タバコと毒と記憶喪失
「県が国に対して、何かの要望がある時」
であったり、
「国が県の決定に頼らなければいけなくなった」
という時まで、問題がややこしくならないようにしなければいけなかったのだ。
それと市の目的がもう一つあった。
それは、
「県に、その視線を国に対して強める」
ということであり、逆に、
「市に対して、上から目線で見ることを、少し和らげる」
という目的があった。
同じ市を見るということにおいても、平等とまではいかなくても、いくらか上から目線というものが違えば、動きやすくなるだろう。
というのも、
「目先が変われば、今まで見えていなかったところが見えてきて、逆に隠したいところを隠すことができる」
というものだ。
ただ、相手の目線がどこにあるのかということを把握しないと、難しい立場になってしまうということで、難しいことではあるだろう。
だから余計に、
「自然な成り行きというものを示さないと、せっかくの計画が水泡に帰してしまう」
と言えるのではないだろうか?
そんなことを考えているところに、今回の事件が起こった。状況としてはこうであった。
昼の2時頃のことであった。城址公園にある、下の御門から出てきたところというのは、言わずと知れた、内濠が広がっている。
そこに架かっている橋を渡って、国道に出たところを、内濠に沿って少し歩いている男がいたという。
その男は、歩きながら危なっかしそうにしていたので、しかも、今の伝染病が蔓延している時期で、足元が及ばずフラフラと歩いている状態であるから、歩いている人も必要以上に避けて歩くため、よくその男のことを覚えてもいるし、通り過ぎた後でも、目で追うという人もいたくらいだった。
その男は、千鳥足で進んでいたが、急に道路に倒れこんだ。
歩いている姿はいかにも、
「酔っ払い」
の様相を呈していたので、誰も声をかけるのが忍びなかったし、関わるのを嫌がって、分かってはいるが、なるべき気づかないふりをして通り過ぎていくのだった。
その光景は、さぞや重苦しい光景であっただろうか。ぶっ倒れた男は、そのうちに痙攣をおこすようになり、さすがに歩行者の一人が、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けて、自分一人ではどうすることもできないことが分かっているので、まわりを凝視した。
だが、皆すぐに目を背け、そそくさと今まで以上のスピードで走り去る。助けようと思った人は、
「なんて皆こんなに薄情なんだ」
と思いながらも、どうすることもできないでいたのだ。
分かってはいたことであるが、今までの自分もそうだっただけに、周りに文句が言える立場でもない、
「こうなったら、俺が一人でもしっかりするしかない」
ということで、とりあえず、救急車と警察の手配をしたのだった。
F署で三浦刑事が受けた通報は、まさにこの通報からだったので、三浦刑事はその場に向かったところで、
「救急車が患者をすでに運び去っているかも知れないな」
と思いながらの出動であった。
実際に現場に行ってみると、
「三浦刑事」
と声を掛けてきたのは、以前、交番勤務の時に世話になった、先輩巡査部長であった。
その人は、
「俺なんか、ずっと巡査でいいんですよ。刑事課に何か行きたくない」
というのを、ずっと言っていたのだ。
彼には、音楽の趣味があり、
「市民の最前線で、最低限の平和が守れて、好きな音楽をやりながら、過ごしていければそれでいいんですよ」
と言っていたのを思い出した。
久しぶりに会ったその先輩は、輝いているように見えた。それは、
「それだけ俺が刑事課に行ったことで、以前の輝きをなくしてしまったのではないだろうか?」
ということに思えて、
「警察なんて、面白くもない」
と、いきなり一瞬だけ感じることを思い出したのだ。
普段は、その一瞬のことは記憶にもないと思って、思い出すこともないのだが、今回思い出したというのは、どういうことなのかと考えてしまうのだった。
今回の出動において、
「久しぶりに先輩に会えてうれしい」
という気持ちもあるのだが、それ以上に、
「何だこの感覚は?」
と思ったことが、先輩に会えたことにあるのだと思うと、複雑な気分になるのだった。
「苦しみだしたという人はどうしたんだ?」
と今までは警護だったことも忘れて、自分の立場が上であることを無意識に表に出していた。
本人は、それを無意識にやっていたが、
「相手がどう思うだろう?」
と感じたところで、ふと立ち止まりたくなる衝動にかられたのだった。
実際にその男が目の前にいないと思っただけで、急にゾッとするような悪寒を感じた。
そんなことを考えていると、
「救急車で運ばれていきました。病院は、県立記念病院です」
という。
ちなみに、彼が、
「県立」
とわざわざいったのは、この県には、記念病院というのが2つあるのだ。
これも、言わずと知れば、
「県立と市立」
である。
美術館、博物館などは、県立、市立の両方が存在しているが、記念病院まで2つあるというのは、実に、
「F県らしい」
と言えるのではないだろうか?
F県というところは実にややこしいところであり、隣の、S県からも、
「F県の行政は難しいんだろうな?」
と思われている。
ちなみに、S県の県庁所在地と、F県の県庁所在地は隣接している。
元々はその間に、町があり、そこが、隣接を妨げていたのだが、いわゆる、
「平成の市町村合併」
において、町が、S県の県庁所在地と合併したことで、
「県庁所在地の隣接」
ということになったのだ。
平成の市町村合併までは、今まで日本では1か所しかなかったのに、平成お市町村合併では、3つ存在することになったのだった。
それは予断であったが、
「じゃあ、県立病院に行く前に、状況だけ説明してもらおうか?」
ということで、
「私も通行人から聞いた」
という、前述の話をしたのだった。
通行人は、一応、死人ではないので、第一発見者というようなものではないが、
「有力な目撃者」
ということで、警察に説明をしたのだが、
「下手をすれば、何度か説明しなおさなければいけない時もあるのかな?」
と思ったが。
「その時まで、果たして記憶できているだろうか?」
と、彼は考えるであろう、
三浦刑事は、その男に会って、少し話を聴いてみることにした。
男は、
「また同じことをいうんですか?」
といって怪訝な顔になったが、しょうがないと諦めて、もう一度三浦刑事に事の顛末を話して聞かせた。
そこでは、真新しいことは聞けなかったのだが、
「ああ、そうだ」
といって、その男が急に眼を輝かせるかのようにして話し出したのは、
「今回の事件に直接関係があるかどうか分かりませんがね」
という前置きをして話始めた。
先ほどまでの、あくまでも、事務的な話し方とは違い、声にもそれなりに抑揚があることで、
「彼は少なからず、興奮しているのだろうか?」
ということを感じたのだったが、
作品名:タバコと毒と記憶喪失 作家名:森本晃次