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二人二役

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 どうやら出口刑事にも分かってるようで、実際に、男が見ているのは、城址公園の方だということに間違いはないようだ。
「それにしても、なんで、あの位置からなんでしょうね?」
 と出口刑事は言ったが、
「確かに、そうだ。城址公園を撮影するなら、もっと近くの方がいいからな」
 というと、
「野球を撮っていると思わせるために、わざとあの位置にしたんでしょうか?」
 と、出口刑事は言ったが、
「うむ」
 といって、黙って桜井警部補は頭を下げたのだった。
 桜井警部補は、その男に何となく見覚えがあるような気がした。
 マスクをしてはいるが、今のご時世では、当たり前のことであり、何も怪しいところがあるわけでもない。ただ気になったのは、季節は9月に入った頃なのに、冬用のハーフコートを着ている。
 もちろん、映像を見る限りでは、そこに怪しさは感じないが、その場にいれば、明らかに怪しいということは分かるだろう。
「何かを隠そうとでもしているんだろうか?」
 と思われたが、隠しているその感じはなかったのだ。
 ただ、男は自分が撮られていることに気づかないほど、何かに集中しているようだった。だが、男は気づいていないのではなく、
「自分が撮られることに関しては、一切気にしていないということだろうか?」
 とも思えたのだ。
 どちらが正しいのかということは分かるはずもなく、その雰囲気を見ていると、
「なぜ、そう思うのか?」
 ということを考えてみたが、一つの仮想が、桜井警部補の中に浮かんできたのである。
「この男、撮られることに慣れているのではないだろうか?」
 ということであった。
「自分が撮ることも当然あるのだが、撮られることも必然としてあるのではないか?」
 という思いであった。
「桜井警部補はどう思われますか? この男」
 と、映像を食い入るように見ている桜井警部補に、わざと出口刑事は聞いた。
 集中している人間に、いきなり聞くのは、相手を脅かすことになるので、普段はしないが、桜井警部補に限っては違っていた。
「俺は、集中しすぎると、たまに自分の世界に入って出られなくなることがあるから、たまに危ないと思ったら、声をかけてくれ」
 と言われていたのだ。
 その言葉を思い出したのだろう。出口刑事はこのタイミングで声をかけてみることにしたのだ。
「うーん、何とも言えないが、怪しいのは間違いないようだな」
 と、桜井警部補は言った。
「私は、この男が何にこんなに集中しているのかが気になるんですけどね?」
 と出口刑事が言ったのを聞いて、
「いや、それはそうなんだが、私には、この男が、カメラでこちらから撮られていることは分かっているように思うんだ。分かっていてそれを無視したかのような雰囲気を、どう考えればいいのか、そこが分からなくてね」
 と言った。
「それにしても、私はこの男、どこかで見たことがあるような気がするんですよ」
 というのを聞いて桜井警部補はビクッと反応した。
「君もかい。私もなんだ。だが、それが誰なのかすぐには思い出せないんだよ」
 というと、
「二人して見たことがあるということは、二人の共通の仕事である警察に関係があるということか? 犯人? 被害者? それとも、協力者?」
 といろいろ思い浮かべてみたが、思い出せそうで思い出せないところに、不思議な感覚を抱いていた。
「きっと、出口刑事も同じなんだろう?」
 と思うと、出口刑事も自分に対して、同じことを感じているかのように思えてならなかったのだ。
「ところで、出口君。この映像はよく見つかったね。君が野球チームを見て、録画しているかも知れないと思ったのかい?」
 と聞かれたが、
「ええ、まあそれもあるかも知れませんが、それよりも、私に声をかけてくる人がいたんですよ。その人が、ここで野球をしている人がいて、いつもカメラを回しているので、何かを撮っているかも知れないと教えてくれたんですよ」
 という。
「それは誰だったんだろうね。というよりも、君は今回の死体が発見されたということを話してから、情報を得ていたわけではないんだろう?」
 と聞かれた出口刑事は、
「もちろんですよ。事故か殺人か分からず、死体が誰なのかということを今調べているくらいですからね。いきなり、聴くようなことはしませんよ」
 と、出口刑事は言った。
 確かにそうである。殺人なのか、事故なのかもわかっていない。ただ、埋められていたということで、死体遺棄以上であることには間違いないだろう。そのために、死体の身元を今探っているわけである。
 だからと言って、身元調査ばかりが優先してしまい、犯人が目の前にいるのも分からずに、下手に、知りえた情報であったり、逆に、
「警察は何も分かっていない」
 ということを知られるということは、警察、しかも捜査一課としては、これほどブサイクなことはないだろう。
 それを思うと、
「出口刑事の行動は、警察官として当たり前のことであるが、褒められるべきことにも思えてきた」
 と桜井警部補は思っていた。
 最近は、コンプライアンスなどが厳しいということもあり、警察としても、そのあたり、どうしても、消極的になりがちだが、
「厳しくいかないといけないことは、昔と変わっていない」
 ということで、余計に、捜査も難しくなってきたということに相違ないであろう。
 そのビデオは、ノーカットで見ると、かなりの時間がかかるということで、最初は1時間分を見ることにした。
 そして、ちょうどその一時間が終わろうとしているところに、思わず、出口刑事が声を挙げた。
「あっ、この男」
 といって、思わずスクリーンに向かって指をさしたのだった。
「どうしたんだい? この男知っているのか?」
 と聞かれると、
「いえ、どこの誰なのかは分かりませんが、この男、以前近くで火事があったんですが、その時の容疑者に似ているんですよ」
 と出口刑事は言った。
 桜井警部補にも覚えがあった。
「先週だったか、商店街の奥で、付け火と思われる出火があった時のことかな?」
 というので、
「ええ、そうです。あの時に、野次馬に混ざって、こんな雰囲気の男がいたんですよ。なぜ覚えていたのかというと、他の人は皆スマホを構えていたのに、この男だけ、ホームビデオのようなものを持っていたんですよ。考えてみれば、あまりにも偶然としても、都合よく火事が発生するとは思えませんからね」
 と出口刑事は言った。
 それを聞いた桜井警部補も、
「ああ、そうだな」
 と言ったが、あの火事の時のことはハッキリと覚えていて、
「確かに、この男いたような気がするな」
 というのであった。
 ただ、あの時は、市民の危険がないように取り締まるのが一番の優先順位であったので、事情聴取などする暇はなかった。
 しかも、火事は折からの風によって煽られるように広がっていったので、犯人捜しところではなかったのだ。
 少し落ち着いてあたりを見渡すと、もうその男はいなくなっていた。
「しまった。あっという間にいなくなったのか?
 と思っていたので、その後の捜査で、この人物のことが話題となり、探してみたが、結局分からなかった。
作品名:二人二役 作家名:森本晃次