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飛び降りの心境

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 実際に、在来線であれば、カードをかざすだけで済むからだった。
 だが、昔のカードは、ペラペラのテレフォンカードのようなもので、そのカードだけで改札を通ることはできなかった。あくまでも、
「切符を買うための、プリペイドカード」
 でしかない。
 だから、券売機には、昔と変わらず、多い時は並んで買っているのだった。
「購入にカードを使うか。現金を使うかというだけのことで、カードの方が、つり銭の問題や、小銭を入れるのに、手間がかからないという点では、優れている」
 というだけのことだったのだ。
 あさみには、小学生の時の、あの券売機での思い出があった。
 そう、あのイベントの帰りに、人が一斉に会場から出てきて、車の人は駐車場に、電車で来た人たちは、改札に急いでいた。
 一応、警備員のような人は、会場の入り口に数人いたが、駅の券売機や改札のあたりには、警備員はおらず。駅の係員が、メガホンで誘導をしていたのだ。
「一列に並んで、混雑を避けてください」
 というようなことを言っているようだが、そんな声もかき消されるかのように、人込みでごった返していたのだった。
「押すな押すな」
 という声が前から聞こえる。
 さらに、
「うーん」
 という、まわりの圧迫に反発しようとでもしているのか、踏ん張っているような声も聞こえてきた。
 あっという間に、小学生だったあさみは、人込みに飲まれてしまう。前後左右から、強い力が加わるのだが、その力の入りどころが微妙にずれていることから。身体があらぬ方向に持っていかれそうな気がしていた。
「あーれー」
 とばかりに、自分がどこにいるのか分からないことから、衝動的に出た言葉だったが、自分では、声を発している意識はなかった。だが、まわりの人が、訝しそうに、一瞬ではあったが、こっちを見た。それ以上こっちに集中すると、自分が人込みに飲まれてしまうと思ってか、一瞬だけの辛さで、それ以上は意識を他に持っていくのであった。
 微妙に力の均衡が、その瞬間瞬間で方向を変えるので、若干流されたかと思うと、急に意識が遠のいていくのだった。
 気が付けば、身体に痛みがあった。容赦なく、顔にまでその痛みを感じ、それが、
「踏みつけられている」
 と感じるまでに、しばし時間がかかった。
 いくら何でも、踏みつけられるまま、誰も助けてくれないなど、思いもしないからだが、下手をすれば、
「人を助けようなどとすれば、自分もバランスを崩し、その場に倒れこむことになれば、力の均衡というべきバランスが崩れてしまって、将棋倒しになってしまうだろう」
 と思うのではないだろうか。
 その時はまだ子供だったので、そこまでは意識できるわけではなかったが、踏みつけられたその時は、簡単に耐えられるものではないだろう。
 だから、駅の券売機の中で、カオスになってしまうと、誰も助けてはくれない。もし、誰かを助けようものなら、自分も危ない。皆が一気に倒れこむと、さらに自分にも被害が増えるだろう。
 何しろそのあたりの被害は甚大となり、数名から数十名の人間が救急車での病院送りも余儀なくされ、一歩間違えれば、死人も出ることだろう。
 その時は、他の人誰も被害者はいなかった。あさみ一人で済んだのは、よかったのかどうなのか。少なくとも小学生だったあさみに、よかったという感覚はなかった。
 何とか、自力でその難を逃れた。自分でもどうやって逃れたのか意識がなかったのである。
 もちろん、友達は、あさみがそんな目に遭っているなど知る由もなかった。普段であれば、被害に遭って誰も知らないともなれば、どこか癪に障る気がして、自分から話をし、皆の気をそっちに引き付けるようなことをしてしまうことだろう。
 何とか、その場を逃れたが。
「大丈夫なんですか?」
 といってくれる人が一人もいないことに一抹の寂しさを感じながら、
「なるべく早く忘れてしまった方がいいんだ」
 ということで、意外とすぐに忘れることができたのだった。
 しかし、明らかにトラウマが残った。少なくとも、
「人込みは嫌だ」
 と思っていたのだ。
 高校の頃まではその思いが強かった。
 大学に入ると、まわりの人との関係でそうもいかない時はあった。
「人込みが怖いから」
 といって、避けることはできるだろう。
 怖いといっている人間に、無理やり何かをやらせるような先輩も友達もいない。もしそんなことをするような相手であれば、いくら先輩とはいえ、あさみは敬遠しているに違いない。
 だから、そこまで気を遣う必要などないはずなのに、そこまで考えるというのは、
「自分で無理に意識しているからではないだろうか?」
 と、あさみは考えるのだった。
 ただ、どうしても、人込みに入るということは、あさみの中でのトラウマであり、容認できることではなかったのだ。
 だから、自分が、
「今は違っても、危険水域に入ってきたという意識は、人よりも敏感になったのではないだろうか?」
 と感じていた。
 だから、今回のプロジェクトも、最初から、
「危険な香り」
 というものはしていたのだ。
 それを分かってはいたが、
「会社の意向には逆らえない」
 という思いと、
「任せられたんだから、騙されていたとしても、一応は頑張ってみるか?」
 という思いとのジレンマがあった。
 どちらが強かったのか分からないが、断るタイミングを逃してしまい。やらねばならなくなった。
 もちろん、逃れようとしても、会社がそれを許すわけはないということは百も承知だったので、
「逃げ道だけは、どこかで作っておこう」
 という意識の元、仕事を始めた。
 下手に弱気になったりすると、精神的に飲まれてしまい。意識もしていないのに、焦りから、頭痛を引き起こし、それがさらなるトラウマとなって、襲い掛かってくるということは分かっていた。
「一体、どういうことなんだ?」
 という思いもあった。
 それは、プロジェクトに入ってしばらくしてから、まず、指の痺れを感じた。
 本当に最初はわけがわからなかったが。すぐに理解できた気がしていた。
「焦りが出てきたのかな?」
 という意識が一番強かった。
 しかし、そんな状態において、一つ分かったのは、
「焦りを感じると、その少し前の記憶が飛んでしまっている気がする」
 ということであった。
 直前の記憶がないことで、
「自分が何をしようとしていたのか?」
 ということが分からない。
 だからこそ、身動きが取れず、前にも後ろにもいけないという、
「断崖絶壁の上に置き去りにされてしまった」
 という感覚である。
 もはや、足元を見ることは、そのまま死を意識せざるを得なくなってしまったようで、視界に入ったとしても、それは、避けられない死を早めることになる」
 ということであった。
 前に向かって進もうとしても、まるで足に根が生えたような気がしてくることで、
「永遠に逃れることはできない」
 と思い込んでしまうのだろう。
 そんな時、自殺者の話を聴いてしまった。
「かつて自殺した人が何人かいた」
 という話は、以前から聞いたことがあった。
 会社での自殺なので、
「会社ビルの屋上から飛び降りた」
作品名:飛び降りの心境 作家名:森本晃次