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辻褄合わせ

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 その理由の一つとして、話が、ポンポンどこかに行ってしまうところがあったからだ。
 確かに、話が一定せず、自分の中で、急に話題が変わってしまったということに気づかない人もいるようだった。
 自分にも、その意識はないようで、きっと、
「話をしている時に、急に別の話題が浮かんできて、さすがに話の途中で変えることはできず、かといって、別の話をしている時に、急に別のことを思い出すと、自分でも頭の仲が混乱するだろうから、どうすることもできない」
 というわけである。
 それをどこまで自分で分かっているというのか、もちろん、別の話をしている時に思い出して、急に舵を切ることはできないのだから、話そうとしていたことが中途半端になり、今話していること、これから話そうとすること、その両方が、自分の中で整理できていないのだろう。
 それを思うと、急に話を変えた時、まわりがおかしな気分になるのは当たり前のことだ、本人でさえ、元々の話も、これから話すことも中途半端な気分になっているので、どこで収拾をつけていいのか、わかっていないに違いない。
 そんな時、マサツネは、
「アツシ君も、まだまだ子供なんだな」
 と思うことも、アツシ君の申告した年齢を、信じて疑わないということになるのだと、思うのだった。
 ただ、その時のマサツネは、他に誰か話す人はいなかった。
 会社の人とは、
「家に帰ってまで話すなんてありえない」
 と思っていた。
「どうせ、仕事関係の話にしかならないんだからな」
 という思いがあるのは、きっと、同僚も同じことだろう。
 それを思うと、会社の人とはありえなかったのだ。
 かといって、プライベイトで話す人がいるわけではない。
 そんな寂しさが頂点の時に、偶然知り合ったのが、アツシ君だった。
 彼の方も、同じように、誰かを探していた。彼も、同級生と、話をする気にはならないといっていた。その理由は、マサツネと、
「似て非なるもの」
 という感じであった。
 ニュアンスは似ているが、どこか内容が違うという意味で、外見上は同じにしか見えないことであろう。
 ただ、
「お互いに、同い年とはちょっと、という感覚であるが、共通していることとして、相手が嫌がっているよりも、明らかにこっちが嫌がっていて、そのあからさまな態度を相手が見て、それを、また嫌そうな顔になる」
 ということが、辛いというか、苛立ってしまうのが嫌だったのだ。
 それを思うと、
「お互いに、似ているんじゃないか?」
 と思うようになったことであった。
「別に他の人でもよかった」
 という思いはあるが、それでも、
「やっぱり、この人でよかった」
 としばらくしてから、お互いに感じるようになったのだから、最初から相性がよかったということになるのだろう。
 お互いに何を求めていたのか、しばらくしても、わからなかった。最初から、
「友達を作るなら、ネットの友達」
 と思っていたのだ。
 リアルでの友達を作ると、その相手の友達にも友達がいたりして、きっとそいつが、
「あいつはやめておけ」
 と言い出したり、
「あいつと付き合っているなら、お前とも縁を切る」
 などと言い出したりされるのが、嫌だったのだ。
 そうなると、友達になった相手が苦しむことになり、それを見るのが嫌だという感覚もないわけではないが、それよりも、結果自分の友達を選んだとしても、自分を選んだとしても、
「お互いにしこりが残るだろう」
 と思ったからだ。
 そんな思いをしてまで、友達をほしいとは思わないし、
「そもそも友達とは何なのか?」
 ということを考えると、
「やっぱり友達なんていらない」
 と感じるのだった。
 やはり友達というのは、わだかまりのない、お互いに気を遣わずにつき合える相手ではないかというのが定義だと思っているので、好き嫌いを考えるということ以前で、その要不要を考えるべきだと思うようになっていた。
 だから、
「リアルな友達なんかいらない」
 と思うようになり、マサツネは、友達を作らなかった」
 その思いをアツシにぶつけると、
「そうなんだよな、俺もそうなんだよ。君の話を聴いていて、まるで俺の心の声を聴いているように思えて仕方がないのさ」
 といっていたのだ。
 そして、最近、特に二人の間で、
「共通の懸念」
 というものがあった。
 というのは、
「家で作業をしていて、近所のクソガキどもがうるさい」
 ということであった。
 マサツネの仕事は、以前と比べて、時間がシフト制になり、特に最近では、早朝からの仕事が多くなった。
 元々、早朝からの目覚めは苦手ではなかったので、朝6時出勤が定時ということになっても、別に苦痛ではなかったのだ。
 電車も始発に載れば、会社が駅近くということで、余裕で出勤ができる。
 しかも、仕事が午後3時に終了するということで、まだ、冬であっても、明るいうちに帰宅することができる。
 要するに、
「朝晩の通勤ラッシュを避けることができる」
 というものだ。
 しかも、数年前から流行っている、
「世界的なパンデミック」
 という状態が、今だ続いているので、電車の中での通勤ラッシュを避けることができるというのは有難かった。
 いくら、世の中が、
「時差出勤や、テレワークの推進」
 といっても限界がある。
 どうしても会社に行かなければ仕事ができない人だっているのだ。国はそんなことも分からずに、簡単に、
「テレワーク推進」
 や、
「時差出勤推進」
 などという。
 会社に行かなければいけないのは、チームで仕事をしなければいけないという人も多いのに、時差出勤などで時間が合わなければどうにもならない人だっているので、結果、全員が時差出勤ということになり、少々時差出勤を皆がしたって、感染防止につながるようなことにはならず、
「ただの気休めでしかない」
 ということを政府は分からないのだ。
 それは当然のことだろう。自分たちは、事務所に詰めていて、現地視察など、どうせしていないのだろう。
「パンデミックのこの今の段階で、そんなことができるわけはない」
 といえば、そうなのだろうが、職員を行かせるとか、誰か一人くらい、席をはずせる人だっているだろう。
 そんな簡単なこともできずに、よくも自分のことを、
「政治家です」
 などと、ほざけたものである。
 だから、早朝勤務というのは、マサツネにとってはありがたかったのだ。
 さすがに始発電車というのは、それほど人はいない。以前であれば、前夜から夜通し飲んで、帰るという人もいただろうが、そんな店も減ってきているし、今は昔のように、駅は終電が終わると、閉め切るようにしているので、駅前で始発を待っているような、一見、ホームレスとみられてしまうような、みすぼらしい連中が少なくなったのは、いいことだろう。
 そこに持ってきての、
「世界的なパンデミック」
 最初は皆、甘く見ていたようだが、途中で、誰もが知っているような芸能人が、
「伝染病に罹って、亡くなりました」
 などというニュースが流れると、それまで甘く見ていた連中にも、一気に緊張感が高まってきた。
 政府に対して、
「一体、何をやっているんだ」
作品名:辻褄合わせ 作家名:森本晃次