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双子

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 かなり兄のことを考えていたような気がするので、すでに、一時間くらいは経っているのではないかと思ったが、実際には五分も経っていなかった。
 なぜ、こんな、何もないところで、そんな時間まで、しかもハッキリと分かることができるのかというと、何とこの何もないと思われたこの部屋に、時計だけは存在していた。
 時計を見ていると、確かに五分くらいしか経っていない。
 だがそれよりも、
「どうして、ここに時計だけが存在しているのか?」
 ということが今度は気になっていた。
 その時計は、デジタル時計ではなく、昔からの、針のある、いわゆる、
「アナログ時計」
 であった。
 アナログ時計とデジタル時計の違いは、針を刻むことで、アナログ時計は、音がなるのだ。
 かっちりと寸分の狂いもなく刻まれているその音は、どこか、催眠効果があるようではないか。
 そんなことを考えていると、次第に時計の針の音だけが響いているように感じ、そのわずらわしさが、頂点に達したかと思うと、耳から消えていたような気がする。
「モスキート音?」
 というものを反射的に感じたが、すぐに、
「そんなことはない」
 と感じた。
 モスキート音というのは、
「ある年齢に達した時に感じる、高周波の音である」
 ということなので、
「自分がそのある年齢にはほど遠いこと」
 あるいは、
「時計の音が、高周波ではない」
 ということを考え合わせれば、モスキート音ではないことは、明らかなことだった。
 それでも、モスキート音にこだわるということは、考えがいったん限界近くまで行ったので、一周まわってきたかのような感覚になったのであろう。
 そんなことを考えていると、
「まさか、時限爆弾ということはないだろうな?」
 と感じた。
 こんなところで時限爆弾が爆発したら、どうなるというのだ?
 とも思ったが、考えてみれば、
「こんなところ」
 と言っても、ここがどこだか分からない。表が見えるわけでもなければ、他の部屋がどうなっているのかも分からない。
 そもそも、まわりに他の部屋があるのかどうかも分からない。自分がいる部屋が、地下室のようなところになっていて、表から見えなければ、時限爆弾が爆発しても、別に怪しむ人もいないような、山奥だったり、立ち入り禁止の場所だったりすれば、助からないどころか、自分が殺されたことすら、分からないことだろう。
「今頃、俺の家では、この俺がいなくなったことを知って探しているんだろうな?」
 と思った。
 しかし、よくよく考えてみると、なぜ自分がここで監禁されているのかということがまったく覚えていない。誰かに拉致されたという意識もないし、攫われる恐怖を感じたわけでもなかった。
 それを思うと、何がどうしてこうなったのか、意識がないということは、
「何かクロロフォルムのような薬品で、気を失ったのかも知れない」
 とも思ったが。逆にもしそうであれば、臭いくらいは、意識の中に残っていそうなのに、それもないのだった。
 意識が前後不覚になることはあっても、その原因になるようなことが、記憶のどこかに残るだろう。
 しかも、トラウマになりそうなくらいに深いものではないかと思うのだが、それがまったくないということは、自分の中で、何がどうなっているのか、正直分からないのであった。
 そんな時、思い出したのが、
「小学生の時の、友達の行方不明事件」
 であった。
 その事件は、小学三年生の時だったような気がする。
 都会ではそんなことはないのだろうが、田舎に行ってのことだった。
 あの頃は、夏になれば、旅行に行くのが恒例だったが、実は、毎年旅行にはいくが、二人を一緒に連れて行くということは決して親はしなかった。
 喧嘩が絶えず、
「旅行先で、トラブルを起こされてしまうと、どうしようもなくなる」
 というようなことがあったわけではなかったのだが、なぜか。母親は、隔年で自分たちを旅行に連れていってくれる。
 兄の忠直の場合は、なるべく遠くで、行った先も範囲を広げて楽しむというようなことをしていた。
 だから、期間も一週間くらいのもので、翌日には違う土地に行っていたのだ。
 しかし、忠直の場合はまったく正反対で、出かける場所は、近場に限られていて、行った先では、そんなにたくさん動き回るわけではない。
 兄の場合は、観光が目的だが、忠次は違った。
「現地の人間と仲良くなって、交流を深める」
 というようなことをしたかった。
 だから、そんなに飛び回るようなことをせず、ペンションのようなところを、一定期間レンタルし、そこを起点としていたのである。
 だから、
「田舎の別荘に、避暑にやってきた」
 と言ってもいいだろう。
 しかも、以前は身体が弱く、あまり遠くはきついと思われていただけに、
「近場の避暑地で静養する」
 ということが、一番よかったのだ。
 実際に、現地で友達もたくさんでき、忠次も皆に対して、決して優越感を表に出すことはしなかった。
「優越感がないのか?」
 と言われれば難しいところであるが、仲間意識をまわりが持ってくれるというのは、嬉しい限りだったのだ。
 元々、昔から、
「避暑地の街」
 ということで、都会から、夏になると、別荘に避暑にやってくる人が多く、人口は肥大したものだった、
 街の方も賑やかなのは、ありがたいということで、結構、人流に関しては、そんなに嫌がっているわけではなかった。
 しかし、人が増えれば、おかしな連中が出てくるというのも無理もないことで、
「俺たちの街を荒らす連中は許せない」
 という、名目上は、
「街の治安を守る」
 ということを目的とした団体が立ち上がったりした。
 自治体の方も、彼らの行動は、
「街を憂いてのこと」
 ということで、嫌な顔はするが、大っぴらに否定することもできない。
 案の定、街にやってきた、中にはいるだろう、心無い連中と、騒ぎを起こすことはしょっちゅうだった。
 それを街の方も恐れていたのだ。
 街を守りたいという連中も、
「自治体が味方になってくれる」
 という思いがあるからこそ、このような行動ができるのだ。
 何といっても、相手はよそ者。田舎では、昔からいる土地の人間を贔屓するのは当たり前だと思っている連中からすれば、団体に味方をしないというのは、おかしいということだろう。
 こんな状態に、歴史が好きな人だったら、
「義和団の乱」
 を思い出すことだろう。
 アヘン戦争をきっかけとして、植民地時代を代表するかのように、欧米列強に、いいように蝕まれた祖国を助けるということで、
「扶清滅洋」
 をスローガンとして、清国のかわりに、欧米列強と戦おうという集団であった。
 最初は、当時の権力者である、
「西太后」
 が、義和団の勢いに則って、暴挙ともいえる、
「多国籍軍」
 である九か国に、宣戦布告するということをしたために、あっという間に、北京を占用された。
 一国でさえも、相手にして負けてきたのに、一気に九か国などと、何を考えてのことだったのか、占領された北京から、命からがら逃げだすという無様な姿を見せることで、その数年後、自身の死を境に、清国は滅亡することになる。
作品名:双子 作家名:森本晃次