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一人勝ち

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 そんな時代に、戒厳令というものは発令されたのだ。
 ただ、戒厳令というのは、あくまでも、
「有事の際」
 に発令されるものである。
 しかし、日本国においては、憲法第9条において、兵力を保持せず、放棄する。そして、専守防衛に限ってのみ、抗うことができるというような趣旨の憲法になっているので、九品的に、
「日本に有事は存在しない」
 ということになっているのだ。
 しかし、軍事クーデターや、暴動のようなものはないのかも知れないが、
「未曽有の災害」
 は存在するだろう。
 かといって、暴動であったり、クーデターのようなものは、日本でもいくらか発生している。それでも、憲法がある以上、
「戒厳令」
 というものはないのだった。
 暴動というのであれば、戦後すぐくらいの、
「日米安保問題」
 における、学生運動などは、あれこそ、暴動だったのではないだろうか?
 学生と警官隊との攻防が続いたのは、もはや、それを知っている世代がほぼほぼいなくなっていることで説明も難しいだろう。
 では、クーデターはどうだろうか?
 さすがに軍事クーデターなるものは今のところ存在はしていないが、それを、
「クーデターではなく、テロ」
 だということにすれば、今から20数年前に起こった、いわゆる、
「地下鉄サリン事件」
 などは、完全に、
「毒ガステロ」
 だったといえるのではないだろうか・
 暴動というところまでは起こらず、警察や救急隊員が何とか収めたが、しかし、犯人グループであるとされた、某カルト宗教集団に、強制捜査が入ったとしても、なかなか証拠をつかむことができずにいたのも、もどかしい思いで見ていた人もいるだろう。
 逮捕し、そこから20年経ったところで、実行犯である全員の死刑が執行され、完全に、
「過去の事件」
 ということになってしまったが、これも、風化させてはいけないことであった。
 もっとも、それから、テロ防止の法律ができたのはよかったのだろうが、現在の日本の体制において、本当にそれで十分なのかどうか、難しいところであろう。
 では、災害においてはどうだろう?
 記憶に残っていて、トラウマになるほどの忘れられない災害というと、皆が皆口を揃えていうとすれば、
「平成に起こった大きな地震」
 つまりは、
「阪神大震災」
「東日本大震災」
 ということになるだろう。
 東日本の震災に関しては、10年経った今でも、テレビ番組で特集されたり、ドラマが作られたりとして、意識の中に残っている。
 阪神大震災は、すでに四半世紀経っていることで、記憶として残っている人は、一定の年齢以上の人ということになるだろう。
 何しろ、衝撃的な映像が信じられないような状況だったのだ。
「国道の高架が、落っこちて、下の鉄道の線路を塞いでいる。ビルの途中の階が潰されて、少し傾いている。ある商店街一体が、火事で数日燃え続けている」
 などと言う光景をいくつも見せられた。
 ただ、何が衝撃的といって、
「高速道路を支える支柱が折れてしまい、高速道路が完全に横倒しになっている光景」
 であった。
 あの光景を見て、
「まるで、この世の地獄だ」
 と思った人も多いだろう。
 しかも、その場所が、人口密集地の住宅街である、阪神間だったことは、衝撃以外の何者でもなかった。
「阪神間というと、災害がほとんどない、住みやすいところだ」
 という伝説のようなものがあったのに、そんなところで、関東大震災に匹敵する。いやそれ以上の大地震が起こったということで、衝撃だった。
 そして、そのそれ以上という部分で、設計家の想像をはるかに超えた耐震強度が求められるということを知ったが、後の祭りだったのだ。
 ほとんどが、想定以上だったことで、ほとんどの建築物が崩壊してしまった。それが悲劇であったのだろう。
 さらに、東日本大震災においては、
「地震もさることながら、津波の恐怖があった」
 ということである。
 今まで、日本は、地震が起こっても、臨時ニュースなどで、
「今回の地震で、津波の心配はありません」
 ということで、ほぼほぼ、気にすることはなかったのだが、地震が大きくなると、今度は津波がもろに襲ってくる。
 阪神大震災における震源地は、幸いなことにというべきか、目の前には四国があり、紀伊半島があった、そのおかげで、瀬戸内という、
「内海」
 になっていることで、津波が発生しなかったのだろうが、東北地方は、目の前にあるのは、大きく開けた太平洋だったのだ。
 防ぐものは何もない。その状態で津波が発生すれば、一気に襲ってきた津波を、避けることは不可能だ。
 できるだけ高台に避難するしかなく、それもほぼ無理であった。
 そのため被害は広がった。特にひどかったのが、
「原発事故」
 というものも発生し、しかも、それが
「人災だった」
 ということが大きかったのだ。
 しかも、当時の政府は、それまでの政府から初めて変わった野党が、与党の腐敗した政治の間隙をつく形で、政権を取ったはいいが、野党の間の威勢のいい言葉というのが、
「口だけだった」
 ということが露呈していた。
 政策をいろいろ出してはいたが、そのどれもが、ひどいもので、ほとんど、公約すら果たせないということで、完全に、
「国民の期待を裏切った」
 という形になり、とどめにこの地震の対応が、
「住民に寄り添って対処しなければいけないのに、被災者から少し政府に対して文句をいう人がいると、何とそれに対して逆ギレするという、とんでもない議員がいたりしたくらいだった」
 しかも、その議員は現地で、被災者と直接やりあっているのである。
 完全に、
「国民すべての人を、敵に回した」
 と言ってもいいだろう。
 しかも、それが引き金の一つとなり、一期で、また政権が元与党に戻ってしまった。
 確かに、
「あの政党よりマシだろう」
 といって、野党にやらせてみたが、そのまさかが起こりひどい政権だったことで、
「どんなにひどい政権でも、与党の方が経験があるだけマシなのか?」
 ということになり、それ以降、野党は、完全に底辺を蠢いているに過ぎない存在になった。
 だからこそ、政権与党はやりたい放題。
 野党も批判はするが、もう国三は、
「どうせ口だけだ」
 ということが分かっているので、野党に賛同もしない。
 だから、世論は、政府を批判したり、支持率を少し下げながらも、何とか生命線を維持し、国民も、
「もう絶対に野党に政権を渡してはいけない」
 ということが政治の最優先課題になってしまったのだ。
 今の日本のこのひどい政府を作り、そしてそれをのさばらせている原因の主要な一つが、この、
「野党のだらしなさである」
 ということに他ならないのだろう。
 さて、そんな世の中であったが、それでも、日本は、
「日本国憲法を守り、戦争放棄国家として君臨してきたが、どうにも世界情勢がそれを許さない状況にもなってきた」
 と言えるだろう。
 まわりでは、日本の領土を脅かすかのように、恫喝してくる存在の国もあったり、平気でミサイルを実験と称して、ぶっぱなすところもある。
 そんな問題が日本には、出てきたのだ。
 さらに、ここ数年の、
作品名:一人勝ち 作家名:森本晃次