城好きのマスター
しているのと同じではないだろうか?
「行くに行けず、戻るに戻れず、それぞれに無限の可能性が広がっていると、何が正しいのかを必死に考えないといけない。選択を誤れば、奈落の底に一気に突き落とされるということが分かっているからだ」
ということである。
だから、
「後ろを見ても果てしない。前を見ても果てしない」
つまりは、知らず知らずのうちに、無意識に自分で四面楚歌となるように、まわりに、四面楚歌を作り上げ、人間が理解でいないであろう、
「フレーム問題」
というものを、造り上げてしまったのかも知れない。
それを思うと、マスターは、
「私は、どの選択肢に従えばよかったのだ」
と思うことがあり、自分なりのフレーム問題を解決できた気がした。
それは、息子に後を継がせるということでのジレンマからだった。
想定外として、息子は会社を辞めて、いきなり店を継ぐと言い出したことになったのだ。
夕方の喫茶店
息子が継ぐと言い出す前、まだ先代がある程度というよりも、かなり全盛期に近いくらいに気合が入っている頃のことだった。
当初は、飲料中心という感じだったが、少し経営にも自分の時間にも余裕ができてくると、
「新しい、食事のメニューを開発したいな」
と思うようになっていた。
元々は、カレーやピラフなどの、簡単な軽食は作れていたが、それ以外となると、なかなか難しかった。
ランチタイムであれば、昼の間だけ、アルバイトが入ってくれて、ちゃんと出せるだけのメニューを作ってくれるが、夕方近くになると、
「子供のお迎えがある」
ということで、なかなかランチタイム以外の料理に手が回ることはなかったのだった。
確かに、下準備だけでも、バイトの人にやってもらえばいいのだろうが、マスターがそれを作る自信がないのと、夜の客層に、それほど食事をたしなむような人がいないということで、
「ディナータイム」
というのは、実現しなかった。
しかし、客の中に、
「夕食もここで食べたいな」
といってくれる人が現れた。
ただ、一人の意見で、簡単にできることではなく、
「もっと、たくさんの意見があれば、考えるんだけどな」
といってごまかしてきたが、どうやら、他にもディナータイムをご所望の客はいるようだった。
「マスターが夕食の時間を作ってくれるんだったら、ここに食べにきてもいいよ」
という客もいたのだ。
というのは、この店は、商店街の近くにあることから、ここの常連というと、
「商店街に店舗を持つ人たちの店長さんクラスが多い」
ということであった。
だから、朝は、商店会の会議を行ったりするのに、その時は、飲み物だけでいい。しかし、たまに夕方に会議を行うことがあり、その時は、
「何か腹の足しになるようなものがあればいいんだけどな」
ということを言ってきたので、
「じゃあ、臨時として、商店会がある時だけ、軽食を用意できるということにしようか?」
とマスターが言い始めた。
商店会と言っても出席者は6人くらいで、奥のテーブル一つで収まるのだった。
だから、基本的に夕方客が少ないので、普段は閑古鳥が鳴いていた。しかし、商店会の日が活気にあふれていて、マスターもありがたいと思っていたのだ。
それでも、閑古鳥が鳴いているという夕方以降であっても、その時間いる客はいつも決まっていた。
そして、そういう客は、いつも同じだったのだ。
だから、マスターも、
「夕方から来てくれるお客さんが、本当のうちの常連さんといってもいいんだろうな」
というのであった。
「本当にありがたいよ。優方からのお客さんは、朝かランチタイムにも来てくれるから、本当にうれしいですよ」
とマスターは手放しに喜んでいた。
本当であれば、
「跡取りがいないのなら、キリのいいところで、店じまいをするかな?」
といっていたのだが、常連が夕方も来てくれることから、
「うちの店を本当に好きでいてくれる人がいるというのは心強いし、裏切ることができないと思うんだよな」
というのだった。
そんな時、マスターが考えていたのは、
「新しいメニューの開発」
というものであった。
もちろん、最初からそんな大それたことができるなどとは思ってもいなかった。
「とりあえずは、定番のメニューを作れるようになればいい」
という程度のことで、
「ちゃんとしたお客様に出せるようなものもできないうちから、新メニューなどというのは、何たるおごりなんだ」
というくらいであった。
一応、バイトの子のランチタイム、助手的なことはしていたので、見ていて学べるところもあった。
実際に手伝いながら、自分の中でレシピを作成してみたりして、自分でも作ってみたりした。
やっと、
「これなら出せるかな?」
と思ったところで、バイトの女の子に試食をしてもらうと、
「マスター、これなら、免許皆伝です」
というではないか。
「じゃあ、これを夕食時間帯でディナーサービスとして出しても大丈夫だろうか?」
ということで、彼女も、
「大丈夫です」
というお墨付きをもらったのだ。
それにいい気になったマスターは、実際に、常連を中心に食べてもらうことにすると、常連も、
「本当に作れるようになったんだ」
とビックリしていた。
自分たちが、
「夕食もあったらな」
といってはみたが、実情から言って、
「叶わないだろうな」
と思っていたのだ。
それもそのはず、
「マスターが頑なに断っていたのは、料理ができないからだ」
と素直にそう思っていたからだ。
実際には、経営のことを考えてのことだとは思っていなかったので、常連としては、複雑な気持ちだった。
「意外としっかりしているんだ」
という思いと、
「マスターがここまで経営に熱心で、その分、少し冷めた考えを持っていたんだ」
ということを感じたことで、少しマスターに対しての自分の中でのトーンが下がったような気がしたからだった。
それでも、マスターが作る料理は、
「喫茶店というと、チェーン店のカフェしか最近はないので、そこで作っているパスタのようなものよりも、ずっとマシだ」
と思った。
正直、チェーン店のパスタは、最初はいいかも知れないが、飽きるのもすぐで、一旦飽きてしまうと、もう完全に飽食状態になってしまって、
「見るのも嫌だ」
となるのだった。
だから、すぐに行かなくなる。
かといって、作業もしたいので、普通の食事処では、食事だけになってしまうので、それは困る。やはり。
「作業ができて、おいしい食事ができる昔ながらの喫茶店」
というものを探し求めていたといってもいいだろう。
「マスターの食事はそれくらいがありがたい」
と常連皆が言っていた。
マスターもそれを聴いて、
「やっぱり、やってみてよかった」
と、ディナータイムが自分でどんどん楽しくなってくるのを感じていたのだ。
「さすが、マスター」
と言われるのが嬉しくて、思わず、
「もう金取れないじゃないか」
という冗談を返すくらいになっていたのだ。
客の中には、
「現在におけるサービス」
を所望する人もいた。