タバコと毒と記憶喪失
それはさておき、世界各国で、計算が行われたことで、落下場所と時間が、大体計算された。さすが、宇宙開発先進国と言われたアメリカとソ連による計算は性格に、ほぼ、同じ位置を計算していた。
東西冷戦ではあったが、地球規模の危機に際しては、一時休戦ということで、世界は一致団結した。
「米ソの協力は、何十年ぶりなんだろう?」
というほどのことであり、映画の中とはいえ、
「これだけは、現実になってほしい」
ということであった。
地球落下の場所と時間の計算は、しっかり行われ、
「太平洋上の危険のない場所」
ということになったが、念のため、その戦後の3日間は、
「その地域を航行しないように」
ということで、世界に告知されたのだ。
その予定日というのが、判明してから、三日後だった。ロケットの帰還は、地球の軌道に入ってからが勝負ということで、全世界が、緊張していたのだ。
確かに、着水地点としては、どこの国にも影響のない、
「太平洋のほぼ、ど真ん中」
と言われるようなところであったが、その場所であっても、
「他の陸地にまったく影響がない」
というわけではない。
何しろ、宇宙から、人を乗せたロケットが、大気圏突入において、炎に包まれながら落下してくるのである。まるで地震のような津波が発生しないとは限らないではないか?
それが一番の差し当たっての懸念であり、もし、そうなってしまうと、いまさら防ぎようはなく、せめて、
「できるだけ、早く状況を把握する」
ということしかないのであった。
分かってはいるが、ほぼ初めてに近いことだ。
今までは各国の計画通りに戻ってきたロケットは、パラシュートでゆっくり落下してくることになるのだが、今回はすでにスケジュールを逸脱しているのだ、乗組員が一人は無事だったということが分かっているだけで、果たして無事に地球に帰還できるかということは、まったくの未知数だったのだ。
何といっても、もう一つの懸念として、
「大気圏突入の摩擦のショックに耐えられなくて、ロケット自身が、燃え尽きてしまう」
と言われていることだった。
「大気圏突入というのは、計算された軌道で飛んできても、その危険性は指摘されていた」
と言われている。
だから、地球上において、どれほどの危険性があるのかということは、誰にも分からないといってもいいだろう。
大気圏で燃え尽きる可能性に関しては、他の国では考慮していない。
もっとも、他の国は、
「自国に影響がなければそれでいい」
という考えだ。
「何しろ、日本政府が黙っていたことで引き起こされた自体だ」
という思いで、日本に対する不信感は、最高潮だった。
その時はそれどころではなかったが、どの国も、
「日本の責任は、果てしなく深い」
と思われていたのだった。
管制室からは、地球帰還について、残った乗組員に対し、指示をしている。
そして、いよいよ地球への再突入の際に、激しい衝動にかられなからも、何とか無事帰還することができた。
これも、一種の軌跡に近いものだった。
しかし、実は特撮ドラマの問題は、ここからだったのだ。
地球に降りてきたロケットから救助された宇宙飛行士は、当然のことであったが、かなり衰弱していて、行方不明であった時期のことを聞けるどころではなかった。
ただ、ロケット内の自動睡眠装置の入ったカプセルと、事前に聴いていた宇宙飛行士からの話で、その言葉の裏付けとしては、理解できることだった。
そして、信じられない出来事として、不信感しかなかった、もう一人の乗組員の白骨化という話は、本当だったのだ。
一体の白骨が、きれいにロケット内に残っている。
宇宙飛行士の話では、
「白骨は完全なものではなく、衣類や、肉片などが、かろうじて残っている」
という証言であったが、実際には、すでにそんなものもなくなっていて、完全な白骨だったのだ。
そのあたりもいろいろ調べられたが、白骨死体を検分し、分析を行った研究班としては、
「ここまでになるまでには、数年はかかるでしょうね」
ということであった。
「なるほど、相対性理論であれば、分からない理屈でもない」
ということであった。
今度は、地球に存命の中で帰還することができた宇宙飛行士の方は、大気圏突入によるショックからか、それとも、海水に着水した時のショックからか、意識はあるが、完全な腑抜け状態で、何を言っても反応しなかった。
一見、記憶喪失者が、何も分からないという状態と同じで、結果、
「何を聴いても分からない」
と、担当医がいうしかなかったのだ。
「記憶はあるんですかね?」
と管制室の人間が聴くが、
「いや、今のところは何とも」
としか言いようがなかった。
反応を促そうといろいろやるのだが、まったく反応を示さない。電気ショックの軽いものを浴びせても、身体が反応するわけでもなかった。その時点で、
「これは、かなり時間がかかる」
ということで、管制室の方には、
「何とも言えない状態ですが、事態は予断を許しません。記憶が戻らない可能性も十分にあると、御覚悟してください」
という。
「意識はあるんですか?」
と聞くと、
「あるとは思うんですが、まったくこちらからのアクションに対して、何んら反応が返ってきません。これは容易ならんことですよ」
と医者がいうと、
「ということは? まさか?」
と、管制室の男は、普段は絶対に見せないような苦み走った表情で、医者から見れば、
「この人は分かっているようだ」
と感じさせたので、正直に、
「そうです、いわゆる植物状態です。だから、いつ意識を取り戻すかというよりも、意識が戻るのは、かなりの低い可能性だ」
ということであった。
それを聞いた、管制室の人も、いよいよ、
「宇宙開発のためとはいえ、一人の人間をここまでしてしまった」
ということに、ショックを隠し切れないのだった。
「これは困った」
と思ったが、それは、それまでその人に対してのやり切れないことを考えることで、逸脱した世界の中にいたからであった。
しかし、病院を後にすると、急に現実に引き戻され、
「いかに発表すればいいんだ?」
という問題だった。
「国家の方は、地球突入の問題」
「失敗を、国内だけにとどめてしまったことへの問題」
と問題が完全に山積みだったのだ。
それを思うと、
「どこに何を言えばいいのだ?」
と、途方に暮れていた。
何しろ、政府の方は、解散宣言をしていて、まだ政府はできていなかった。
今の政府にいっても、何が変わるわけでもない。
「どうせ俺たちは、すでに解散が決まっているんだ」
ということで、まったくダメだろう。
「では、国連か?」
ということになったが、そのパイプ役である政府が、
「あってもないようなものだ」
という、内包状態であれば、国連への話もできないというものだ。
それでは、他の国?
というわけにもいかない。
日本政府に見切りをつけている他国に、政府を通さずに話をしても、門前払いがいいところであろう。
それを思うと、管制室は、
「四面楚歌に陥っている」
といっても過言ではないのだった。
作品名:タバコと毒と記憶喪失 作家名:森本晃次