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城好きのマスター

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 を申し出てきた。
「退職金は、色を付けるので、会社を辞めてほしい」
 というのだ。
 マスターが、露骨な嫌がらせを嫌いになった理由は、この時の会社の、
「あからさまな態度」
 にあったのだ。
「俺のこの会社での時間というのは何だったんだ?」
 と、マスターは思ったのだった。
 だから、マスターも、
「あからさまな相手」
 というのは、嫌いだった。
 トラウマになっているといってもいいくらいで、冷静だから抑えられるが、少しでも精神が病んでいれば、
「ぶん殴る」
 くらいのことはしたかも知れない。
 退職金に色を付けてもらったことと、ちょうど、土地を安く借りれる相手が身近にいることで、
「何か店でもしようかな?」
 と思った。
 正直、前の会社のようなブラックな感じが、世の中に蔓延っていると思うと、普通に就職する気にはなれなかった。
 そんな思いから、
「喫茶店か、バーなんかどうだい?」
 と言われた。
 −バーというのも心が惹かれたが、少し夜になるということで、体調面を考えると、
「喫茶店の方がいいかな?」
 と思ったのだ。
 確かに、バーもいいと思ったが、自分が肝心のバーをそんなに知っているわけではないので、それなら、コーヒーの香りが好きだということもあって、喫茶店にしようと思ったのだ。
 喫茶店の方が利用年齢層もいて、バーだったら、常連がいないときついという話も聞いているので、
「最初にやるなら、喫茶店なんだろうな」
 と思い、喫茶店を始めた。
 この喫茶店の雰囲気は、
「昭和の喫茶店」
 を思わせるところが好きだった。
 木造というのもどこか、雰囲気を誘うもので、元々、音楽などもクラシックが好きで、その当時も、昔のレコードを買い集めるという趣味を持っていた。
 さすがに、昔のレコードを売っているような店は少ないが、ないわけではない。
 たまたま知っていたと言われればそれまでだが、それでも、昭和のレコードが手に入る店であれば、いくら偶然であっても、知っていたというのは、それなりに価値のあることであろう。
 マスターは、そんな喫茶店の経営に乗り出してから、そろそろ五年が経とうとしていた。
 喫茶店経営の五年というのが、長いのか短いのかは分からない。
「まだまだ新米だ」
 と自分でいってはいるが、他の人が何も言わないので、本当に分からない。
 もっとも、他の人も分かっているのかどうか怪しいものだ。喫茶店というのが、ほとんどカフェに変わっているので、カフェと比較するのは、そもそもが間違っている。
 完全に、フランチャイズというもので、店長がコロコロ変わったりするものなのだろうか?
 皆同じような店構えで、同じ制服で、メニューも一緒で、立地が違うだけで、それほど変わり映えのしない店が至る所にある。
 本来であれば、
「せっかくそんなに一か所に集まっているんだったら、店の商品などの差別化があってもいいのではないだろうか?」
 というもので、
「どの店に行っても、同じような建て方で、ショーケースに並んでいるものも変わり映えがしない」
 当たり前のことであるが、それでは、結局、店で競争もくそもない。
「近いところにいく」
 というだけで、同じ駅前といっても、実際の集客は、駅までの途中にあるなどという便宜性か、あるいは、単純に、大きなビルが近くにあるなどの、人が多いというだけのことなのだろう。
 それを思えば、
「客の取り合いにはなるだろうが、一定数の客をキープすることはできる」
 というものだ。
 しかし、本部が決めた集客や利益が、実際よりも多いか少ないかで、その存続は決まる、
 少しでも、赤に転じたり、それ以降に集客が望めないなどということがあれば、下手をすれば、
「閉店」
 の憂き目にあうということになるだろう。
 マスターは、単独というのは、そんなに簡単なことではないとは分かっていたが、自分の中では、少なくとも、
「どこかの傘下に入るのは嫌だ」
 と思っていた。
 そうなると、一番嫌な、
「あからさまな皮肉」
 であったり、
「あからさまな仕打ち」
 と受ける可能性が高いと思ったからだ。
 そうなってくると、
「参加に入るくらいなら、何も脱サラなどせず、どこかの会社に再就職する」
 と思っていたのだ。
 そして、実際に、単独でお店を始めてみると、最初は、
「どんどん、商店街が寂れていく」
 ということで、自分が早まったことをしてしまったのではないかと思った。
 考えてみれば、
「空き店舗」
 ということで、店を売りに出しているということは、何かがあるから、店を畳んだわけだろう。
「商店街の窮状を見て、自分のところもいずれは危ない」
 と思い、引き際を考えて、早々に店を畳んだのかも知れない。
 それを知らずにまわりの調査もロクにせず、簡単に契約を無図んでしまった自分のバカさ加減に、嫌気がさしてきたくらいだった。
 だが、それでも、まだ商店街の中で頑張っている人たちもたくさんいた。
「この店が復活してくれたおかげで、やっと会議ができる場所ができましたよ」
 といって、商店会長さんは喜んでいた。
 今までは、会長さんの家出会議をしていたようで、どうしても、人が皆入らないという欠点があったので、決め事もかなり時間がかかった。そのため、何かを決めるにも、かなり前から動かないといけない状況で、それだけ、前倒しが多くなり、
「カオスだったよ」
 といって、会長さんは今だから笑って話ができるといっていたのだ。
 だが、実際の商店街は、そんな笑っていられるような場合ではなく、相変わらず、郊外型ショッピングセンターの力が影響していたのだ。
 それでも、閉店ラッシュはある程度落ち着いたようで、その時に残った店は、しばらくはそのままこの商店街で経営していた。
 だが、逆に、いきなり店が変わっているというようなことも珍しくはなかった。代わっているというよりも、貸店舗の貼り紙が増えたといってもいいだろう。
「なかなか、定着しないんですよね」
 と、商店会長さんも言っていたが、
 最初の頃は、どこかが空くと、すぐに他の店が入ってきたのだが、次第に空き店舗になってしまうと、そのまま、空き店舗のままというところが増えてきたというのも、時代の流れになっていたのだろう。
 そんな中で、その商店会長からの要望で、
「夕方の食事がほしい」
 ということであった。
 最初は他の一般客からの要望だけで、
「他にも要望があれば、考えないでもないけどね」
 と、あまり乗り気ではなかった。
 しかし実際にいってきたのが、商店会長だったので、むげにはできないが、もし、これが他の一般客だったとしても、ちゃんと要望には応えるつもりだった。
 なぜなら、元々、喫茶店をやろうと思ったのは、
「あからさまな態度を受けるのが嫌だった」
 ということなので、ここで、客、しかも、常連をはぐらかすようなことをすれば、それこそ、
「あからさまな態度」
 であり、
「そんなことをできるはずがない」
 というのが、マスターのモットーであった。
 マスターが、その時、作るようになったメニューに、隠し味ということで、ナッツ系のものが多かったのだ。
作品名:城好きのマスター 作家名:森本晃次