パンデミック禍での犯罪
「普通にあったと思いますよ。でも、あの人は大人だったというか、相手に気を遣わせない会話ができる人だったので、そういう意味で、私も気楽に話せました。だから、もし、あの人が何かストレスの発散のようなことを言ったとしても、聴いている方に、そうとは思わせないものがあったと思っていますね」
というのであった。
「ということであれば、鮫島さんは、校長先生以外とも、結構会話をされる方だったんでしょうか?」
と刑事が聞くと、
「それは分かりませんね。ほとんど目立たなくて、意識してだと思うんですが、どこか影に徹しているところがあるような感じがするんです。だから、鮫島さんとは話をしていても、暗い雰囲気になることはなかったんですが、だからと言って、明るかったかというとそうでもなかったですね、声を出して笑うとかいうような会話になったことはなかったと記憶しています」
と校長がいうので、
「じゃあ、その中に家族の話題はなかったと?」
「ええ、ありませんでした。見ていても、家族と縁があるようには見えませんでしたからね。家族がいたりして、そちらにいるのであれば、何も住み込みにする必要などありませんからね。通いで十分なんですからね。それに、あの人は結構いろいろなことを知っていた。とても用務員をするような人には見えなかったんですよ。これは教職に携わるものの勘のようなものなんですが、どこか、あの人は、先生っぽさがあったんですよ。昔、教師でもしていたのではないかと、私は勝手に想像を膨らませていましたね」
という校長の話を、
「うんうん」
と頷きながら聴いていた刑事だったが、老人で用務員をしているような人は、皆何か、人に言えないものを持っているような気がしてならなかったのだ。
そんな老人が、殺されたのだ。
「そうだ、殺人というのは間違いなあいんでしょうね?」
といまさらではあったが、校長が訊ねた。
「ええ、それは間違いありません。峰を抉られているようですし、何よりも、土の中に埋まっていましたからね」
と刑事がいう。
「業者の人が掘り起こしたんでしょうか?」
と聞くと、
「いや、犬が掘り起こしたものかも知れませんね。半分指のようなものが見えていたので、業者がビックリして掘り起こしたのだということでした」
「そうですか、業者の人には、このあたりも雑草を除去して、庭を手入れしなおしてくれるという依頼だったからですね。このご時世、どこの学校も、登校してくることもないので、庭が荒れ放題なんですよ。だから、我々も業者に依頼した時は、すでに2カ月待たされましたからね」
と校長は言った。
それを聞いて刑事は、
「ん? ということは、少し話が変わってきますね?」
と言い始めた。
校長が、
「どういうことですか?」
と聞くと、
「分かりませんか?」
と聞かれても、校長は頭を傾げるばかり。
「つまりですね。もし、その時遅延なく、ここで作業ができていたら、被害者の死体はことはなかったかも知れないですよね。きれいに整備されたところになっているからですね? でも、逆に荒れ放題のところであっても、いずれは、きれいにすることもあるだろうから、ここに埋めても、いずれは見つかるわけですよ。それを思うと、犯人は、見つかることはしょうがないとしても、早く見つかっては困る何かがあったのかも知れないですね」
と刑事が言った。
なるほど、確かに刑事のいう通りである。
ただ、ここで校長が感じているのは、この犯人の思惑だった。
「この犯人は、なぜ、ここに死体を隠したのだろう?」
もし、学校関係者であれば、校長である私の性格からして、ここの整備を依頼することは分かっていたはずだ。何しろ2か月前に依頼を掛けた時は、教員全員には、その旨を話しているからである。
だとすると、ここを整備する際に、死体が発見される可能性がないわけではない。何と言っても、学校という場所であって、本当の雑木林や山の中ではない。
「やっぱり、犯人にとって、死体が発見されることは、そんなに問題ではなかったということだろうか? 以外と刑事の言っていることも、的を得ているのかも知れないな」
と思ったのだった。
ただ、それでも、いつまで発見されなければ犯人にとってよかったというのだろう?
そもそも、今回のような、
「死後二カ月」
というほどの期間が、長いのか? 短いのか? 校長にとっては、まったく見当もつかないことだった。
ただ、一つ感じているのは、
「死体が発見されて、センセーショナルな話題となるのは、学校からの方だろうな」
ということであった。
誰も立ち入らないような山の中から、例えば、災害球の大雨などによって、地盤が緩み、山の斜面が崩れたりなんかして、その下から白骨死体が現れる。
というような話はたまに聞いたことがあるのだが、それは、完全に白骨化したものが多い。
何といっても、水でドロドロになったものだから、白骨のように白いものでないと目立たないだろう。
しかし、学校の裏庭ともなると、皆が注目する。しかも、場所が山の中のような公共の場所ではなく、学校という施設の土地の中である。
埋めるとしても、人の目が気になるところであるが、このご時世。当時は、学校閉鎖があった中でのことではないか、
「休業要請を受けた店が、よく空き巣に遭っているという話を、ニュースでよく話していて、それが社会問題になっているのと同じではないか?」
と校長は感じていた。
そんなことを校長が考えていると、
「一つ気になることがあるんですけどね」
と刑事が言った。
「何でしょう?」
と校長が興味深げに探るように刑事の顔を下から覗き込むような気持ちになっていた。
それを意識してなのか、刑事は少しもったえぶったかのようにして、
「このあたりに、防犯カメラというのはあるんですか?」
と聞かれて、
「ありますよ」
と答えた時、校長は、
「そうか、防犯カメラに何か映っているかも知れない。さすが刑事だ」
と思ったが、それは一瞬で、すぐに、そう思った自分が浅はかであったことに気づいた。
その様子を見て刑事も、校長の表情の変化を見ながら、なぜかニコニコとして、
「校長先生も気づきましたよね?」
と、刑事はいい。さらに続けた。
「今私が聞きたかったことを、校長先生はその表情で示してくれたんだって思っていますよ」
というではないか。
ということは、この答えを期待して、刑事は含ませたような質問をしたということであろうか?
それを思うと、
「さすが、刑事さんだ」
と、感心させられたのだった。
「いえね、私も最初、防犯カメラがあれば、何かが映っているかも知れないと思ったんですよ。でも、よくよく考えたら、防犯カメラというのは、四六時中と撮影しているものではないですか。だから、映像の記録が残っているとしても、一週間やそこらが、普通なんですよ。この死体は鑑識の人の話では、一か月近くは経っているということだったので、もうその記録は、普通ならとっくに消えていますよね?」
と刑事は言った。
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次