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二人二役

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 ただ、それがm年齢を重ねていくうちに、
「昨日食べたものすら思い出せなくなる」
 という感覚に陥る。
 ただ、それは、トラウマにおける感覚とは違って、
「大人になると、毎日のルーティンが決まってくるので、毎日同じことをしていると、それが今日のことなのかすら混乱して分からなくなってくるのだ」
 ということである。
 逆にそれだけ、毎日意識をしなくとも、リズムでやっているものであり、
「あれ? 今日やったかな?」
 と思い立ったとしても、たいていの場合、
「やってるわよ」
 と言われるに違いないのだ。
 それを考えると、今はそれだけ、恐怖がトラウマとして残ることも少なくなったのかも知れないということであった。
 だが、毎日のように、警察で仕事をしていると、トラウマに陥りそうな事件が、ひっきりなしである、しかも、事件が佳境に入ってくると、
「自分の、ルーティンを守ってなどいられなくなる」
 というほどに、事件が白熱してくる。
 それなのに、それでも、毎日をルーティンで繰り返しているように思うのは、それだけ、自分の毎日の生活が、マンネリ化しているということだろう。
 しかし、実際にはそんな毎日ではないはずだ。そう思うのだとすれば、感覚をマヒさせるだけの、
「もう一人の自分」
 が潜んでいるに違いない。
 もちろん、同じ性格、同じ考えの、まるで、ドッペルゲンガーのような自分がいるというわけではない。逆にまったく違った性格であったり、行動パターンを思いつきそうな性格の違う自分でなければいけない。
 そう、それこそ、
「ジキル博士とハイド氏」
 のような、一つの身体に、二つの性格が宿るという感じである。
 こうなると、探偵小説などでよく使われている、
「一人二役などというものではなく、二人一役と言えるのではないだろうか?」
 ということであった。
 つまり、まわりからは、一人の人間にしか見えない。だが、実際には、その人間から精神分離が起こり、それによって、性格だけではなく、容姿や風体まで変わってしまった、
「もう一人の自分」
 が出現することになる。
 まわりの人は、まさか同一人物だとは思わない。しかし、演じているのは、まったく同じ人物なのだ。
「果たして、ジキル博士とハイド氏は同じ人間なのだろうか?」
 ということを考えてしまうが、同じ人間であることは証明されている。
 なぜなら、
「ジキル博士が自分を葬ると、一緒にハイド氏も死んでしまった」
 ということになる。
 ということは、
「誰かが、ハイド氏を葬ったとすれば、そこに現れるのは、薬が切れた、ジキル博士だった」
 と言えるだろう。
 ハイド氏の死は、ジキル博士の死でもあるからだった。

                 大団円

 今回の事件において、一つの問題は、
「白骨死体が誰であるか?」
 ということであった。
 この死体を調べている間、白骨死体が発見された場所の立ち入り禁止状態が解けるまで、数日かかったが、その間に、片手間であったが、捜査は難航していた。それにより、警察は、聞き込みも行っていたが、有力な手掛かりはなかった。
 だが、立ち入り禁止が解かれて、数日後くらいであろうか? 今度は別の白骨死体がその近くから発見された。
 今回は発見されたというよりも、どうもわざと発見させるかのように見えたのだった。
 それは、まるで、
「前の白骨死体がここで発見さえたことで、今回、この場所が一番安全な隠し場所であるのではないか?」
 ということを感じさせるものだったのだ。
 それは、前の白骨死体と埋めた時と同じだった。
 そもそも、城址公園というものは、新たな発掘計画であったり、修復工事でもなければ、ここを掘り返したりはしない。一般人は、勝手に触ってはいけない場所で、その場所を分かって埋蔵するということは、そこには、
「犯罪性がある」
 と考えるのは当たり前のことだ。
 となると、埋められていた白骨死体は、
「犯人がいて、その人を殺したうえでの死体の処置」
 ということなのか、
「死体を発見し、その処置に困った」
 ということなのかと思えるのだ。
 しかし、後者であれば、自分が殺したわけでもなければ、何も隠す必要もない。ただ、警察に疑われるのを恐れているということであれば、その死体と発見者とでは、のっぴきならない関係なのかも知れないということになると、
「ここで、警察に自分から名乗るわけにもいかない」
 ということにあるだろう。
 もし、ミステリーが好きな人であれば、警察のことだから、
「第一発見者を疑え」
 ということになり、自分との関係がすぐにバレると、当然、容疑者の筆頭になるのは無理もないことであろう。
 そうなってしまっては、簡単に警察に訴え出ることもできない。
 そう思うと、この事件において、
「死体を埋めた人間と埋まっている人間の間に、何らかの深い関係があったのは間違いないだろう」
 ということであった、
 ただ、それも、被害者を特定することで分かってくるのだろうが、ちょうと、その時、科捜研の方から、新たな発見があったようだ。
「あの白骨ですが、少し妙なんですよ」
 というのだ。
「どういうことですか?」
 と聞くと。
「どうも、アルコールに一定期間、浸かっていたような気がするんです。そして、その後どこかに埋められた。しかも、その土の成分は、城址公園のものとは違うんです」
 というではないか。
「どういうことだ? 今の話からいけば、白骨死体は最初どこかに埋められていたわけではなく、別の場所で、ホルマリン漬けにでもなっていたものを一度、あの現場以外のところに埋められ、さらに城址候えに埋められたということか?」
 と桜井警部補が聞くと、
「ええ、そうです。どういう目的かまでは分かりませんが、この行動は不可思議としか思えませんが、一つの仮説として、何かの実験でもしていたということではないかと思えるんですよ」
 というではないか?
「何かの実験か」
 と、桜井はつぶやくと、少し考え込んでしまった。
 確かに科捜研の見立ては間違っていないだろう。犯人と思しき人間のこの行動は、科捜研の科学捜査によってもたらされたものだが、そのことは、犯人にとって、計算のうちだったのだろうか?
 ひょっとすると、警察の捜査がそこまで科学的には不可能だと思っていたとすれば、犯人は頭が固いという意味で、
「結構年配なのかも知れない」
 と思った。
 しかし。年配と言っても、いくつくらいからなのかということも難しい。
 ただ、まったく逆のことも考えられる。
 犯人がまだ、二十歳前後の人だということになると、分からなくもない点がある。
 確かに、ある意味完全犯罪に近いのだろうが、もし、見誤っていたとすれば、
「歴史の観点から、見ることができなかった」
 ということではないだろうか?
 というよりも、
「昔の人間を舐めている」
 とでもいえるのではないか。
 つまり、
「城を作る時代の古い人たちには、地質学的な知識はない」
 という無意識に感じていることだ。
 先ほど、科捜研の人が言ったように、
「城址公園の土と違う成分のところに、埋められていた」
作品名:二人二役 作家名:森本晃次