自転車事故と劇場型犯罪
とは、まさにこのことではないだろうか?
それを見ると、
「男の方は、ケガをしているかも知れないが、自分で何とかするだろう」
ということで、急いで女性の方に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
といって声を掛けるが、どうやら、意識を失っているようだ。
佐和子は男に対して、
「あなた何してるの、急いで救急車呼んで」
といって叫ぶと、一瞬、虚を突かれたかのようにぼっとしていたが、我に返って、救急車を呼んだ。
そこまではよかったのだが、男が自転車を起こして、その場を立ち去ろうとした。
さすがにこれには、佐和子も怒りを感じ、
「あなた何してるの。警察に電話しなさい」
というと、男は、
「警察? 何で俺が?」
というではないか。
「あなた、何言ってるの、あなたは、ケガをさせた加害者なのよ。本当はすべてをあなたがしなきゃいけないのに、私に丸投げって、どういうことなの?」
といっても、まだ状況が分かっていないのか、警察に電話しようとしない。
「私が電話するわよ」
といって110番したのだ。
男は、横で聞いていた。
「はい、事故です。加害者もここにいます……。はい、自転車と歩行者です。救急車は手配しました。急いできてください」
といって電話を切った。
「俺はどうなるんだ?」
と聞くので、正直、開いた口が塞がらなかったが、
「何いってるの、あなたは加害者、この人を助ける義務があるの、このまま放って逃げたら、あなたは、ひき逃げになるのよ」
というと、
「自転車だけど」
とまたしても、ふざけたことをいう。
「あのね、自転車だからって、道路交通法で決まってるの、いい? 自転車だからって許されるわけではない。飲酒運転して人をケガさせれば、それは傷害事件になるのよ」
というと、ビックリしていた。
「ひき逃げ……」
と、ひき逃げという言葉に反応したようだった。
「ええ、そう、ひき逃げ。これが自動車だったら、障害と、被害者を放っておくことで、救護義務違反になるし、警察に通報しないことで、報告義務違反ということになるのよ。それぞれに罪が重いだろうから、執行猶予なしの懲役くらいは覚悟しないとね」
というと、
「俺、自転車なんだけど」
というので、
「自転車だからって関係ないわよ。飲酒運転にも引っかかるし、障害でも、救護義務でも、報告義務でも同じなのよ。だから、自転車で引いて、打ちどころが悪かったりすると、その人は殺人罪ということにだってなりかねない。もちろん、相当悪質な場合でしょうけどね」
というと、男は、急に顔色が変わり、ビビっていた。
「自転車か自動車かは関係ないの、それによって、相手がどうなるかで決まると思っておいた方がいいかも知れないわね」
と言い捨てた。
そして、彼女は続けた。
「いい? 警察に通報しなければいけない理由の一つに、あなたを助けるためでもあるのよ」
というと、
「どういうことですか?」
と聞くので、
「いい? 警察にちゃんと事故報告をしないと、保険というのは下りないのよ。だから、車を運転する人は、人身事故を起こせば、まずは、救急車、そしてその次に、警察。そして、最後に保険会社なのよ。保険に入っていると被害者との間で本人の代理として話をしてくれる。それが保険会社なの。保険のプロだから、話もしっかりしてくれる。今のあなたのような状態で、被害者側と話をすると、間違いなく、やり込められて、治療費など、いろいろ吹っかけられるでしょうね? 一歩間違えれば、刑事罰とは別に、多額の損害賠償を突き付けられて、人生は終わってしまう。そうなりたいの?」
というと、さらに顔色が蒼白になり、べそをかいているように見えるのだった。
「じゃあ、どうすればいい?
と聞くので、
「そんなこと、自分で考えなさい」
と突っぱねてやろうかと思ったが、さすがに忍びなく、
「警察や病院、保険会社と、それぞれに連絡を取って、後はプロの人たちに任せるしかないでしょう? やってしまったことは時間を戻せるわけではないので、消えることはない。だから、今のあなたは、俎板の上の恋なのよ」
と言ってやったのだ。
そうこうしているうちに、救急車がやってきた。
「この方の知り合いですか?」
と言われたが、
「いいえ、たまたま通りかかった者なんですが、私も載っていった方がいいですか?」
と聞くと、救急車の人は、
「そうしてくれるとありがたいです」
というので、一緒に載っていくことにした。
加害者アを残していくのは忍びなかったが、
「警察が来るまで、おとなしくしていなさいね。あなたは、警察に通報された以上。ここにいないと、あなたは、逃亡者になってしまいますからね。観念して、その場所にいてくださいね」
といってやると、男は、黙ってその場に恐縮していたのだ。
救急車とともに、病院に行くと、意識不明の彼女はそのまま目を覚ますことはなく、病院では、
「これから、緊急手術となります」
というではないか?
それを聞いた佐和子は、
「とんでもないことになったわ」
と感じた。
自分が、そんな場面に出くわすとは思ってもみなかったので、、
「これも運命なのかしら?」
と、どうしても他人事でしかなかった。
実際に、他人事ではあった。
被害者も加害者も、自分の知るところではなかったからだ。
「そういえば、さっきの男はどうなったんだろうな?」
と思って、手術ということでしょうがないので、少しその場で待っていると、病院についてから1時間が経ったか経たないかというところで警察の人が駆けつけてきた。
あまりにも慌ただしく時間が過ぎたので、一時間弱ではあったが、感覚的には、十分も経っていないという意識だったのだ。
「すみません。先ほど事故で運ばれた女性がいると思うんですが?」
と、コートを着ている私服の男性と、制服警官が受付で手帳を提示し、話を聴いていた。
そして、受付の人が、こちらを指さしたかと思うと、こちらにやってきて、敬礼をしたかと思うと、
「目撃者の方ですか?」
というので。
「はい、そうです」
とこたえると、刑事は、
「早速ですが」
ということで手帳を出して、こちらに提示した。
「まず、あなたのことをお伺いでしますか?」
と言われたので、
「私は沢村佐和子という者ですけど、今ちょうど仕事が終わって帰宅しようと考えていて、いつもの通勤路である、この道を、駅に向かって歩いていたんですよ」
といって、会社の大体の場所と会社名を話した。
警察はメモを取りながら、
「うんうん、それで?」
と聞きなおしてきたので、佐和子は続けた。
作品名:自転車事故と劇場型犯罪 作家名:森本晃次