パンデミック禍での犯罪
「政府やマスゴミが煽ってくるが、そこまでひどい状況ではないのではないか?」
ということを感じ始めたのだ。
つまりは、台風などの時期によくある、
「くるくる詐欺」
というようなもので、
「今回の台風は、数十年に一度の大きな台風で」
という話であったり、
「かなり巨大で勢力の強い台風が直撃するので、未曽有の大災害になりかねない」
などと言って、マスゴミや気象庁が煽ったとしても、実際には逸れてしまったり、中には急激に勢力を落とし、来る前に熱帯低気圧に変わったことで、消滅するものも結構あったりした。
そんなことが何度かあると、
「マスゴミは、万全な対策をというが、どうせ、また台風は来やしないよ」
と皆、タカを括ることだろう。
これは、何かの現象に似ているのではないか?
そう、この状況は、
「オオカミ少年」
に似ているというものだ。
この、
「世界的なパンデミック」
にしても、
「政府やマスゴミがいくら煽っても、どうせ、人流を抑えたって、結局、収まるわけじゃないんだから、自分たちの好きにすればいいさ」
という輩が増えてきたのだ。
政府は、それをいいことに、そんな連中に忖度するというのか、補助金を出したくないという理由からなのか、行動制限を、感染者に関係なく、緩和しようというのだから、
「政府は国民を見殺しにしようとしている」
と思われても仕方のないことではないだろうか?
ただ、実際に、そんなことを言っていられないのが、医療の世界だった。
完全に、医療崩壊していた。
「自宅待機の数は9割を超えている」
という状況で、救急車を呼んだとしても、
「全部で払っている」
あるいは、繋がって乗ったはいいが、受け入れ病院が見つからず、そのまま死んでしまうなどという悲惨な状態が続いている。
今回の伝染病の特徴は、
「いきなり重症化する」
というところにあった。
しかも、波が襲ってくるたびに、毎回同じことを繰り返していれば、いい加減、嫌気が刺してくるというものではないか。
最初の頃は、
「医療従事者の方が大変だ」
ということで、皆医療従事者に敬意を表していて、だから、行動制限にもしっかりしたがっていたのだが、今のような、
「オオカミ少年」
というような状態においては、誰も従わない。
「医療従事者が大変だ」
ということは分かっていながらも、
「どうせ俺たちに何もできるはずなのないんだ」
ということで、
「見て見ぬふり」
を決め込んでいる。
それが日本国民の正体なのだ。他の国から見ると、
「日本人は律義で真面目」
と言われているかも知れないが、今は若い連中を中心に、結構、世の中をどうでもいいという風に感じる人が多くなってきた。
政府が、国民無視になったのは、
「このような国民が増えたからなのだろうか?」
それとも、
「国家が体たらくなので、国民が政府を信じなくなったせいで、こんな若者が増えたのだろうか?」
そんなことばかりを考えていると、
「まるで、
「タマゴが先か、ニワトリが先か」
という、禅問答を思い出す。
そういう意味で、国家と、国民というのは、この禅問答のように、
「どちらかが、タマゴで、どちらかが、ニワトリなのかも知れない」
と言えるだろう。
昔、漫才で、
「地下鉄って、どっから入れたでしょうね?」
というのがあったが、まるで、
「メビウスの輪」
を感じさせたのは、作者だけだろうか?
これもいわゆる、
「禅問答」
に近いものだといえるのではないだろうか?
そんな情けない状態の、戦犯の順位としては、
「マスコミ、陽動される国民、政府」
の順ではないかと言われていた。
「なるほど、確かに、陽動される国民がいるわけだから、その責任は、マスゴミにあるわけだよな」
というのが、1位をマスゴミにした理由だった。
そして、何よりも行動で悪いのは、陽動された国民である。つまり、表に出てくるのが、いうことを聞かない国民であり、裏で操っているのが、マスゴミだということだ。
政府もそんなマスゴミや、陽動された国民に対して、おたおたしていて、まったく対応ができていないのだから、同罪だといっても過言ではないだろう。
それを思うと、
「亡国へと一直線だな」
と思えても無理もないことであろう。
そんな時代において、最初の緊急事態宣言が終わってから、その後、そこまで問題とはならなかった、
「第2波」
を終えて、少ししてからのこと、政府は、性懲りもなく、
「経済を戻さないと」
と、まだ感染が収まってもいないのに、キャンペーンを始めたことで、さらなる波を呼び込むことになり、ブーイングを博していた頃のことである。
学校も、全面休校から、徐々に学校に戻ってくるようになり、世間では、一瞬の休息を満喫していた頃だった。
夏の間、学校行事もなく、ほとんど、荒れ放題となってしまった学校では、裏庭など、雑草や、せっかく手入れを怠らなかった庭木などが、荒れ放題になっていた。
これは一つの学校に限ったことではなく、公立私立の区別なく、ほとんどがそうだったのだ。
要するに、ゴーストタウンを呈していた状況を、いかに打破するかということが問題だったのだ。
季節は、秋から冬に差し掛かるくらいの晩秋の時期、どこの学校も、手入れ業者に依頼するので、大盛況であり、ちょっと遅れると、
「対応は、1カ月か、二か月先になります」
という答えが返ってきた。
そんなわけで、この小学校は、11月の上旬の、少し寒さを感じるようになったこの時期くらいからであった。
ここは、前述のように、市街地から少し離れた中学校。
前からあった中学校で、一時期近くに、もう一校できたのだが、それはあくまでも、住宅地の子供を当てにしてのものだった。
しかし、分譲が会社の社宅のようになってしまうと、家族というよりも、単身者が増えてくることで、なかなか、子供が学校に来ることはなかった。
そのため、できた小学校を廃止することにしたのだが、そのせいで、行政が、世間から、
「税金の無駄遣い」
と言われたことも、当然といえば当然だった。
「どれくらいかかりますか?」
と聞くと、
「3、4日くらいですかね?」
ということだったので、校長も、それが長いのか短いのか分からないだけに、ほとんど相手の言いなりだった。
それでも、
「1,2カ月も待たされるほどに、盛況なんだろうな」
と思うと、値段も期間も妥当なんだろうと思った。
「分かりました。それでお願いします」
と校長は、そういうと、さっそく、11月の上旬からの、予定通りの作業に入るのだった。
中学校ともなると、結構裏庭も広くなっていて、まるで、日本庭園を模したようになっていることから、時間が掛かるのは分かっていた。
せっかくの、日本庭園が、結構荒れているのが気になった。
というのも、
「一年も放置しておいたわけでもないのに、ここまで荒れるものだろうか?」
と思ったからだった。
去年までと何が変わったのだろう?
ということを考えてみたが、
「そうだ、今までいた用務員さんがおやめになったんだ」
ということであった。
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次