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一毒二役

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 もちろん、城を昇っていく途中において、足場を不安定にしておけば、正面だけに気を取られるわけにはいかず、足元にも気を付けなければいけないのであれば、相手が足元を注意している間に正面から、鉄砲や矢で攻撃すれば、ひとたまりもないというものだ。
 さらに、段も不規則に、そして、道も蛇行させて作っておけば、天守までが最長不倒距離となって、兵に襲い掛かってくるというものである。
 それが、今の時代の観光客にも影響し、結構、
「城を見るのも、疲れるものだ」
 と感じさせるものなのだろう。
 寺や神社は、基本的に攻撃されることはあまり考えなくてもいいが、城はそうもいかない。
「戦うための、要塞」
 というのが、城なのだ。
 だから、頑丈にも作ってある。
 今の近代建築でも、築50年というと、老朽化で、取り壊しの対象になるのだろうが、今から500年近くも経っている、当時の土木技術の城が、現存しているのだから、何とも信じられない思いだといってもいいのではないだろうか?
 さて、そんな城を回ってきた時、三浦刑事は、信じられない光景を見たのである。
「ここは城だぞ」
 と叫びたくなるものであり、そのような行動は、その場所が城であろうがなかろうが、他の場所でもありえることではないのだった。
 最初の観光客を背中で見送る形で、その人たちが、角を曲がって、背中の視界から消えてしまったその時、今度はまた門の向こうから、観光客なのか、一人の少し若い男がやってきた。
 年齢的には、20代後半から、30代前半と言ったところであろうか、当時の三浦からすれば、少々年上で、今だったら、
「同年代くらいではないか?」
 と感じることだろう。
 その男は、スマホを見ながら歩いていた。
 今から、4年くらい前なので、当然、皆がスマホを持っていても不思議のない時代である。
 その男は、城の門にもたれかかる形で、スマホの画面に集中していたが、次の瞬間、目を疑う信じられない光景が、飛び込んできたのだった。
 男はおもむろに、ポケットから、小さな箱のようなものを取り出した。それが何かはすぐに分かった。
 男は、その箱を軽く振るようにして、中から少し太い白い棒状のようなものを取り出した。
 そして、胸ポケットから、別の小さな手のひらサイズのものを手にして、最初に取り出した白い棒状のものを口にくわえて、手のひらサイズのものに、口ごと近づけていった。
「シュッ」
 という、摩擦音が聞こえてきたと思うと、もうその時点で男が何をしているのかなど、一目瞭然だといってもいい。
 そう、その男は、何と、タバコに火をつけて、吸い始めたのだ。
 当時は、まだ、
「受動喫煙防止法」
 なるものは発令されていないので、そこまで我慢する必要はないはずだった。資料館には喫煙室というものが備え付けられているので、別にそこまで我慢すればいいだけのことだったはずだ。
「それすら我慢できないというのか?」
 と思うと、
「そんなやつが、最初からタバコなんか吸わなければいいんだ」
 と思うのも、無理のないことであろう。
 さすがにこれは、
「勧善懲悪」
 の人間でなくとも、これが、許される行為ではないことくらいは、容易に分かることであろう。
 いろいろ不思議に感じることもあった。
「自分が、そばで見ているのに、隠れようとか、見えないように、後ろを向こうという様子もないし、逃げ出す様子もない」
 ということは、自分が悪いことをしているという意識がまったくないということになるのだろう。
 その時、
「証拠になる」
 と思って、三浦は写メを撮った。
 普通なら、肖像権云々の問題があるので、文句を言われても仕方のないことであるが、相手は、文句をいっても、やっていることが、
「言い訳のできない大罪」
 ということなので、こちらに文句を言える立場ではないだろう。
 ただし、それも、
「自分が悪いことをしている」
 という意識があってのことである。
 悪びれもなくタバコに火をつけ、こちらに人がいるのを分かっているのだから、逃げもしないということは、自分が悪いことをしているという意識がないのだろう。
「だったら肖像権について、自分の権利を主張してもいいはずだ。それを言えないということは、時分が悪いことをしているという自覚がある」
 ということだ。
 これが一番の矛盾であり、常識人としては、理解に苦しむところであった。
 そんな世の中において、
「非常識な男には、矛盾が付きまとうおのだ」
 ということを、三浦刑事は、身に染みて感じるようになった。
 その時の写真は、最初こそ、勧善懲悪の気持ちが強く、
「警察に届けるのが一番だ」
 と思っていたが、
「警察というところが、何か起きないと、絶対に動かないところだ」
 ということを分かっているので、
「わざわざ、イラっとくるような行動を取るのはやめておこう」
 と感じた。
 自分で、自分の首を絞めるようなもので、せっかく警察に入って、勧善懲悪を実践しようと思っている気持ちを台無しにしてしまいそうで、それだけはよしたかったのだった。
 そこで考えたのは、管轄である、F市にある、
「経済観光文化局」
 というところが管轄しているということだったので、その旨を伝えて、証拠の写真も、提出してきた。
 ただ、ここが本当に何かの行動を起こしてくれるかということは分からない。
 何といっても、写真を提出したのは、ただの学生であり、趣味の範囲で散策中に見かけただけのことだったのだ。
 一応、口では、
「通報ありがとうございます。こちらでも調査し、善処します」
 ということであったが、
「実際に何を調査するのか?」
 あるいは、
「善処って一体何なのか?」
 ということが分からないだけに、何とも言えないことであろう。
 それでも、
「自分の気持ちが一件落着」
 とでもいえばいいのか、
「いいことをした」
 という、
「一日一善」
 という感覚での自己満足に浸るしかないだろう。
 それから、数年が経ったが、本当に市の文化局が、ちゃんと対応してくれているのかどうか分からない。
 ただ一つ気になるところは、実はその門というのは、今から20年くらい前に、不審火で燃えているのだ。
「もし、もう一度火がついて、燃えてしまったら、もう二度と再建されることはないだろう」
 と感じることであった。
 なぜなら、
「天守の再建は、資料が少なすぎるので、断念する」
 ということを決定した市なのだ。
 いくら重要文化財とはいえ、何度も燃やされる建物に、そう何度も市の金を使って、再建することはしないだろう。
 もちろん、
「うちの企業が、いくらか融資をします」
 というところがいくつかでも出てくれば、市の方としても、
「いや、再建をしないという意見が多い」
 ということで、むげに突っぱねるようなことはできないに違いない。
 そういう意味で、もし、門が燃えてしまっていたら、さらに、再建に金を出してくれるような企業が現れなければ、
「焼失済み」
 ということで、
「城址」
 という中に組み込まれるに違いない。
作品名:一毒二役 作家名:森本晃次