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城好きのマスター

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 とマスターは、常連に話をしていた。
 常連もそれを聴いて、
「自分にそんなところがあるから、同じような性格をした人に惹かれるのだろうし、そういう人たちが自然と集まってくると思うようにしているんですよ」
 というのだった。
 ということで、マスターの新メニューの開発が始まった。
 そういえば、マスターは、脱サラしての、喫茶店経営であったが、元々は、会社で、
「プログラマー」
 のような仕事をしていた。
 マスターが若い頃というと、プログラムというのは、まだまだ壁の厚いもので、
「専門的な知識がなければ、組むことのできない」
 と言われる仕事だったのだ。
 本当に最初は、プリンターなどもなく、紙テープのようなものに穴が開いたようなものが、印刷物の代わりだった。
 次第に、プリンターが普及してきたことで、そんなのも、どんどんなくなっていったが、今から思えば、
「よく、あんな環境でプログラム開発ができたな」
 と感じるのだった。
 次第に、エンドユーザーと呼ばれる人たちも自分たちで開発もできるようになり、少しずつ、会社でも、
「システム部」
 というものが確立していったが、その実態を本当に理解している人は少なかったのだ。
 当時は、まだ、
「身体を動かしたり、少々無理をするのが、仕事だ」
 と思っている人が多かった。
 しかも、そういう連中が、経営陣に多いのだから始末に悪い。システム部というと、本来であれば、花形でなければいけないものを、当時はなかなか認知もされていなかったことだろう。
 しかし、システム部の開発が次第に増えてくると、さすがに経営陣も、システム部を優遇しないわけにもいかなくなる。
 しかも、他の会社では、
「システム部は、花形だからな」
 と言われているのだ。
 そういうことになると、上野人たちも、あながち無視することもできなくなった。
 だから、若いうちは、会社からも優遇される上に、
「何もないところから新しいものを作り出す」
 ということの悦びが、一番楽しいと思っていたマスターにとって、
「今のこの仕事は、これ以上楽しいものはない」
 と思うようになっていた。
 システム開発をしていると、
「これ以上の愉しみは、なかなか味わえない」
 と思うようになり、同じ仕事をしている連中も結構楽しそうだった。
 実際に、仕事が佳境を迎えて、毎日終電で帰るくらいになっているのに、皆疲れてはいるが、嫌な顔をしているという様子はなかった。
 皆、
「開発が好きで、三度の飯よりも好きだな」
 と嘯いている人もいて、
「実は俺もなんだ」
 と同調しているのを聞くと、
「自分もなんだよな」
 と心の中で呟いている自分がいるのがマスターだったのだ。
 とにかく、
「開発」
 という言葉に、並々ならぬ思い入れがあったということであった。
 一生懸命に仕事をしていると、
「今日は、どこまでやろう」
 という目標が、自然と頭の中にできあがる。
 そのうちにそれがルーティンとなり、やりがいにもなってくるのだ。
 そして、余裕があると、目的の自分に課したノルマまでできたとしても、まだ、さらに先を目指そうとする。
 その余力が、やりがいとなって、自分の中で花開いていく気がするのだ。
 それが有頂天となり、いい仕事ができる要因になるのだった。
 しかし、ある時、無理がたたったのか、身体を壊してしまう。
 その時はまだ、
「仕事がしたい」
 という意欲を失っていたわけではない。
「身体さえ治れば、後はまた今まで通りに充実した開発ができるんだ」
 とばかりに、
「早く治ってくれないかな?」
 と感じていたものだった。
 しかし、実際に体調が戻り、会社に出勤してみると、どこかがおかしい気がする。
 そもそも会社で倒れたのだから、その意識がトラウマとして残っているということを失念していたのだ。
 だから、仕事に復帰し、
「今までのように、バリバリ仕事をするぞ」
 と思うのだが、なぜか、身体が動かない。
 それは、油が切れたゼンマイ仕掛けの人形のように、堅くて動かないという思うがそのままだった。
「仕事ができない?」
 という思いが、焦りやジレンマに陥り、今度は、精神が病んでしまった。
 その理由というのは、たぶんであるが、
「今まで自分に課してきたノルマにある」
 ということではなかったか。
 つまりは、有頂天になって、精神的にも肉体的にも有頂天の時であるからこなせたノルマだったのだ。
「一度体調を崩してしまうと、ある程度までは回復しても、元には戻らないので、気をつけてくださいね」
 と医者から言われていたが、
「まさにこのことだったのか?」
 というのを思い知っていた。
 自分でも、
「まさか、こんなことだったなんて」
 と思うのだが、それは、
「自分で自分のことが分からなくなるほど、身体を壊す前は、バイタリティだけで動いていたことが、禍したのだろう」
 と思うのだった。
 つまり、
「ピンと張り詰めた糸は、完璧に扱わないと、すぐにキレてしまう」
 ということであった。
 前はそれができた。身体と精神のバランスがうまくいっていたからだ、
 今回は、最初に身体に無理がいき、その後復帰してからは、肉体が戻っていないということを分かりながら、前の状態に戻ろうとする。
 そもそも、前の状態に戻らなければ、
「俺は前の俺に戻ることはできない」
 というジレンマが待っていることになるというものだった。
「いったい、どういうことになるんだ?」
 と、自分の身体への無理が、今度は精神を蝕むようになることが自覚できていた。
 そして、病院に行くと、
「あなたのように、この病気を自覚できる人というのは、本当にいないものなんですよ。だから、結構末期になってやってきて、そのおかげで、医者も結構大変なんですが、あなたのように、自覚してきてくれる人がたくさんいればいいんですけどね」
 というのだった。
 そして、
「まあ、今のあなたであれば、そうひどいことになるわけはなさそうなので、無理なく焦らずにやっていれば、早めに仕事にも復帰できます」
 と医者から言われたことで、しばらく、入院することになった。
 一か月ほどの、いわゆる、
「リフレッシュができた」
 という意味でも、入院は有意義だったと思うのだが、まさか、会社から裏切られるなどと、思ってもみなかった。
 退院してから、部署に踊ると、そこには、自分の席はなかった。
 そこに座っているのは、他の会社でシステムの仕事をしていたという、
「即戦力」
 であり、どうやら、マスターは、入院した時点で、会社から切り捨てられていたのだった。
 会社からすれば、無理もないことだったかも知れない。
 一度目は、無理をしたことでの入院。こちらは、
「会社のため」
 ということで、公傷扱いだったといってもいいが、復帰してすぐに、しかも、今度は精神疾患ということであれば、さすがに会社も見限るというものだろう。
 だからと言って、ここまで露骨なことを、しかも、ずっと尽くしてきて、
「俺がいなければ会社は成り立たない」
 とまで自惚れていただけに、マスターの落胆は大きかったのだ。
 会社は、
「依願退職」
作品名:城好きのマスター 作家名:森本晃次