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二人二役

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 しかし、男性アナウンサーにはそんな嫉妬があるわけではないので、それほど気になることではない。
 かといって、男性アナウンサーの中には、
「アイドルなんて、まったく違うジャンルの生き物だ」
 という、存在こそは認めても、自分の世界には存在しないということを。意識しているのであった。
「アイドルとアナウンサーの間には、決定的な結界が存在していることだろう」
 と考えていたに違いない。
 市長は、そこまで確認すると、執務に戻るために、市役所に戻っていった。桜井警部補も、部下の出口刑事を、付近の聞き込みに残し、自分は署に戻っていった。しかし、何しろ、殺人なのかもわからず、殺人であったとしても、いつのことなのかもハッキリしない中において、聞き込みを行うのは、まるで、砂漠で砂金を拾うようなものである。
 警察署に戻った桜井警部補は、門倉警部に報告を行ったが、目新しいものは何もなく、
「ただの状況説明」
 にしかならなかったのであった。
「桜井君はどう思う? この事件をこのまま放っておいてもいいと思うかね?」
 と門倉警部に聞かれたが、
「そうですね、今のところ何とも言えませんね、科捜研なりで何か進展があって、被害者の身元が割れなければ何とも言えませんからね。ただ、白骨死体が誰なのか? ということだけはハッキリさせる必要はあると思います。通常業務を行いながら、時々気にかけておこうとは思っています」
 というと、
「そうだな、とりあえずは、桜井君に任せてみようか?
 と言われ、
「分かりました。できるだけ、時間を割きたいと思います」
 といった。
 門倉警部も、本来であれば、
「そんなに事件性のないものなら、そんなに気にする必要はない」
 というのであろうが、桜井警部補の様子を見る限り、どこかおかしいのは一目瞭然、そのため、桜井警部補に、適当なことはいえないと思ったのだ。
 そもそも、桜井刑事は、実直なところがあり、勧善懲悪とまではいかないが、今のままでは、簡単にそのままにしておけないという思いがあったのか、その証拠が、出口刑事を聞き込みに残したことだった。
 何かが気になっているから残したのであって、事件性がないと思えば、いちいち残すようなことはしないだろう。
 そう思っていると、出口刑事から、新たな情報がもたらされた。
「ハッキリとは分かりませんが、一年くらい前から、このあたりで、カメラを持った男性が、ウロウロしていた時期があったというのです。そして、その人を急に見なくなったということを近所の子供から聞きこんできました」
 ということであった。
 そして、もう一つ気になる言葉としては、
「その子が、近所の河原で野球をやっているんですよ。それを監督がいつも、ビデオチェックのために、録画しているらしいんですが、その中に、カメラで撮っている人を抑えた画像があるらしいんですが、それが残っていたんです」
 と、出口刑事が興奮気味に話をすると、
「そっか、それはありがたい」
「監督とすれば、子供たちの安全を考えて、何かあったらいけないということで、怪しい人物をカメラに収めていたということですが、それをお借りしたので、持って帰ります」
 ということであった。
 それを聞いた門倉警部は、
「子供たちの安全を考えてということは、どれだけ、怪しかったということなんだろうね?」
 と言われて、
「そういうことだと思います」
 と言った。
 N城の近くには、川が流れていて、中洲になっていると言ったが、その少し先で、さらに合流して、大きな川になって、海に流れ込んでいるのだった。
 そのため、河川敷は広くなっていて、野球のグラウンドや、ゴルフまでできるだけの河川敷が築かれていた。
 城址公園に近いというのも、無理もないことであり、公園からまっすぐに降りてきたところに野球場があることから、
「怪しい人物が、今回の事件にかかわりがないとは言えないだろうな」
 ということで、とりあえず、ビデオを借りてくることにした。
 出口刑事が戻ってくると、手には、マイクロチップのようなものが持たれていた。
「さっそく確認してみますか?」
 ということを出口刑事がいうと、
「よし」
 と桜井警部補が言ったので、急いで、ビデオ再生の準備に掛かった。
 かなりの時間の録画のようだったが、ある程度、男が分かる時間は確認してのことだったので、戻ってきてすぐに、マイクロチップを装填したのだった。

                 死体の身元

 監督さんから大体の時間は聞いていた。
 本当であれば、一週間以上前の映像は、選手の決定的瞬間でもない限りは、ほとんど消しているとのことだったが、この時は、
「何が映っているのか分からない」
 ということもあって、映像をノーカットで残していたようだった。
 まさか、1年以上も経ってから警察に聞かれるとは思ってもいなかったといっていたので、本当に取っておいてよかったと思っているのだろう。
「その男が出てくる1分くらい前から映してみよう」
 と、桜井警部補は言った。
 映像には、音声は入っておらず、完全な無音だった。静かな部屋で、空調の音だけが響いているので、やけに湿気を感じるのは、映像を見る緊張感からの、熱気のせいだったのかも知れない。
 映像に移っているのは、何もない土手の風景だった。そのうちに、一人の男がホームビデオのようなものを持って、まわりの光景を映していた。その様子は、何か決まった被写体があるというわけではなく、あたり全体を、まるで360度。パノラマ撮影でもしているかのようだった。
 ただ、映している男の姿が見えるだけで、その様子はハッキリと分かるものではない。
「一体誰を撮っているのだろう?」
 と思いながら見ていると、どうもその様子は、特定のものや人を映しているわけではないようだ。
 あたり全体を見渡すようにして映っている光景がどういうものなのか、本当はそっちの方が気になるところだった。
 肝心の男はというと、
「中肉中背で、眼鏡をかけている、年齢的には中年くらいであろうか」
 その様子は普通にみれば、どこにでもいるおじさんという感じであるが、怪しいと思うと、徹底的に怪しく見えるタイプにも感じる。
 と、桜井は感じていた。
 ただ、お世辞にも女にもてるという雰囲気ではないので、一歩間違えると、
「ストーカーなのではないだろうか?」
 と思えた。
 しかし、ストーカーであれば、まわりを満遍なく撮影することはしないだろう。そのターゲットに的を絞るはずだ。
 それよりもこの男、自分が撮影しているのに、自分が撮られているということを意識していないようだ。
 確かに、自分の姿を人が撮っているなどと、思わないに違いない。
 えてして、
「自分が企んでいることを、相手にされるということはなかなか思いつかないものだ」
 と言えるのではないだろうか。
 ただ、よく見て行けば一つの特徴があるような気がした。
「満遍なく撮っているように見えるが、その焦点は、一点に決まっているかのように感じる」
 ということであった。
 そして、その方向をよく見ると、
「これって、城址公園の方向?」
 と、出口刑事が声を挙げた。
作品名:二人二役 作家名:森本晃次