二人二役
「N城天守の復興」
ということが、言われるようになったのは、
「F県には、いろいろ城が残っていて、実際に、県庁所在地であるF市と双璧であり、ライバル関係にあるK市には、立派に復元した天守があるのに、どうしてF市には、天守の城がないのか?」
という話が静かに持ち上がってきたからだった。
前からくすぶっている話であり、一部の人が声を挙げているだけだったのだが、その声が次第に大きくなってきたというのが、本音なのだろうが、この声も、もし、一気に噴出していたのであれば、ある意味、少し持ちこたえれば、すぐに鎮静化することだと思われた。
しかし、実際にじわじわと盛り上がってきたので、その火が消えることはない。要するに、
「熱しやすいものは冷めやすいが、徐々に燃えてきたものを鎮火させるのは、時間と労力がかかる」
というものである。
しかも、その労力を下手に使って、強引にしようとすると、火傷の被害を免れることはできないだろう。
被害を覚悟で労力を使うのであれば、
「とりあえず、一歩先に進むことで、火が回ってくることはないので、そこで新たに考えればいい」
というのが、市長の考えだった。
この市長は、アナウンサー時代から、悪知恵は働くようになっていた。もちろん、
「秘書の力」
というものが強いというのも当たり前のことで、この二人の二人三脚は、
「この市長の長期政権を支えている」
といっても過言ではない。
本当であれば、秘書が市長になったとしても、立派にできるだろうと、平松は思っていたが、当の本人は、
「私は平松市長の下で働くから、私の力が発揮されているんです。だから、あくまでも、影に徹するというのが、私の信条なんですよ」
といっていた。
平松は、秘書に用意してもらった車に乗り込むと、
「何時までに帰ってくればいいんだ?」
と聞いて、
「午後六時に記者会見があるので、五時半には、庁舎に戻る必要があります」
と言われ、時計を見ると、午後二時半くらいだった。
「相手が警察ということもあるので、最初にそのことは言っておいた方がいいな。どちらにしても、そんなに時間がないということになるな」
というと、
「ええ、そういうことになります。今回のことは、あくまでも、警察の質問に答えるだけで、自分のご意見があっても、必要以上のことは言わない方がいいですね」
と秘書は言った。
「何、発見されたのは白骨だということなので、身元もすぐに分かるわけもない、そんな状態で、何が言えるというんだ?」
ということであった。
秘書はそこまでいうと、走らせていた車がN城址公園に到着した。管理運営の建物に近づいてみると、その少し先に、
「立ち入り禁止」
の札が建てられ、中に入れないように、紐が引かれていたのだ。
城址公園には、相変わらず、散歩している人、ジョギングをする人と、いかにも、
「市民の憩いの公園」
という様相を呈していたが、見る限りは普段と変わりない様子に、市長も秘書も安堵していた。
「せっかくの公園なんだから、これでないといけないわな」
と言いながら、管理事務所の建物に入っていった。
管理事務所の建物は、公園の入り口付近にあって、別に公園自体は、どこも無料で見れるので、夜も閉め切っているわけではなかった。
とはいえ、城としての体裁を残す、お濠であったり、石垣、小さいながらもいくつかの櫓は残っているようだった。
もっとも、それらがあるから、
「城址公園」
ということで、他の市民公園とは、一線を画していて、管理事務所には、住み込みで管理人が常駐できるようになっていた。
今の管理人も住み込みのようで、ちょうど、昨今の、
「世界的なパンデミック」
による、経済の停滞で、リストラされてしまった人だったので、彼としては、住み込みの方がよかったのだった。
同じようにリストラに掛かった人は他にも結構いた。
地元の中小企業では、ちょっとしたことで、先ゆかなくなるのは分かっていたことだが、不況や、自然災害ではしょうがないといえるのかも知れないが、今回の、
「世界的なパンデミック」
を、ただの自然災害だといってもいいのだろうか?
というのも、自然災害というと、
「地震、カミナリ、家事、おやじ」
と言われるもので、最期のおやじというのは、
「読んで字のごとく」
というような、父親という意味ではない。
ただ、これは、
「諸説ある」
ということで、当時の日本の家が、
「父親の絶対的な権力を握っている」
ということでの、
「怖さの象徴」
だということで、そのまま、解釈することもできるだろう。
しかし、自然災害で一番忘れてはいけないもので、下手をすれば命の危険にさらされるものとして、
「台風」
というものがある。
台風というものを。
「大山嵐」
と書いて、おおやまじ、さらに、
「大風」
と書いて、おおやじと読ませる場合があるという。ここでいう、
「おおやじ」
がなまって、おやじになったのではないかという説があるが、これが本来の意味ではないかと思われる。
確かに、ユーモアという意味ではいいのかも知れないが、地震でもカミナリでも、火事でも、実際に起きてしまえば、笑い事ではない。必ず、少なからずの犠牲者は出るというものだ。
そういう意味で、
「死人が出るようなことに、はたしてユーモアなどを混ぜてもいいのだろうか?」
と言えるだろう。
そんなことをすると、
「シャレにならない」
といってもいい。
今回の、
「世界的なパンデミック」
を本当に自然災害といってもいいのだろうか?
というのが、
「伝染病の対策には、まず何をおいても、水際対策が急先鋒だ」
と言われるように、一歩間違えれば、国内で大流行してしまうということだ。
当時のソーリは、世界でパンデミックが起こっていて、どこの国も入国制限をしていたにも関わらず、隣国の国家主席に対して忖度し、国賓として迎えようとしていたのだ。
しかも、その国家主席というのが、
「このパンデミックを引き起こした都市のある国の首席」
ではないか。
もし、その国は起源ではないとしても、その疑いのある国の主席に忖度するとはどういうことか?
最終的には中止になったが、問題は、
「ソーリが国民の安全を無視して、外交のために、水際対策をおざなりにしようとしたことにある」
というものである。
そのくせ、
「全国一律に、公立の小中学校に、学校閉鎖を指示する」
ということを、他の閣僚に根回しもせずに、勝手に決めたのだ。
閣僚とすれば、
「いきなり言われても、こっちは寝耳に水ですからね。現場は混乱しているし、我々もその対応で、大混乱ですよ」
と、各省庁も、
「やれやれ」
と言った感じで、ソーリに対して、一定の不満をそれぞれに持っていたようだ。
つまり、最初からパンデミックに対しての対応は、政府としては、実にブサイクなものだったのだ。
城の管理をしているのは、奥川という男だったが、彼が市長を出迎えに来ていた。
「ご苦労様」
といって、奥川をねぎらったが、当たりを見渡した平松は、
「あれ? 刑事さんは?」
と聞くと、