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二人二役

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「そうですね。死んだ人間を特定しない限り、この人が被害者なのかどうかも分からない。犯人自体が、とにかくこれを殺人事件ということにしたくないと考えているのであれば、この時点では、犯人の勝ちになってしまうでしょうね」
 と、桜井警部補は言った。
 桜井警部補は、事件のことはそれ以上何も分かっていないだけに、少し話を変えた。
「ここの城址公園というのは、天守の再建や、さらなる整備というのはしないんですか?」
 と聞かれた市長は、
「今のところ、大きな計画はありませんが、天守閣の再建に関しては、検討委員会が設置されていて、時々会議が行われています」
 というと、
「でも、この市は、F城の方が有名で、あちらの方が天守の再建としては、優先順位が高いのでは?」
 と言われると、
「確かにそうなんですあが、F城の方は、現存資料に乏しく、以前は再建案もあって、検討委員会が発足したんですが、専門家の意見として、再建するまでには、及ばないという結論から断念したんですよ。でも、最近になって、N城の方から、資料が見つかったり、別の県の資料の中から、N城を攻めた際の城攻略の資料が出てきて、そちらの信憑性はあると判断しました。どちらの資料も共通点が多かったからですね」
 と市長がいうと、
「なるほど、そういうことなんですね。じゃあ、もし、今回のことが事件であり、殺人か、死体遺棄事件だったとすれば、少なくとも、犯人は、ここが再開発されるということを知らなかった可能性が高いですね」
 と警部補がいうと、
「そうかも知れませんが、今刑事さんが言ったように、白骨化してしまうと、身元の判別が極端に難しくなるということから、犯人にとっては、今発見されることは、それほど、困ったことではないんじゃないでしょうか?」
 ということであった。
「そうだね。もし、身元が分かったとしても、証拠になるものを発見したり、ましてや、犯人の特定など難しいだろうね。指紋の問題。防犯カメラ、ドライブレコーダーと、絶えず更新が掛かっているものは残っていない可能性が高いからね」
 と警部補が話した。
「じゃあ、考え方として。白骨が見つかることに関しては、自分の身は安全だから、別に問題ではないと思っているということなのだろうか?」
 と市長がいうと、
「そういうことなのかも知れないね。逆に見つからないと困るという場合もある。そして、白骨が見つかるだけではなく、その身元まで分かるくらいのことは、犯人には想定済みで、逆に身元が分からないと困るということなのかも知れない」
「どういうことですか?」
「例えば、遺産相続であったり、保険金の受取であったりね。ただ、その場合は、遺産を相続する人間、保険金を受け取る人間に容疑は不可あるだろうおけどね」
 と警部補がいうと、
「でも、1年も2年も経過していれば、犯人のとっては、関係ないというほど、安全圏だと思っているでしょうね。容疑は限りなくクロでも、物的証拠が何も出てこないとすると、それも、考えられないことではない」
 と市長が言った。
「でも、死体が発見された以上、我々は捜査をしないといけないでしょう。今のところは、他殺の可能性が高いということで、後は何も分かってはいないからですね。これもある程度、犯人の計算通りなのかも知れないな」
 と警部補がいうと、
「そうですよね。これが事件だということになると、犯人は、相当に頭のいい人で、最初からうまく計算された犯罪に思えますよね?」
 と市長は、自分の考えを示した。
「そうだといえるだろうね。まずは、何か一つでもハッキリしたことが分からないと、警察も動けないんですよ。とりあえずは、事件と事故の両面で捜査することになるでしょうからね」
 ということであった。
「私も、協力できることは、何でもしていこうと思っていますので、いろいろ聞きたいことがあれば聞いてくださいね」
 と市長がいうと、
「ところで、市長さんは、前はアナウンサーをされたいた、平松さんですよね?」
 と警部補が聞くと、
「ええ、そうですが」
 というと、警部補の顔は一瞬曇った。
 それが何を意味するのか、市長には分からなかったが、桜井警部補は、平松市長の噂話をいくつか聞いたことがあり、そのほとんどが、
「悪しきウワサ」
 だということもあり、思わず怪訝な表情になったのだ。
 かといって、それを相手に悟らせてはいけないと思い。表情と感情が入り混じり、まるで奥歯に何かが引っかかったような複雑な表情になったのだった。
 桜井警部補の聞いた市長の悪しきウワサの出どころは、ほとんどが、奥さんから聞かされたことだった。
 元々桜井警部補の奥さんは、アナウンサー時代から、平松のファンだったという。
 専業主婦をしていた平松の奥さんは、昼間の情報番組、夕方のニュース番組と、平松アナの出演する番組はチェックしていた。
 毎日のように見ていたのだが、そのうちに、市長に立候補するということで、テレビを挙げての市長選の応援に、どこか、急に冷めた気がしたのだった。
「平松アナは、そんなに必要以上なことをしなくても、普通に当選するのに」
 という思いが強かったからだ。
 確かに平松アナの人気は、当時からすごかった。当時は警部補もまだ刑事の時代。ある意味、仕事にばかり気を遣っていたので、奥さんはおざなりになってしまっていたのだが、奥さんとすれば、その心の隙間を埋めてくれた一つの材料が、
「平松アナの存在だった」
 といってもいいだろう、
 他の主婦からも人気があったこともあって、奥さんとしても、少し気が気ではないとことがあったが、その思いが、
「旦那がかまってくれなくても寂しくはない」
 と思えるようになったのは、
「不幸中の幸いだ」
 といってもいいだろう。
 平松アナが主婦の絶大な人気を持っているということは、ウワサでは知っていたが、ずっと桜井は、自分の奥さんが、平松アナに嵌ってしまっているということに気づいていなかったのだ。
「それだけ、仕事ばかりに神経が集中していた」
 ということなのだろうが、
 本人の桜井は、自分がそこまで家族をないがしろにしているという意識はなかった。
 そういう意味で、刑事時代に、家族に気を遣うことなく、その実力を発揮できたというのは、
「平松アナの存在が大きかった」
 といっても過言ではないだろう。
 平松アナという人間の存在は知っていたが、そんなに主婦の間で人気があるということも、まさか、市長に立候補することになるなど、想像もしていなかった。
 しかし、奥さんには分かっていた。
「平松アナは、この後、もっともっと上を目指す人なんだろうな」
 という思いはあった。
 それが市長だとまでは思っていなかったのかも知れないが、だからこそ、平松アナが、
「私は今度の市長選に立候補します」
 と発表した時、別に驚くこともなかった。
 ただ、奥さんの中で、微妙な寂しさがあったのも事実だ。
 特に、昼下がりから、夕方の番組に多く出演していた平松アナだったので、今までは、
「賑やかな、喧騒とした時間に、平松アナの顔を見ている」
 という印象があったのだが、市長選への出馬を表明したことで、
「何か遠くなったような気がする」
作品名:二人二役 作家名:森本晃次