パンデミック禍での犯罪
「なるほど、その気持ちは分かるけど、では、君と用務員との間で、何か気持ちの中で繋がらない部分であったり、裏切られたという感覚に陥ったりした部分があったということのなるのかな?」
と刑事がいうと、
「そうですね、端的に言えばそういうことだったんだと思います。もっとも、自分にとって、用務員さんがどういう感情で、殺そうと思ったのかということを考えると、どこで感情が狂ったのか分からなくなってくるんですよ」
と片桐は言った。
「ところで、君は、どうして用務員の態度が変わったと思うかね?」
と聞かれて、
「さぁ、詳しくは分かりませんが、人間には、二重人格的なところがあって、急に何かのきっかけで豹変するということだってあるではないですか。つまりは、自分があの人の何かスイッチになるようなことをしたのか、言ったのか、そのどちらなのかも知れないですね。だから、あの人から裏切られたような感覚になって、しかも、弱みを握られていることから、先が見えてしまったことで、あの人を殺すしかないと思ったのかも知れないですね」
と、片桐は言った。
「なるほど、しかし、それだけでは、我々は納得がいかんのですよ。調書も作成しないといけませんしね。何をいかにして殺害したのか、いつ、どこでまで、しっかりと聞いておく必要があるんです」
と刑事は言った。
片桐は話始めた。
彼がいうには、
「まず、用務員室には誰もいないはずだから、まずそこに行って、そこで、警備を解除すればいい。そして、警備を解除したら、校長室の金庫から、盗むものを盗んで持ってくればいい」
と言われたという。
そして、
「実際に、管理人室までいくのに、本当は警備があるのだが、表門のある個所から、警備を解除すれば、管理人室までは行ける」
ということだった。
「用務員は、時々自分が表から遅く帰ってきた時、そこを自分で解除して、用務員室に戻るといっていました。もちろん、校長もそのことは知っていて、校長だけではなく、教頭も皆知っていることだから、忍び込んだとしても、大丈夫だ」
と言われたんですよ。
というので、今度は刑事が、頭を抱えた。
「校長が知っている?」
というと、
「ええ、だから安心だと言われました」
と当たり前のことのように、片桐がいうと、
「それはおかしいよ」
と刑事は言った。
「何がですか?」
「君は気づかないかい? 校長が知っているということは、もし盗みに入って、警報が切られているのを見つかると、一番最初に疑われるのは、用務員だろう? 特に辞めさせられたということで恨みを抱いているわけだから、だったら、君にやらせないで自分でやる方が、内部事情に詳しいだけに、いいと思うんだ。そのあたりが、辻褄が合っていないように思うのだが、どうなんだろうね?」
と刑事に言われると、片桐も、
「あっ」
といって声を挙げた。
「ああ、確かにそうですね」
とばかりに、今までそんな簡単なことに気づかなかった自分が恥ずかしくなったくらいだった。
片桐は、そこで頭を抱えてしまったのだ。
大団円
そのことを考えていると、ふと、刑事が呟くように言った。
「あの校長は、何やら生徒に対して、優しいように見えたんだが、用務員にも優しかったということなのだろうか?」
と、いうと、片桐は、
「そんなことはないですよ。これは、用務員さんの話だったんですが、あの人がいうには、あの中学の校長は、裏表があって、それが、生徒を惑わすというようなことを言っていましたね。あくまでも、用務員さんの話だけだったんですが、私も学校に入るんだから、学校の人間のことも知っておこうと思っていると、どうもあの校長には本当に裏の面があるようなんです」
という。
「どういyことだい」
というと、
「あの校長は、とても人当たりがいいでしょう? それは、人当たりというよりも、自分の味方になってくれる人間だけには、人当たりがいいらしいんですよ。だから、用務員を首にする時も、最初は、申し訳なさそうにしていたらしいんだけど、そのうちに、化けの皮が剥げてきたというか、校長は心から申し訳なさそうにしているわけではないというんです」
という。
「どういうことだい?」
「私も校長先生と一度話をしてみたんですが、どうも、興味のないことであれば、すぐに話を打ち切ろうとしたりするんです。その後で、校長が一人の生徒の相談に乗っているところを、双眼鏡で見ていたんですが、何か、急に冷めたような表情になることがあるんです。声が聞こえないので、どのような会話の時なのか分からないが、ものすごく冷めたような顔をするんですよ。生徒も分かっているんでしょうね。校長がそんな顔をした時、とても、やるせなさそうな、いや、苦虫を噛み潰したような、嫌な顔をしたんです」
と、本来なら、何かの罪に引っかかりそうな行為であるが、ここは、自首してきた殺人犯人の事情聴取である。細かいことは放っておけばいいだろう。
それにしても、殺害された用務員にしても、校長にしても、一癖も二癖もある連中である。
自首してきた男の話によると、二人は、まるで、
「キツネとタヌキの化かし合い」
とでもいえばいいのか、どちらも、五十歩百歩の輩ではないだろうか。
それを考えると、
「どちらが正しいことを言っているのか?」
あるいは、
「こちらも間違っているのか?」
あるいは、考えにくいが、
「どちらも正しいのか?」
と考えていくと、
「どちらの方が強いか?」
ということに関わってくるかも知れない。
それを考えると、ここで語られる自首してきたという、片桐という男の証言は、何か事件の核心を掴んでいるようで、そうなると、この自首というのも、何かおかしな気がするのだ。
これだけいろいろ話をするのは、自首してくるうえで、有利なのか不利なのかを考えると、
「最初は余計なことを言わずに、様子を見ている方がいい」
と感じるであろう。
しかし、ここまで余計なことをすると、せっかくの様子見があだとなり、逆に探っているのがバレて、相手がこちらを何とかしようと思うかも知れない、
その時に思ったのが、
「用務員と校長が、グルなのではないか?」
ということであった。
「二人が何かまずいことをして、その証拠を、泥棒に盗ませるなどということだってありえるのではないか?」
と、片桐は考えたようだ。
だが、実際には、用務員が殺された。
「殺したのは、校長か?」
と感じた時、片桐は、恐ろしくなって、警察に逃げ込んだということなのではないだろうか?
刑事は片桐の話を聞いていて、次第に恐ろしくなってきた。
それは、自分が考えていることが、何を意味するかということである。自分の考えていることに間違いなければ、この片桐という男は犯人ではない。怖くて、警察に保護を求めてきたのだ。
かといって、あからさまに証拠もないのに、自分の感じたことを言っても、とても信じてもらえるものでもない。
「こうなったら、自首という形で、自分を保護してもらおう」
と考えたのだとすれば、彼が、出頭してきたのも分からなくもない。
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次