一毒二役
「新しい踏切を増やしてはいけない」
という法律があり、鉄道関係では、
「上を通す高架という形を作るか」
あるいは、
「穴を掘って、線路の下をくぐらせるか?」
という二つに一つしかなかったのだ。
自治体は自治体で努力をしているのに、N鉄道は、
「金があるのだから、できるはずだ」
という状態でも、足踏みをしていたのは、
「F市に金を出させるためのあからさまなやり方だ」
という説もあったが、ほとんどの県民は、
「当たらずとも遠からじ」
ということで、それが、形として見えている、
「真実だ」
といってもいいだろう。
そんな中において、やっと最近高架として日の目を見たのだったが、計画の話を市民が認知するようになって、どれくらいの期間が経っているのだろう?
実際に、
「定年間近」
といっている年齢の人が、
「学生の頃からそんな話があったよ」
といっているわけなので、
「30年くらい前」
という生易しいものではなかっただろう。
つまりは、
「時代はまだ、昭和だった」
ということである。
この時代というと、国鉄が民営化され、JRという企業が発足した時だった。
この時、ほとんどの車両が、国鉄から入れ替わった。
もちろん、残ったものもあったが、すぐに退役するという形を余儀なくされたのだろう。
この期間というのは、その時作られた、当時でいうところの、
「新型車両:
が、今の時代において、すでに老朽化し、列車の遅れの原因を作っている時代なのである。
それだけひどいものか分かるというもので、いわゆる、
「四半世紀」
と言われる時代は、80歳まで生きるとして、どれほどの割合かということを考えると、
「どれほどカメのようなのろさを兼ね備えた時代だったか」
ということであった。
実際に、
「開かずの踏切」
というものに悩まされてきた人たちにとって、
「もう慣れたから、どっちでもいい」
と何度も言わせてきて、それこそ本当に、
「自治体の努力のおかげで、今はだいぶ渋滞も緩和されてきた」
と思っているところへ、高架を通しても、
「もう、どっちでもいい」
と本気で思われるという、ブサイクなやり方は、N鉄の企業として、市民や県民のことをまったく考えていないということが浮き彫りにされ、
「しょせん、金儲けだけで駆け引きをするような会社だ」
と、どんなに大きな企業であっても、思われてしまうと、
「それは、命取りでしかない」
と言われることであろう。
そんなF城や、N鉄が取り巻いている、F市であったが、最近、一人の男が、この城の内堀に近いところで、
「不審なものが浮いている」
というのが、警察に通報された。
実際にいってみると、
「あれ、死体じゃないか?」
ということになり、警官だけではどうしようもなく、刑事と鑑識がやってきて、
「引き揚げ作業」
が行われた。
実際に、警察が探ってみると、
「そこに浮いていたのは、水に顔をつけるようにして、背中を上に向けて、漂っていた死体」
だったのだ。
警察は、その人物を引き上げて、鑑識にその状況を見てもらうと、
「解剖しないと分かりませんが、死因は毒ですね。死亡推定時刻は、死体の硬直状態から言って、昨夜の1〜2時くらいではないかと思われます」
ということであった。
「ということは、今が午前九時なので、8時間くらいが経過しているということでしょうか?」
と刑事が聴くので、
「はい、ほぼそれくらいではないかと思います。今は秋という時期でもあり、水面がそんなに冷たくなっているわけでもないので、あまり誤差はないと思われます」
ということであった。
「なるほど、問題は自殺なのか、他殺なのかということですが」
というと、
「それも何とも言えませんね。毒の種類にも寄るでしょうが、毒を煽って、水に入り、苦しまずに一気に死にたいと思う人もいないとは限らないですからね」
と鑑識がいうと、
「切腹においての介錯のようなものだということでしょうか?」
「そうですね、その通りです」
といって、先輩と思しき刑事が部下に、第一発見者に話を聴いてみようか?
ということで、鑑識さんには、さらに捜査を依頼し、第一発見者に話を聴いてみることにした。
その時、先輩刑事は、もう一人の刑事に、
「それにしても、よく死体を発見できたと思うんだお」
と言った。
それを聴いて怪訝そうな表情になった後輩は、
「どういうことでしょうか?」
と訊ねた。
「いやいや、君はおかしいと思わないかね?」
「ん?」
「よく見てごらん、ここのお濠には、これだけたくさんの水草が浮いているんだよ」
といって、濠を指さした。
そこには水草というには大きすぎるくらいのものが、所せましと浮いている。
後輩刑事も、
「どこかで見たような」
と思ってみていると、そこに浮いている草が、
「蓮のようではないか」
と気づいたのだった。
「なるほど、これでは、死体が簡単に発見されたことに、疑問を抱くのは分かるというものだ。蓮の葉が邪魔になって、よほど、最初から濠に何かが浮いているという意識があるか、あるいは、濠をいつも意識しているかのどちらか出ない限り、簡単に発見できるものではない」
と思うからだった。
その様子を見た先輩刑事も、
「どうやら、分かったようだね」
と声をかけた。
死体の正体
先輩刑事は、桜井警部補、後輩は、三浦刑事と言った。
二人は死体の第一発見者のところに行き話を聴く。
「通報していただいたのは、あなたですか?」
と、言われたのは、その場にいた、初老の男性であった。
「はい、私です」
と腰を曲げるような大げさなしぐさを見せて、
「腰の低いおじさん」
という雰囲気を醸し出していた。
「どのようにして発見されたんですか? その経緯をお話いただければ」
ということで、話を聴いてみることにした。
「私は、前から、このあたりを毎朝散歩するのが日課なんですよ。それで、今日もいつもの時間に城の内濠を外周のようにして散歩してきたんです」
というと、桜井警部補が、
「いつもは、どこから始めるんですか?」
と言われて、
「私の家は、この先にある、市立美術館から少し曲がったところにあるですが、その近くの多門櫓を見ながら、まず北方向にいって、ここに最初に出てくるんです。そこの門と櫓がセットになったようなところがあるでしょう? そこが最初の目的地になるんですよ」
という。
「じゃあ、あなたがお宅を出られてから、ここまでは、徒歩で、20分くらいところでしょうか?」
と聞かれた、第一発見者は、
「ええ、そうですね、それくらいになると思います」
と答えた。
「いつもお宅を出る時間というのは?」
「大体5時くらいでしょうか? 今日は少し出てくる時に戸惑ったので、10分くらいは遅れたかも知れませんね」
ということであった。
「ということは、ここを通りかかるのは、5時半くらいということですね?」
ということを聞くと、
「ええ、そうですね」