パンデミック禍での犯罪
といって、奥の方に連れていった。
その間に、もう一人の刑事が教頭を促すように、この場の野次馬を退散させるよう、指示していたのだ。
教頭の鶴の一声で、生徒たちは、一斉に教室に帰っていく。中には後ろ髪を引かれる気持ちだった人もいるだろう。
先ほど奇声を上げた女の子も、相当後ろ髪を引かれているようだった。
「ところで、先ほどの話なんですが」
と校長に聞くと、
「ああ、理由としてはよくあることなんですが、さすがに生徒たちの前では」
というのを聞くと、刑事も分かったかのような顔になったが、
「このご時世ですから、何といいますか」
と校長がまだ煮え切らないでいると、
「リストラということですね?」
と言われた。
校長もさすがにそこまで言われては、覚悟を決めるしかなく、
「ええ、そうです。学校側というよりも、理事長から、リストラ候補の提出を求められた時、まだ用務員のような仕事をする人がいるのかと言われまして、真っ先にリストラになったというわけです」
と校長がいうと、
「なるほど、そういうことですね。確かに、リストラ対象になるのも無理はないような気がしますね。鮫島さんというのは、長かったですか?」
と聞かれて、
「ええ、結構長かったと聞いています。私も転々としている立場ですので、実際にどれくらいだったのか分かりませんが、20年以上はいるものだと認識しています」
と言った。
「だとしたら、結構長くお勤めだったので、本人からの反発はなかったですか?」
と聞かれて、
「ショックではあったと思いますが。そんなに抗うようなことはありませんでした。円満退社というところまでは行きませんでしたが、学校側から、退職金はそれなりに弾んだのだと思います」
と、校長は、そう答えながら、
「この刑事、我々を疑っているな?」
と感じた。
となると、
「校長である自分だけではなく、近いうちに理事長のところにも行くことになるだろう」
と感じた。
理事長が何をいうか分からないが、校長は、理事長に警察の疑っているらしいことを忠告するつもりはなかった。
正直、ここの理事長の考え方に、賛成する気持ちになれないのも事実で、
「いずれ、こんな事件が起こるのではないか?」
と思っていたのだ。
だから、刑事に突き詰められた時、理事長の名前を惜しむことなく話したのだ。
「警察が調べればどうせ分かることだ。俺が、別に理事長に気を遣って。忖度なんかする必要はないんだ」
と考えていたのだった。
「ところで校長。退職はいつだったんですか?」
と聞かれて、
「確か、三か月くらい前だったと思います」
と答えた。
すると、刑事が、
「うーん」
と唸った。
驚いた校長は、
「どうしたんですか?」
と聞くと、
「いえね。それであれば、おかしくはないですか?」
と言い出し、校長が少し訝しがっていると、それには構わずに、話を続けた。
「鮫島さんは、この学校を三か月前に退職したわけですよね? だとすると、どうしてここで死体が発見されることになるんでしょう? 何か忘れ物があって、思い立って取りに来たなんてそんなうまい話しもあるわけはないですからね。ということは、誰かに呼び出されたか。誰かを呼び出したか。それも相手は、この学校の人ということになりますよね?」
というではないか。
「なるほど、その通りだ」
と思ったが、さすがに校長の立場で、しかも、まだ何も分かっていない今の状況で、
「学校の人間を疑う」
ということは、学校の代表者としてはできないことだった。
しかも、そんなことになれば、非常に厄介である。世間からは変な目で見られることになるのであるし、何よりも、校長である自分がジレンマに陥ることになってしまう。
そんなことになってほしくないわけなので、その願いも込めて、
「学校の人間を疑うというのは」
ということを考えて、それ以上、刑事に口を出す気にはなれなかった。
刑事も、そんな校長の気持ちを知ってか知らずか、職務としては、
「聞かなければいけないことは聞くしかない」
ということであり、ただ、
「必要以上に、相手を警戒させると、せっかくの証言を得ることができなくなってしまう」
と思い、聴く内容は、
「差しさわりのないこと」
にするしかなかったのだ。
とりあえずは、この刑事が校長に尋問している間、他の先生にも質問が及んでいることだろう。
さらに、鑑識が、死体の検分を行っていて、死体のあたりのものを、隙間を残すことなく調べているところであろう。
「それにしても、校長先生。誰も鮫島さんがいなくなったことで騒いでいないということは、すでに学校をやめた後にいなくなったということなんでしょうね?」
と言われて校長は、
「そうだと思います。そうでないと、我々も警察に相談に行ったりしますからね。でも、警察では、鮫島さんの捜索願でも出ていなかったですかね?」
と、逆に聞いてみた。
「それは、調べてみないと分かりませんね。もし、捜索願を出されていたとしても、そこに事件性などがなければ、基本警察では、優先順位は低いんですよ。普通の失踪であれば、わざわざ、捜索に動くということはないんですよ」
というのだった。
校長の方も、一般的な話として、それは知っていた。詳細な数字までは分からないが、年間どれくらいの失踪者、あるいは失踪届が出ていて、それが一日にどれくらいなのか、かなりの数であることは、何となく分かっている。それをすべて、漏れなく捜査していては、本当の事件で身動きが取れなかったりすると、大変だということになるのであろう。
それを考えると、刑事の言っていることに信憑性があり、それは仕方のないことだといえるだろう。
「ということは、鮫島さんが行方不明になっていて、捜索願は出ているが、実際に捜査できていなくて、結果、死体となって発見されたというわけですね?」
と校長がいうと、
「その可能性は高いということですね。ちなみに、校長先生は、亡くなった鮫島さんのご家族とは面識がありますか?」
と聞かれ、
「いいえ、まったく知らないですね。鮫島さんはここで仕事をしている時は、住み込みでしたから、家もないんだと思っていました。それを考えると、家族もおらず、一人暮らしをしていて、捜索願も出ていたかどうか、怪しいものだと思います」
と校長がいうと、
「じゃあ、鮫島さんの口から、家族のことを伺ったことはないんですね?」
「ええ、家族の話題になることはありませんでしたからね」
と答えた。
「校長は、鮫島さんとは親しかったんですか?」
「そうですね、どちらかというと親しかったと思います。あまり共通の話題があったわけではないのですが、私は鮫島さんと話をすると、気が楽になったというか、学校関係者の人に言えないようなストレスが溜まるようなものを、吐き出せる相手というか、そういう意味では気楽でした」
と、校長は答えた。
「じゃあ、鮫島さんの方から、校長にいろいろ打ち明けられたこととかは?」
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次