パンデミック禍での犯罪
出頭してきたその姿は確かに神妙であるが、普通、ここまで、前のめりに話をするということは、自首してきた人間にはないような気がする。
もっとも。自首することで、それまでの一人で抱えていた不安やストレスを解消できることで、安心できることから、気が軽くなって、時分から話し始める犯人もいるが、その場合も、余計なこと、特に自分の主観では話さないだろう。
なぜなら、この後裁判が控えているからである。自分の不利になるようなことを言わなければいいと思っていると、自然と口数は減ってくるはずだ。
それを考えると、片桐という男は、主観で話し、しかも、警察が考えている、
「落としどころ」
とは違う方に向かっている。
しかも、誘導しているといってもいいだろう。
こんな話を、出頭、しかも、自首してきた人間が話すはずもない。完全に、ミスリードさせようとしているようにしか思えない。
そう思うと、先ほど考えたような。
「校長と、殺された用務員の、グルという説も分からなくもない」
と考えるのだ。
ただ、その捜査をさせるための、決定的なものがないのが、困ったところであった。
「そういえば、思い出したことがあるんですが」
と、片桐が言い出したので、
「何だね?」
と刑事が聞くと、
「自分が、脅かされて、泥棒に入る時、細かく行動を指示されたんですが、どうしてそこまで細かくいうのかを訊ねてみると、自分が犯行を行った後、何かその筋のプロのような人がいて、その人が犯行をカモフラージュしてくれるような話だったのですよ。どうやら、誰か他の人を犯人に仕立てあげるから、君は指示通りにすればいいんだっていうんですね。彼にとっても、自分が捕まると、自分のところに捜査が及ぶのは時間の問題だといっていたんですよ、ただ、それも今思うとおかしいような気がするんですよ。私が捕まらないように細工をするのが、用務員の他に誰かいるとすれば、そんなにたくさんの共犯というか、実行犯を抱え込んでしまえば、どこから足がつくか分からない。それを考えると、普通は共犯者を増やしたりはしませんよね? だったら、自分が、カモフラージュする? だったら最初から自分でやって、カモフラージュを誰かにさせればいいんじゃないかと思ってですね。おかしなことというよりも、矛盾しているという感覚でしょうか?」
と片桐はいうのだった。
「それは、事後共犯ということを意味しているのかな? しかし、用務員は一体誰を考えているんだろうか? 校長がやるとは思えないし、やるなら立場が逆な気がするのだが」
と刑事がいうと、
「そうなんですよ。私もそれを考えていたんですよ」
と、興奮していた。
自分の言いたいことが通じたということでの興奮だったのだろう。
「どうやら刑事も自分を犯人だとは思っていない」
という気持ちに違いない。
そんなことを考えていると、
「あの源田という人は、本当に何を考えているのか分からなかったですね」
と片桐がつぶやいたので、刑事は目を見張って、
「源田?」
と、まるで、和音を奏でるかのような声を出した。
「ええ、源田です」
というので、
「源田というのは誰なんだ?」
と聞くと、
「えっ、用務員の男ですが?」
というので、刑事二人は顔を見あせた。
そこで、刑事の一人が立ち上がり、
「じゃあ、ちょっとこっちに来てください」
といって、片桐を取調室から、警察署の地下に連れていった。
そこは、死体の安置所であり、まだ荼毘に付される前の被害者が、横たわっていた。半分顔は分かりにくくなっていたが、刑事が、
「お前が殺したというのは、この男じゃないのか?」
といって、顔に乗ったしろい布を外して、片桐に見せた。
「ああ、これはかなり腐乱していますな」
といって、一瞬顔をそむけたが、逃げるわけにもいかず、その男を凝視した。
「顔は何とも言えませんが、私の言っている殺した相手、つまり源田という男ではないですね」
と片桐は言った。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
と聞かれた片桐は、
「あの源田という男は、用務員をやっているわりには体格がよかったんです。まるで、柔道選手か何かのような感じですね。まあ、用務員の人が太っているからといって悪いわけではないのですが、自分のイメージとはかけ離れていたので、特に覚えていたということでしょうか」
という。
「顔の方がどうですか?」
「何とか分かる気がしますが、これを誰かと聞かれると、知っていても分からないんでしょうが、源田かどうか? と聞かれると、違いますとハッキリとこたえることはできるという感じです」
というのだった。
「なるほど、しかしそういうことになると、事は重大ですね」
と、もう一人の刑事に言った。
「どうしてですか?」
と言われ、
「分からんかね? 君には。この男が言っていることが本当だとすれば、被害者は二人いるということにある、そして、彼が源田という男を殺した後に、この男がいうように、事後共犯が行われたことで、死体が別人だったということでしょう」
「なんのためにそんなことを?」
と聞かれて、
「要するに、源田という男をこの世から葬りたかったというのが、真犯人の目論見かも知れない。源田は、泥棒をさせようとしたが、その源田を狙っているやつがいて、この片桐という男を使って、源田を殺すように仕向け、そして源田を葬った後で、被害者として出てきたあの鮫島が時間が経って発見されるという寸法。死体は腐乱していて、ハッキリ誰とは分からない。しかも、鮫島だと、皆が認め、DNA鑑定で分かってしまうと、源田という男は、この事件において、まったく出てこないことになる。それが犯人の狙いだとすると……」
「じゃあ、鮫島は自分が殺されたことにしたかったんですかね?」
と、一人の刑事がいうと、
「学校からリストラされて、恨みを持っている。学校には復讐したい。そのために、自分が死んだことになれば、何かをやりやすいということなんでしょうね?」
と言った、
「うーん、何となく分かる気もしますが、何か、犯罪としては、おおざっぱで、まるで推理小説にでも出てきそうな、奇抜すぎる犯行ですね」
と言われ、
「事実は小説よりも奇なりというではないか? 計画としてはもっと、目立たないものだったのかも知れないが、実際に起こってしまうと、最初のシナリオよりも、大げさになっているというのもありなのではないか? ただ、そのおおざっぱさというのは得てして、犯行を露呈しがちなので、犯人もそれだけ、この計画にそれなりの自信があったのかも知れない」
というと、
「だとすれば、実際にかなりあいまいな犯罪ということになるんでしょうね?」
と聞かれ、
「それはそうだろうが、なかなか確証を見つけるのは難しい。ただ、犯人は、どうしても被害者を鮫島氏にしたかった。そういう意味では、失敗だったといってもいいかも知れない。
その妄想に近い話を、捜査本部ですると、賛否両論であった。
「そんなバカみたいな話」
と、うて合わない人。
逆に、
「いや、信憑性はある」
という人、とりあえず、どちらの線でも洗ってみることにした。
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次