小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

違和感による伝染

INDEX|14ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

「タイムマシンの開発」
 とともに、これからの人間における、科学の発展に大いなる警鐘と、可能性をもたらすものとなるだろう。
 そもそも、前述の、
「フレーム問題」
 というものも、
「人間は、意識することなく行っている」
 といえるのではないだろうか?
 何かの行動をする時、自然と人間の中で、無限の可能性の中で、必要なこと、つまりは、
「可能性を有限にできている」
 ということである。
 もっといえば、
「人工知能を人間の頭脳と同じにしてしまえば、それだけで十分なのではないか」
 といえるのではないだろうか?
 ロボットというものを開発するにあたって、人工知能であったり、
「ロボット工学三原則」
 の問題であったり、それぞれ、人間には、自然に理解できていることだ。
 ただ、問題は、
「自然に」
 というところにある。
 理解しているくせに、どうして理解できているかという理屈が分からない。それさえ分かれば、ロボット開発は飛躍的に伸びるはずだからだ。
 ということは、
「人間を創造した神」
 あるいは、
「神と同等の創造主」
 は、人間にその理屈を与えなかった。
 答えだけを組み込んで、そこに至るまでの理屈も、発想も組み込んでいないのだ。
 これがもし、わざとであったとすれば、
「人間には、永遠にロボットを作ることはできない」
 ということであろう。
 創造主が、あくまでも、自分たちの作った人間が、創造主に近づくことを嫌っているとすれば、その理屈も成り立つ。
 ロボット開発を行うということは、その創造主が、人間を作った時と同じであり、さらにその人間が、本当に創造主の最初の思惑通りに動いているのかは、創造主にしか分からないだろう。
 ひょっとすると、
「こんなに狂暴な生き物になるとは」
 と思っているかも知れないし、
 そもそも、人間自体が、
「テスト的な存在」
 であり、ひょっとすると、別の次元、あるいは、同じ次元かも知れないという
「パラレルワールド」
 には、姿かたちは人間と同じだが、知能の上で、決定的な違いを持っていて、そこで繰り広げられている世界は、まったく様相の違ったものが広がっているのかも知れない。
 しかし、その世界の中心が、創造主が作った、
「人間らしき者」
 であることは間違いないだろう。
 佐藤はそんな発想を巡らせながら、思わず、笑い出しそうな自分を感じた。
「ふふふ、これこそ、無限に広がる可能性なんじゃないか?」
 と思ったからである。
 人間が悩んだりするのも、要するに、フレーム問題を無意識に解決しているくせに、
「さらに可能性として、無限の向こうを見ようとしているから、悩んだりするのではないか?」
 と考えたのである。
 今の自分が苦しんでいることでも、
「頭の中にある可能性が、どうしても、無限に近づかないことで苦しんでいる」
 のではないだろうか?
 一つの発想を巡らせても、その出る杭を叩いて、戻そうとする人がいる。
「自分の中の自由を、他人によって、抑えつけられるというストレスは、かなりのものであり、反発しようとする力が人間には備わっているだけに、それがかなわない時というのは、苦しみの連鎖を生み、その先に到達するための生みの苦しみを味わわなければならない」
 ということになるのだろう。
 これは、
「創造主に対しての冒涜ではないか?」
 と考えるが、その冒涜を行っているのは、自分ではなく、上司ではないか。
「なぜ、冒涜を行っているのが、上司であり、自分ではないのに、自分がこんなにも苦しい思いをしなければならないというのだ?」
 という思いが、頭の中でクルクルまわり、袋小路から逃れることができないのではないだろうか?
「そのことを考えさせるために、何か見えない力によって、この街に導かれたのだろうか?」
 と考えるようになったのだ。

                 レトロな街のサナトリウム

 大きなサナトリウムが博物館になっているのだが、先ほどから、観光客の姿はまばらだった。
「誰が好き好んで、こんな気持ちの悪いところを見に来るというのか?」
 ということを考えている。
「さすがに、薬品の臭いはしないだろうな」
 と感じていたが、途中から、臭いを感じるのだった。
 どうやら、この薬品は、他の強烈な臭いと違って、最初は臭いを感じさせないが、慣れてくると、逆にその臭いの違和感を感じるもののようだ。
 というのも、
「違和感というものを、感じることで臭いを感じさせるということを立証した臭いの元が開発されていた」
 ということであった。
「そんな発明が何の役に立つのか?」
 と普通は思われることだろう。
 しかし、その発想がいかに今後の未来を占っているかということを、誰も気づいていない。
 そこに気づけば、ひょっとすると、ロボット開発やタイムマシンの開発が、もっと早くできていたかも知れない。
 いや、実はまったく逆なのかも知れない。
 というのも、
「ロボットもタイムマシンも、結局は開発など不可能なんだ」
 ということに気づいたはずだからだ。
 それができないというのは、
「人間にも、肝心なところでの、フレーム問題を解決することができない」
 ということであろうか。
 つまりは、
「限界が見えない」
 ということだ。
「可能性というものは、無限だ」
 という考え方が、そもそも、その発想を先に進めないのだ。
「無限であれば、辿り着けないのは当たり前。ロボット開発だって、タイムマシンだって、無限への挑戦に他ならないのだ」
 と思ったとすれば、どこまで行っても、解決もできないし、無限である以上、
「解決の糸口は必ずある」
 と思って、決してあきらめることはないだろう。
 だから、
「無限というものはありえないことなのだ」
 という発想に行き着くか行き着かないかということで、未来は決まってくるのだが、最初から、
「無限などはない」
 と思えば、逆にロボット開発も、タイムマシンの開発もできないということは、
「この先、どこまで行っても完成しない」
 ということだ。
 なぜなら、
「辿り着いているはずの、限界が見えていないからだ」
 といえるであろう。
「自分にとっての限界」
 というものは決めることはできるが、
「人類という大きな塊の限界」
 というものは、自分一人では決められないという発想が、きっと邪魔していることになるのだろう。
「だが、その発想をすると、少し気が楽になってきた」
 というのも、
「上司が俺に対して言っていることは、無限ではないんだ」
 ということに行き着いたからだ。
 しかし、だからと言って、苦しみから救われたわけではない。
 ここにいて、夢心地だから、何とか発想が生まれてくるわけで、会社に戻って現実に引き戻されると、
「上司という跳ね返すことのできない事実を目の当たりにすることで、また鬱状態に叩きこまれるのか」
 と思うことで、容赦のない毎日に引き戻されるのだ。
 人によっては、気分転換をすれば、いい発想が生まれるという人もいるのだろうが、佐藤に、その発想はなかった。
 とにかく、
「ネガティブになってしまう」
作品名:違和感による伝染 作家名:森本晃次