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自転車事故と劇場型犯罪

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「そうなんですか? 私には、あんな変な人に知り合いなどいないし、見かけたというのであれば、変な人という意味で、インパクトのある印象として覚えているんでしょうけど、実際に記憶はありませんね」
 というと、刑事も、
「そうですか」
 と言って、それ以上言及することはなかった。
 確かに記憶を掘り起こしてみて、贔屓目なしに思い出そうとしてみたが、あの男は、どうにも自分の記憶の中にも意識の中にも、存在するものではなかった。
 一人の刑事が佐和子に事情聴取を行っている間に、警官がナースステーションのところに看護婦に話を聴きに行っていた。
 メモを取りながら一通り話が聞けたということで、戻ってきたのだが、警官は、刑事に耳打ちするでもなく、佐和子のいる前で、普通に話し始めた。
 刑事もそれを妨げることもなく、話を聴いていた。
「今看護婦さんに伺ってきたのですが、被害者は、どうやら、頭の打ちどころが悪かったようで、意識不明になったということでした。他に外傷はほとんどなかったんですが、頭の打ちどころが悪かったのではないかということですね」
 と報告した。
「身元の方はどうだったんだい?」
 と聞かれた刑事は、
「カバンの中に免許証があって、それを確認させていただいたのですが、名前は篠熊ゆかりさん、年齢は28歳ということでした。他に身元を示すものは発見されなかったので、会社は分かりませんでした。住所としては、事故に遭った場所から、歩いて5分くらいのところなので、時間的に見ても、帰宅中だったのではないかと思われます」
 と報告すると、それを聞いていた刑事は、
「ああ、そうか、ご苦労様」
 と、事情を聴いてきた警官の労をねぎらうように、そういったのだ。
 佐和子は頭の中で、
「篠熊ゆかりさん?」
 と記憶を呼び起こそうとしたが、やはり、自分の記憶にも意識にも、その名前は出てこなかった。
 ゆかりにしても、加害者の赤坂という男にしても、顔は見はしたが、どちらも、出会いがしらの後のことで、ゆかりは、倒れたところ、赤坂は、パニックになってしまってからの顔しか見ていない。
 だから、どちらも、普段がどのような表情なのかということを分かるというわけではなかったのだ。
「篠熊ゆかりと、赤坂さとし」
 と、名前を頭の中で連呼してみたが、やはり浮かび上がってくる記憶はなかった。
 それなのに、刑事は、
「加害者のたわごとを信じるかのように私に聞いたのだろう?」
 と、佐和子は感じた。
 確かに、加害者とはいえ、証言をしたのであれば、それを裏付ける確証を得るのは警察の仕事でもあった。
 だから聞いたのだろうが、佐和子としては、その男のたわごとをまともに信じたかのような警察医、少し不信感のようなものを抱いたのだ。
 やはり佐和子は、自分が、
「勧善懲悪な性格だ」
 ということに気づいたようだった。
 それを感じた瞬間に、警察が、あの男の言い分を少しでも信用したかのように思い、少しだけ警察に不信感をいだき、
「こんな連中に協力してやるのは、どうあんだろう?」
 と感じたほどだった。
 もちろん、心の中では、
「警察が裏を取るのは当たり前のことで、何も、それに対して、自分がいきり立つことはないんだ」
 と言えるだろう。
 それを無理にいきり立ってしまうと、自分の負けであるということは分かっているはずなのに、変にムキになるのは、それだけ、自分を嫌の感じたかったというのもあったかも知れない。
「とりあえず、冷静にならないといけない」
 と思い警察の話を聴いていたが、それ以上の詳しいことが分かるということはなく、今のところ、彼女の手術が終わらない限り、
「大きな石が動く」
 ということはないだろう。
 それから、1時間くらいの時が過ぎた。
 一人でいると居たたまれなくなるほどの、果てしなさを時間に対して味わうことになるのだろうが、まわりにいるのが、刑事だということになると、さらに、時間の経過を長く感じるのだった。
 それは、あからさまなわずらわしさで、
「果てしなく続いていくものだ」
 と認識させられた佐和子だったのだ。

                 劇場型犯罪

 一時間が経ったその時、手術室の赤いランプが消えた。医者が出てきて、刑事に説明をしている。
「患者さんですが、一応手術は成功し、一命をとりとめました。結構危ない状態で運ばれてきたので、かなり危険ではあったのですが、何とかなりました」
 といって医者は少し黙って下を向いた。
 佐和子はその様子を、違和感を持って見ていた。
「助かったわりには、何か変だ」
 と感じたのだ。
 すると、医者は、おもむろに頭を挙げて、
「実は、命はとりとめたんですが、意識を取り戻すまでには行っていません。とりあえず、人工呼吸器をつけての治療になりますが、ここから先は、本当に経過観察しかできませんね」
 というのがやっとという感じで、いくら医者でも、この宣告がどのようなものか、分かっているだけに、やるせなかったであろう。
「医者としての、限界」
 というものを、感じていることだろう。
 しかも、瞬間的に感じさせられて、後はすぐに意識が戻る。それは、
「自分たちはやるだけのことをやった」
 という自負もあるからだろう。
 それでも、どうにもならないのは、医者が抱えた宿命であり、ジレンマや憤りという言葉だけで言い表せるものではないということに違いない。
 それを思うと、本当は質問も憚るというもので、
「ありがとうございます。そういうことでしたら仕方がありませんね」
 といって、半分歯を食いしばる気持ちになったのだろうが、刑事も医者も職業柄、こういう状況には慣れているはずなのに、
「こういう状況には何度なったとしても、やるせない気持ちが薄れていくなどということはないのだろうな?」
 と考えるのだった。
「医者って、そういうものだ。警察だって一緒なんだ」
 と思っていた。
 しかし、そのほとんどは、
「被害者、あるいは、患者の命を助けられなかった」
 という憤りがほとんどで、
「命は助かったが、それ以上はどうすることもできず、やるせない気持ちが果てしなく続いていく」
 と思うだろう。
 医者は、特にずっとそばにいなければいけないので、その思いは強いだろう。
 しかし、同じ思いを他の人にさせないようにしないといけないということで、どこかで割り切らないと、他の人の命を危険にさらすことになる。
「精神的にタフでないと医者というのはやっていけないんだろうな?」
 と佐和子は感じた。
 刑事にしても、そうだった。
「警察というと、公務員なので、どうせ、役所仕事みたいなものだろう」
 と思っていた。
 ドラマなどの必死の捜査であったり、すぐに憤りを忘れて、別の仕事に邁進できるのが刑事なのだろうと思っていたので、本当にこのような表情をするのだと思うと、佐和子は、これまでの刑事に対しての思いを少し改めなければいけないというようなことを、感じたのだった。
「刑事さんも、お医者さんも、大変な仕事だ」
 と、会社で普通の事務しかしていない佐和子は、自分の今まで見てきたものが、何だったのか、考えさせられる気がしたのだった。