の摂理という輪の中に入っている種族だけだということであるが、逆にいえば、
「輪廻転生に値しない種族は、この世には存在していない」
 という発想でもある。
 では、
「あの世にはあるということであるが、そうなると、天国から、何かの理由で落ちてきた神様がこの世に降臨してきた」
 ということであろうか?
 いや、もっと他に考えられる発想がないだろうか?
 たとえば、少し突飛な発想であるが、過去に存在していたという人間よりも発達していた種族。彼らは、本当に死滅したのだろうか?
 今の人間の発想でいうところの、冷凍保存を行ったりはしないのだろうか?
 我々の冷凍保存の発想は、
「肉体を冷凍することで、精神も、そのまま凍り付いたまま、保存できる」
 というものである。
 だが、彼らの科学力は、
「精神のみを冷凍保存する」
 ということに成功したのだ。
 ただし、その冷凍保存も限界があり、魂と保存することはできても、記憶の保存はできなかったのだ。それがネックだった。
 ここで、もう一つの疑問が湧いてきた。
「過去において、人間以上の文明を持った彼らが、なぜ、今の地球に存在していないのか?」
 という疑問である。
 確かに、氷河期のようなものが襲ってくるというが、冷凍保存くらいの知識はあるだろうし、未来だって想像できたはずなのだろうから、
「氷河期はいずれ終わる」
 ということも分かるだろう。
 いや、そもそも、氷河期であっても、悪い環境でも十分に生き抜くくらいはできたはずだ。何しろ彼らは、食事を必要としていないのだし。食べることなく生き残ることができるはずなのだから、
「ただ、行き続ける」
作品名:遺伝ではない遺伝子 作家名:森本晃次