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タバコと毒と記憶喪失

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 部活が終わって、腹がペコペコだったのに、食事を摂ることもできず、我慢していなかればいけなかった。
 そこまでさせておいて、お礼も何もない。
「金一封とまではいかないが、せめて感謝状の授与式くらいは、笑顔でカメラに収まるくらいのことがあってもいいのではないか?」
 と思うのは、贅沢なことなのだろうか?
 そんなことがあってから、
「正直、道で苦しんでいる人がいても、助けたりはしないでおこう」
 と思っていたくせに、今回は助けた。
 それも、
「可哀そうだ」
 という意識はまったくなかったわけで、それよりも、
「こいつにちゃんと罰を与えないといけない」
 と思ったのが、ここでの死ではないと感じたからなのか、それよりも、
「まわりの連中がここまで薄情だったら、俺がするしかないのではないか?」
 と感じたからなのかも知れない。
 自分でも正直どういう思いだったのか分からないが、自然と消防と警察を呼んでいた。正直後になって後悔したのは、当然のことであろう。
 ただ、悲しいことに、やつが、タバコの火をつけたことを裁かれることはないような気がする。
 確かに証拠写真もあるにはあるが、実際に火事になったわけでもないし、誰かを傷つけたわけでもない。
 逆に、
「被害者」
 なのだ。
 いや、被害者と決めつけるわけにはいかない。なぜなら、
「この男が自殺をしようとした」
 という可能性が消えたわけではないからだった。
 警察の方としても、
「遺書はない」
 といっているし、身元もハッキリしないので、何とも言えないので、自殺の線は、かなり薄いようなニュアンスの話を警察はしているようだった。
 ただ、通報者とすれば、
「またやってしまった」
 と思っていることだろう。
「どうせやつを助けたって、こっちは、一文の得にもなりはしないんだ」
 と思っている。

                 記憶喪失

 何と言っても、タバコを吸っている場面を見た瞬間の衝撃で、頭の中では、
「極悪人だ」
 というレッテルが貼られてしまった。
 今の時代、タバコを吸ったというだけで、犯罪者扱いされる時代だということを証明しているかのようではないか。
「タバコって、そんなにいいものなのか?」
 と思ったが、実際には、今ほとんどの喫煙者が、
「タバコをやめなければいけないが、いまさら辞められない」
 と思っている。
 これまでに辞めようと思えばやめられる機会はいくらでもあったはずだ。
 副流煙を叫ばれた時、禁煙が盛んになり、嫌煙権が問題になった時、。
 これらは、昭和の昔なので、今とは時代が違うが、どんどん吸える場所がなくなっていき、喫煙所もどんどん減ってくることで、それまであった椅子が撤廃されて、少しでも、
「詰め込める」
 という風になったのだ、
 まるで、猛獣を押し込めている檻のようではないか。
 特に、例の、
「世界的なパンデミック」
 があってから、喫煙所は、
「三密になる」
 ということで、人数制限をするようになった。
 今までは、十数人が入って、煙で靄がかかったかのようになっていたものが、今では、最大定員が5人とかである。
 タバコを吸わない人間からすれば、どうなっているのか分からないが、きっと時間も制限されていることだろう。
 だからこそ、喫煙所の前では、数十人が表で待っている。
「そんな思いをしてまで、タバコを吸いたい」
 と思うのだろうか?
 と感じるのだった。
 今の世の中それだけのひどいものなのであった。
 通報者は、そんな思いを抱きながら、警察の尋問に答えていた。
 三浦刑事は、どちらかというと、
「勧善懲悪」
 なところがあるので、通報者の気持ちは分かる気がした。
「勧善懲悪の気持ちを持っていると、えてして、自分がいつも貧乏くじを引いてしまう」
 ということを感じてしまうだろうということが分かっているのだった。
 被害者である男が意識を取り戻したのは、それから2日後であった。医者からは、
「命には別条はないが、意識が完全に戻るまでには、数日はかかるかも知れない」
 ということであった。
 確かに、目撃者、つまりは通報者の話でも、話を聴いているだけでも、
「何かの薬物でもやっているのではないか?」
 というような素振りだったという。
 毒を普通に盛られたのであれば、もっと苦しそうにするものだろうが、意識が朦朧としたままフラフラしているというのは、また違う。
 そういう意味でいくと、
「本当に毒を盛られたのだろうか?」
 ということであった、
 あの男が薬の常習者であり、
「自分がその調合を間違えたことで、中毒症状を起こしたのかも知れない」
 ともいえるだろう。
 しかし、医者から、
「明らかに毒を摂取した」
 ということを聞かされたことで、
「薬物患者の発作」
 という線はなくなった。
 しかし、薬物常用者が殺されないという理屈はない。むしろ、
「裏を知っていた」
「あるいは、仲間割れ」
「あるいは、薬の売買によるトラブル」
 ということも考えられなくもない。
 それを思うと、
「自殺未遂」
「殺人未遂」
 の両方からの捜査が必要であるといえるだろう。
 まずは、彼の身元からであった。
 身元を示すものは、何も持っていなかった。財布もなければ、カード入れもない。カバンも持っておらずの手ぶらだった。
 ただ、そうなるとおかしいではないか。
 というのは、通報者が映したという写真の中で、男はポシェットのようなものを持っていた。
 なぜなら、タバコを吸ったわけだから、少なくともタバコとライターを入れるものくらいはあってしかるべきである。
 確かに、ポシェットを持っていたのは間違いない。通報者からもらった証拠写真を見るかぎり、左わきに抱えるようにして、持っているのが見えたのだ。
「じゃあ、ポシェットはどうしたんだ?」
 ということになった。
 その日に限って手ぶらで出てきたというのだろうか?
 いや、やつは、ヘビースモーカーだという意識が三浦にはあった。
「城のような重要文化財のところで吸うほとであるから、すぐに禁断症状に陥るのではないだろうか?」
 と感じていた。
 タバコを吸っているということは、
「それだけ自分を蝕んでいるのだ」
 ということに気づいていないのは、可愛そうなことではあるが、
「もう人に同情などするようなことはしない」
 と、通報者が感じているなどということを、三浦刑事に分かるわけもなかったのであった。
 そもそも、通報者も、
「自分もそんなに聖人君子ではないですが、あんなところでタバコを吸うなどというのは、100人が100人、許さないでしょうね」
 という。
 それは、
「勧善懲悪主義」
 である、三浦刑事にも分かることで、ただこれが、
「自粛警察」
 を地で行っているということになるのだと、分かっているのだろうか。
 今回の、いわゆる、
「世界的なパンデミック」
 というのは、以前見た特撮映画を思い起こさせたが、あの話で、結局、風船の怪物に、
「攻撃をしかけなければ、相手も攻撃を仕掛けてこない。しかし、このままの膠着状態であれば、お互いに自滅を待つだけのことだ」
 と言えるだろう。
作品名:タバコと毒と記憶喪失 作家名:森本晃次