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時代回顧

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「アプリごとに、会員になる必要があり、ログイン、パスワードが必要になる」
 ということである。
 決済のように、絶対に必要なものもあれば、LINEや、ツイッターなどと言った、
「コミュニティとして使用している」
 というものは、ある意味、必要不可欠なものであり、
「この機能がなければ、わざわざスマホなどいらない」
 というくらいではないだろうか?
 そういう意味のアプリとして、ゲームというのがあるが、これは実際にやったことがないので何ともいえないが、
「会社ごとに、ログインパスワードが必要なのか、それともゲームごとに必要なのか?」
 ということである。
 普通に考えると、
「ゲームごと」
 ではないだろうか?
 なぜなら、
「ゲームの中には無料でできるものもあるが、課金を必要とするものがあるわけで、その時に他のゲームと同じログインパスワードだったとすれば、管理ができなくなる」
 ということになるのではないだろうか?
 それを思うと、なかなか難しいものではないかと思うのだった。
 だから、いろいろなサイト、さらにサービス、アプリ単位ですべてが違うのであれば、結構厄介だといってもいいだろう。
 そういう意味で、あまりいろいろなアプリに手を出すのも怖い気がしていた。
 中には、それぞれのアプリで共有などというのもあるようだが、パスワードはそういうわけにはいかないだろうから、一つに固まってしまう場合が多い。
 そんな中で、元々ツイッターを、
「サム」
 という名前でやっている人がいた。
 ツイートというと、本当い差しさわりのない日記のようなものであった。
 極端な話、
「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
 を使いまわすだけである。
 サムというキャラクターは、以前、パチンコをよくやっていたこともあって、その時、
「勝利を呼ぶ男」
 ということで、このキャラクターが出てくると、
「大当たり濃厚」
 ということで、ゲン担ぎのつもりで、その名前を冠していたのであった。
 もっとも、最近は、
「サムが出てきても、結構外れるよな」
 と言われてきたように、昔のような、いわゆる、
「鉄板」
 と言われるような演出が少なくなってきたというのも事実であった。
 その頃は、スロットと平行してやっていた。
 パチンコも楽しいのだが、スロットも嵌ると面白いということ。何といっても、スロットには、
「設定」
 というものがあり、
「設定を見抜く」
 ということが、勝ち負けよりも面白いと思っている人もいるだろう。
 ただ、設定というのは、絶対に分からない。店側が客に教えるのは、絶対にありえないことで、それこそ、
「インサイダー取引に匹敵する」
 というものではないだろうか。
 スロットの設定というのは、6段階に分かれている。
「よく出る台」
 と言われるのは、一般的に数字が大きいほど、その可能性が高い。
 つまり、平均して大当たりの確率が高くなるということであり、そもそも、大当たりの回数が増えるから設定がいいわけではなく、どちらかというと、
「大当たりするための、前兆が出やすいという意味で、結果的に確率が高い」
 ということになるのだった。
 いくら、激熱演出が出たとしても、絶対に当たるとは限らない。せめて、80%くらいの確率であろう。発展したあとの激熱と呼ばれる演出でも、30%台とか、そんなものである。たくさんいい演出が出ていればそのうちに当たるだろうが、逆にそれを外しまくると、やる気がなくなってしまう。逆に、
「高設定かも知れないが、ここまで当たらないというのは」
 と思うのだろうが、逆に、
「ここでやめると、この後座った人が、今まで自分がつぎ込んだ分を一気に出しまくるかも知れないと思うと、移動するにおいては、少なくとも自分の視線に近いところでは絶対に打たないようにしよう」
 と、思うことであろう。
 そう考えると、
「このまま、どうせ今日はダメだと思って、このまま辞めてしまう方がいいだろう」
 と考えることだろう。
 しかも、設定というのは、スロットにしかないものであったが、一時期、パチンコにも配備される台が出るというのを聴いたことがあるが、果たしてどうだったのだろうか?
 設定というのは、それを行うのは店長だけで、従業員は知ることはできない。だから、その日が終わっても、設定を公開することはない、
「なぜなら設定が分かってしまうと、店長の性格を分かっている人がいれば、そこから推測し、翌日にはどんな設定を入れるかが、まるわかりというものだ」
 客に、
「客に悟られる」
 というのは、愚の骨頂であり、一度教えてしまうと、分かる人はずっと分かっていくことにあるであろう。
 しかし、あくまでも、設定は目安であって、
「6だから」
 といって、絶対に出るというわけではないことは間違いのないことであった。
 何しろあくまでも、設定というのは、
「大当たりする確率の高い演出が頻繁に出たり、いわゆる、
「設定差」
 と言われる、
「設定」
 によって、出現率の違う演出が頻発することで、
「高設定に違いない」
 と思わせる演出が出ることで、設定を見抜くことが楽しいのである。
 そういう人は、確かに、
「儲かる」
 あるいは、
「そんなに負けない」
 という楽しみ方よりも、自分の想像した設定に近いかどうかということを楽しんでいる人も結構いたりするのだ。
 闇雲にやって、設定などを気にしないでやると、大けがをしてしまう。
 大けがをしないようにしておいて、楽しむというのは、そういう設定を追求することから生まれるのではないだろうか?
 ただ、これは、基本的にパチンコではないものである。
 一時期(今もあるのかも知れないが)、
「設定付きパチンコ」
 というものがあるようだ。
 こちらは、スロットほど、
「設定差のある演出」
 というものがあるのかどうかも、よくわからない。
 それを思うと、
「何を楽しみにすればいいのか?」
 ということであるが、そもそも設定がなかったものがあると言われると、スロットのようなものを想像するが、それが、思っているほどの楽しみがないとするならば、
「それなら、パチンコは設定のないものとして、最初から楽しんだ方がいい」
 ということで、スロット好きは、余計に、
「設定付きパチンコ」
 なるものに手を出さないのではないだろうか?
 それは、一種の心理というものであり、
「その機械特有の機能がついているから、その機械で遊ぶのであって、他の機械が、なまじ似たようなことをしても、しょせん、追いつけないのであれば、元々の機械で楽しむ方がいい」
 というのは、当たり前と言えば当たり前だ。
「新しい物好き」
 とでもいう性格でもなければ、
「何を好き好んで、他の機械で遊ぶというのか?」
 ということである。
 サムは最初、パチンコをしていたのだが、途中からスロットで遊んでみようと思い、かじってみた。
 最近では少なくなってきたが、民放でも深夜番組で、
「パチンコ番組」
 を頻繁にやっていたのだが、最近では、まったく見なくなったといってもいい。
 その理由の一つとしては、
「世界的なパンデミック」
作品名:時代回顧 作家名:森本晃次