タマゴが先か……
というように接してきたのが、景虎にとっての帰蝶であり、景勝にとっての、光秀だったのだ。
帰蝶は、最初こそ分からなかったが、途中から、
「何かおかしい」
ということが分かったのだ。
それは、まず、何かがおかしいということが分かり、その理由が徐々に分かってきたのだった。そこが、光秀との違いで、光秀の方は、
「この人、まさか?」
という思いから、その態度がおかしいことに気づいたのだ。
つまり、景勝が、
「巧妙な手口を使って、自分を欺いている」
と思った。
しかも、それが明らかに、
「相手を騙している」
という風に見えたことで、元々が、
「この人には誠実さがあり、そこが、この人の魅力なんだわ」
と思っていたことで、逆にいえば、
「誠実さがなければ、ただの男よりも劣る」
と思っていただけに、もう信用はできないし、
「この男に裏切られた
そして、
「プライドをズタズタにされた」
と感じるのだった。
そういう意味で、帰蝶のように昔から知っているわけではないので、余計に潰しは効かない。
「何でこんな男とつき合おうなんて思ったのかしら、やっていることはあからさまだし、そのくせ、さらに騙そうとしているところは、完全に裏切られたようなものだわ」
と感じたのだろう。
付き合っていた時期が短かったというのも、一つの理由になっているのだろうし、それよりも、人によって、コロコロ態度を変えるところが嫌いだった
光秀の中では、
「卑怯なコウモリ」
という発想はなかった。
どちらかというと、八方美人で、むしろ、悪いいみではなかったような気がするのだ。
「ちょっと、まわりにいい印象を与えようとしているだけ」
という印象だったが、世渡りという意味で、平気で相手によって、その態度を変えることが、この景勝という男の問題点だと思っていた。
しかも、景勝は、見た目が実直に見えるのだった。
まさに、
「誰の前でも笑顔を見せたり、笑ったりしたことがなかった」
といわれる、上杉景勝そのもので、そんな景勝の実直さを、光秀は好きだったのだ。
「この人にはウソはない。人を裏切ることはしない」
ということで、光秀自身、潔癖症だと思っているので、そこは気が合うと思っていた。
自分の潔癖症は悪いことではないと思っていたが、自分以外の人の潔癖症は、少しハードルが高いものだと思うようになったのだった。
帰蝶の方は、逆に景虎の性格が分かっていて、分かっているだけに、
「私は、きっと、景虎とはあまり長く付き合うことはないような気がする」
と思っていたが、それは決して時間のムダだとは思わなかった。
逆に、光秀の方は、時間を返してほしいと思う程、好きだった相手との時間を大切に考えていたということであり、そのあたりが、二人の女性で、まったく考え方が違っていたのだ。
だから、帰蝶は景虎から、
「卑怯なコウモリ」
を演じられても嫌な気はしなかった。
「そういえば、この人、確かにこういう性格だったわね」
と思うだけのことだったのだ。
光秀は、怒りの矛先を一番持っているのは、景虎だった。
「景虎と、面識があるのか?」
と鹿之助に聞かれ、
「いいえ、ないわ。それでも、今回私が、景勝に捨てられた原因を作ったのは、景虎なのよ」
と光秀はいう。
「どういうことなんだい? 君と景勝との関係では、君が景勝を捨てたことになっているけど?」
と鹿之助がいうと、
「ええ、そうね、表向きはね? でも、そうでもしないと私のプライドが許さなかったのよ」
と光秀がいうので、
「どうしてだい。理由は?」
「……」
光秀は黙りこんでしまった。
「そうなんだよ。自分が捨てたことにしないと、捨てた方は、必ずその理由を追及される。そこでいう言わないは、本人の自由なんだろうけど、毎回のように聞かれるということで、メンタルの崩壊になりかねないのではないかい?」
と、鹿之助に聞かれ、まだ、光秀は黙っていると、
「そっか、それでも、仕方のないということか。だから、自分をこんな立場に追い込んだ景勝が憎いということか。だけど、それと景虎はどういう関係なんだい?」
というと、今度は、光秀は、下を向いて、ブルブル震えている。
これは、潔癖症である光秀が、そのことを意識してのことなのかは分からないが、抑えようとしても、抑えることができないように見えることで、鹿之助は、何かを悟った気がした。
「それで、こんなゲームをこしらえたわけだな。でも、よく、あの三人が参加してくることが分かったな?」
と言われて、
「どうせ、あの三人にしか、この内容は公開されないようにしたんだよ。私は景勝のパソコンに入り込んで、リモート操作を相手にわからないようにできるだけのスキルがあるからね」
という。
鹿之助も、趣味の範疇とはいいながら、中学の頃から、パソコン関係の知識には、かなりのものが光秀にはあったことを知っていたので、
「これくらいのことならするだろう」
という思いはあったのだ。
ゲームの開発も、どうやら、開発業者の人と共同で開発したようだ。今の時代は、ゲーム制作くらいは、業者の人と一緒にできるという、ゲーム会社の営業政策があったようだ。
特に、元々ゲーム開発の会社から、引き抜きがあったくらいに、光秀の知識は深く、扇子もいいということであった。
光秀としては、ゲームを使って、二人が、
「卑怯なコウモリ」
であることを示すため、
「孤独な人間をあぶり出す」
という架空のゲームを作り、最終的に、景虎を孤独として指名するつもりだった。
それにより、帰蝶にプレッシャーをかけるつもりだったのだ。
そもそも、今回の光秀が負わされた、
「心の傷」
というものは、帰蝶の存在なくして起こりえることではなかったのだ。
「あの帰蝶がしっかり、景虎を見てくれていれば、私はこんな思いをしなかった。へたに、彼女が景虎とくっついて、しかも、それが軽い気持ちだったので、すぐに景虎を見限った。だけど、それは帰蝶の本能だったのかも知れないわ」
というのだ。
「どういうことなんだい?」
と鹿之助がいうと、
「彼女は私と一緒なのよ。ずっと一緒に育ってきた相手だけに、危険な領域、入り込んではいけないという領域には、決して踏み込まない。見たくないものを見ないようにするという気持ちは、きっと強いのね」
と光秀は言った。
「それは、君も持っているということか?」
という鹿之助に対し、恥じらいを感じながら、それでも、しっかりと鹿之助の目を見ながら、覚悟を決めたかのように、迷いのない表情で、
「うん」
と頷いたのを見た鹿之助は、
「よし、この俺が、味方になってやる」
と決めたのだ。
そして、ゲームが始まって、最期には目論見どおり、景虎が、
「一番孤独な人物」
ということになった。
帰蝶のショックは計り知れなかったが、帰蝶は帰蝶で、その時に腹を括ったようだった。
「もう、この二人に関わり合いになることはやめよう」
という思いであった。
「景虎と景勝は、もう私の知っている二人ではない」
と感じた。
最初はそんなことはなかったはずなのに、一体どこでそんな気持ちになったのか?